30.狙う者達
話し合いを終えると、イリスとアリアが部屋を後にする。
しばらくの沈黙の後、レミィルが口を開いた。
「……いや、まさか今の状況でデートに誘うとは君もやるな」
「作戦だって説明したじゃないですか」
先にデート、という言葉を口にしたために色々と動揺が走ってしまった。
イリスは目が泳ぎ、アリアはイリスを守るような仕草を見せていた。デートと言っても、もちろんそんなことをするつもりはない。
僕とイリスが二人だけで行動していれば、きっと《剣客衆》も動き出す。単純に誘き出すための作戦だが、さすがにイリスを単独で行動させるには危険が伴う。
だからこそ、僕が常に一緒に行動する。
そうすれば――自ずと姿を現すだろう。
「君が一緒に行動するのはもちろん賛成だよ。シンプルに隙を見せる、そういうことだろう?」
「はい。さすがに罠の警戒はするでしょうが、罠だったとしても食い付いてくるでしょう」
「誘き寄せて、君がそれを倒す――何とも単純な作戦だが、君らしいな」
「僕は別に戦術を評価されてるわけでも、ないですしね。個人として純粋に強い。団長もそこを評価してくださってるんでしょう?」
「こんな状況でもそう言ってのける君は何とも頼もしいよ。私も腕に自信はあったが……結果はこれだ」
スッと包帯の巻かれた腕を示す。
もちろん、レミィルが決して弱いというわけではない。
今回は相手が悪い――剣客衆が仮に集い協力し合えば、それこそ大軍相手にも引けは取らないだろう。
それは僕も同じことだ。
「団長は団長らしく堂々と構えておいてください。彼らの仇は、僕が討っておきますから」
「君のそういうところが私は好きだよ。どうかな、これが終わったら私とデートでも――」
「あはは、やだなぁ。年の差は大変だって言ってたじゃないですかー」
「冗談に決まっているだろう。その言い方だと私が本当に振られたみたいだからやめてくれ」
少し怒ったような表情を見せるレミィル。
実際のところ、精神年齢だけで言えばレミィルよりも僕の方がずっと上なわけだけど。
「それより団長、問題は剣客衆を差し向けた側の人間では」
「……ああ、その点についてはおよそ調べはついている。ついてはいるが、確たる証拠がないのが現状だ。それに、迂闊に手も出せない相手だ」
レミィルも決して何もしていなかったわけではない。
僕は護衛としてイリスの傍にいる間、レミィルがイリスを狙う元凶について調査を続けていた。
元より、剣客衆は雇われた側の人間――守るならば、依頼者を捕らえるのが一番手っ取り早いだろう。
だが、レミィルの言葉から何となく相手についても察しがついた。
「その相手って、まさか」
「そのまさか、だ。現王ウィリアム・ティロークの実子――ゼイル・ティロークその人だよ」
可能性としては、全くあり得ない話ではなかったが、言葉にするとやはり驚きの方が勝る。
現王の息子――そんな立場の人間が、イリスの命を狙っているというのだから。
***
寮に戻ったイリスは、一人自室にいた。
アリアとも別れ、一人で考え込む。
(デート……じゃなくて作戦)
アルタがあまりに自然に口にした言葉に動揺してしまった――それが少し恥ずかしい。
あのような場所でデートの誘いなどあるわけがない。すぐにイリスも理解して、アルタの考えを聞いた。
わざと隙を見せれば、《剣客衆》は確実にやってくる――そういう話だ。
確かに、見た目だけで言えばイリスとアルタは少女と少年。
それが、《剣聖姫》と呼ばれている少女と、剣術が達人の域にある少年だとは誰も思わないだろう。
もちろん、顔がバレているのなら意味がないのでは、そんな疑問もあった。
けれど、隙を見せてこその作戦だという。
それならば、イリスがしなければならないことは一つ。
本気で、デートに取り組むということだった。
(……私、そういう経験ないんだけど)
あの場では当然言い出せなかったが、イリスにはそんな男女の交際経験などありはしない。隙を作れといざ言われると、逆に考えてしまう。
イリスは――どこまでも真面目な女の子だ。
作戦とはいえ、男女でデートをするというのなら、それなりの体裁は整えなければならない。……そんな風に考えてしまうくらいには、イリスは真面目なのだ。
(アリアに相談……いえ、アリアもそういうことには疎いだろうし……)
適当でいいと思う、そんな返答が返ってくることが目に見えている。
一度、深呼吸をしてベッドに横になる。
窓の外から見える星を見て、イリスは冷静になった。
「何を、浮かれているのよ。私は……」
これはあくまで作戦だ。
デートなんてもの気にしなくたっていい――イリスのやるべきことは剣客衆を誘き出すことなのだ。そこさえ、達成できればいい。
(そうよ、だって私は……父を超える騎士になる。恋愛ごとなんかにかまけてる暇はない――だから、知らなくて当たり前。それでいいじゃない)
