3.学園へ
《ガルデア王国》の王都――《ウォシール》。
五つの区画からなる都には、多くの人が暮らしている。
その中心部には王国を象徴する王城があり、国を守るための騎士団は王城を中心とした四つの支部に分かれている。
《フィオルム学園》はいわゆる貴族出身の生徒が多く、学園の敷地の広さもさることながら、施設に関しても非常に充実していると言える。
管轄だけで言えば、僕の所属する《黒狼騎士団》の管轄ではあった。
朝方――広い学園の敷地内を僕は歩く。
まだ生徒達も登校する時間よりは少し早いからか、その数は疎らだ。
多くは学園内にある寮で生活しているということなので、その辺りも含めて余裕があるのかもしれない。
(それでも目立つなぁ……)
高等部の敷地内に十二歳の僕がいるわけで、良くも悪くも目立ってしまう。
早めに職員室の方に向かっておきたいところだ。
(団長はああ言っていたけれど、本当に話は通ってるんだろうか)
思わず心配になってしまう。
僕の見た目からしても、圏外の役回りができるかどうか微妙なところではあったからだ。
(まあ、やるしかないんだけどさ……お給金も実質二倍近いわけだし)
学園での行動資金も含めて、僕に与えられるお金は騎士団からの給料も含めて倍近くになっていた。
早い話、《剣聖姫》という最強と名高い少女を守るだけで、お金がいっぱいもらえるわけだ。
正直、守る必要もあるのかどうか――そう思っていたけれど、何やら不穏な動きもあるという話だ。
(ま、何とかなるか……)
僕は職員室を目指して真っ直ぐ進む。
護衛任務――何もなく終わればいいものだけど。
***
「……?」
一人の少女が、校舎の方に視線を向ける。
その視線の先には、一人の少年の姿があった。
だが、すぐに少年は校舎の中へと消えていく。
「……どうかした? 」
そんな少女――イリスに対して声をかけてきたのは、クラスメートの少女、アリアだった。
気だるそうな表情で、イリスの顔を覗き込む。
先ほど髪をとかしたばかりだというのに、また寝癖のようになっていた。
「ほらまた、寝癖」
「ん……」
イリスとは似ても似つかない性格だったが、二人は常に一緒に行動していた。
イリスにとっては、世話のかかる妹のような存在だった。
対するアリアも、《剣聖姫》と呼ばれるイリスに対しても、こうして普通に接してくれている。
「なんかね、小さな子が見えて」
「……? 小人?」
「あははっ、そんなに小さくはないかな。たぶん、初等部の子だと思うんだけど」
この辺りの用があるとすれば、兄弟関連などがほとんどだ。
初等部、中等部、高等部と別れているが、同じ学園の敷地内にあることに変わりはない。
(どこかで見たことあるような気もするけれど……)
「イリス、早く練武場に行こ?」
くいっとアリアがイリスの裾を引っ張る。
先ほどまでは眠そうにしていたのに、今度は少しやる気に満ちた表情をしている。
気まぐれ具合で言えば、猫のようだとも言える。
そんなアリアに対し、イリスはくすりと笑いかける。
「そうね。今日は剣術試験もあるし、肩慣らしくらいはしておきましょうか」
「イリスならそんなのいらない」
「そんなことないわ。私だってまだまだ修行が必要だもの」
アリアの言葉にそう答えるイリス。
二人の少女は話しながら、校舎とは別の方向へと向かっていった。
***
学園内のチャイムが鳴る。
アリアとイリスの二人は、教室内へと駆け込むように入っていった。
練武場で剣術の訓練に熱中しすぎて、二人はギリギリの時間になってしまっていた。
「ギ、ギリギリセーフね……」
「うん。危なかった」
「ギリギリアウトだが」
そんな二人に対し突っ込みを入れたのは、学年主任でもあるオッズ・コルスターだった。
筋骨隆々な身体つきをしているが、魔導師として優秀な教師でもある。
担任教師ではなく、学年主任が教壇に立っているのは違和感があった。
「とにかく席につけ」
「は、はい……すみません」
「ごめんなさい」
アリアとイリスの二人が席につく。
講堂型になっている教室は自由席だが、大体皆が座る場所はいつも一緒だった。
アリアとイリスは後方の窓際だ。
席に着くと、そこでようやく――オッズの隣にいる少年の姿が目に入った。
(あれ、あの子……)
今朝方にイリスが見た少年だった。
ここにいるということは、クラスメートの誰かの弟ということだろうか。
それにしても、ホームルームの始まる時間にいるというのもおかしな話だった。
「あー、突然のことだが……今日から担任の教師が交代になる」
「え?」
イリスが驚きの表情でオッズを見る。
クラスメート達もざわつき始めた。
「ど、どういうことですか?」
「おっさんに何かあったのか?」
「こら、担任をおっさん呼ばわりするな。ウォル先生は元々、今日から来る予定だった先生の代わりだったんだ」
ウォルというのはイリス達のクラスを担当していた教師だ。
魔法薬学の担当で、担任をするという割には心もとない印象は確かにあった。
イリス達が高等部にあがってからまだ一ヶ月――担任が代わるということには驚きだったが、あり得ない話ではなかった。
むしろ、あり得ない話はこれから聞かされることになる。
(え、まさか……?)
担任が代わる。
オッズの隣にいるのは一人の少年。
あり得ない、そう思ったがイリスの悪い予感は的中することになる。
「えー、今日からこのクラスの担任と剣術の授業も兼任する――アルタ・シュヴァイツ先生だ」
少年――アルタが前に出る。
にこやかな笑顔で、アルタもまたオッズの紹介を受けて答えた。
「はい、僕が今日から皆さんの担任になるアルタです。よろしくお願いしますね」
「「「えええええっ!?」」」
クラスメート全員の驚きの声が一致することとなった。