自身にそう言い聞かせて、イリスは改めて再認識した。
《剣聖姫》と呼ばれるだけの強さと、騎士として最強になること――その夢を叶えるため。
イリスはそのために、剣客衆と対峙するのだ。
***
王都の《ウォシール》の中心部、《ヴァシル》区画に王宮は存在する。
《守護騎士団》という、名前の通り王宮を守護することを主な任務とした騎士達がそこにはいる。
もちろん、彼らの役目は王宮に勤める者から、その周辺に住まう人々を守る役目を担い、常に警備を続けている。
そんな場所に、二人の男女がやってきていた。
「ここには可能な限り来ないように、と言っておいたはずだけどね」
少し長めのブロンドの髪をかき上げて、ゼイル・ティロークがそう答えた。
男女はどちらも仮面にローブ姿という怪しげな姿であったが、その『仮面』の模様に特徴がある。この仮面を付けている者は、ゼイルの身を守る護衛の役割を果たしているということになるのだ。
そう騎士達も知っているからこそ、ローブ姿の二人が王宮での出入りも可能としている。
――《剣客衆》のアディルとフィスだ。
「次に仕掛ける時が最後になる、その報告だ。俺とこいつの二人で《剣聖姫》を仕留めよう」
「もちろん、期待しているよ。できれば、イリスが跪くところはこの目で見たかったけれどね」
にやりと笑いながら、ゼイルがそんなことを言う。
現王の息子であるゼイルが、王候補の筆頭であるイリスを狙っている。何人かはそれを疑っているのだろうが、疑った上でも中々手が出せないのが現状だろう。
アディルやフィスがこの姿のまま捕まることがあれば別だが、そんなヘマをすることはない。
イリスが死ねば、次に支持されるのはこのゼイルという青年になる。
王の息子でありながら、現時点ではイリスの方が支持されているということになる。
それは国民だけでなく、ゼイルの父であるウィリアムもそう考えているのだ。
アディルから見れば、国民の方はともかくとしてウィリアムの考えは正しいと言わざるを得ない。
「見たければ見に来ても構わないが」
「はははっ、まさか。そんなことはしないさ。私はただ、イリスが死んだ後の《王》候補の筆頭の座につけることを待つだけだよ。その後は、望む通り戦いの場を用意しよう。父上のようにただ安泰を求める男ではつまらないだろう? これだけの国力、財力があるのなら――それを有意義に使わなければ、ね」
表向きには人当たりの良いゼイルだが、彼の本質は力を望み、それをただ振るうことを望む狂人の類。アディルやフィスと同じ側の人間だ。
父であり王のウィリアムが善人だったとして、息子も同じように善人になるとは限らない。
それが、国の根幹に関わる部分であったというところが、王国にとっては致命的だったと言わざるを得ない。
「ああ、でも……可能なら生かして私のところへ連れてきてもらっても構わないよ。もちろん、バレないようにしてくれるならね」
「我々はそこまで融通の利く人間ではない。殺す仕事を受けたのだからな」
「ええ、その通りです。ですが、何故生かして連れてくることを望むのです?」
「簡単なことさ。あの女――以前の剣術大会の決勝で、私に恥をかかせてくれたからね……。私自身の手で葬りたい、そう思うのも無理はないと思わないかい?」
フィスの問いかけにそう答えるゼイル。私情であり私怨でしかない――もっとも、こういう男だからこそ、王になった時により大きな戦乱を巻き起こすことができる可能性が高い。
そうなれば、アディルもまた戦場へ身を投じることができる。アディルの望む戦場に、だ。
「そう思うのならくればいい。だが、勧めはしない。お前がイリスを狙っていることがバレたら終わりだろう」
「ははっ、その通りだね。だから、仕方ないけれど私はここで大人しくさせてもらうさ。君達も、くれぐれも悟られないように」
「分かっている」
アディルはフィスと共にその場を後にする。
その途中、フィスが不意に口を開いた。
「やはり、王には向いていない男だと思います」
「だろうな。負けた腹いせもしたがるような奴だ。いずれは破滅するだろう。だが、その時まで利用してやればいい。今は《剣聖姫》とアルタ・シュヴァイツの始末だ」
「子供騎士、ですか。子供すら戦いに使うとは、この国はよほど戦力に困っているよう……なんて、私は思いませんよ」
「当然だ。剣客衆の二人を倒した男だ――もう小僧でもただの騎士でもない」
イリスだけでなく、アルタのこともアディルとフィスは狙っている。
戦いの日は、すぐそこまで迫っていた。
一先ずはご報告となりますが、書籍化が決定いたしました。
詳細は後程活動報告やtwitterでさせていただく予定です。
応援してくださっている皆さまにはここでお礼申し上げます。
また、今後とも宜しくお願い致します!