27.教える者として
「では、次の段階といきましょうか」
並んだイリスとアリアの前に立って、そう告げる。
眠そうな表情でこちらを見るアリアに対し、イリスの表情は真剣そのものだ。
むしろ、期待感に溢れた視線を感じる。そんなに期待されても困ってしまうのだが……イリスにとって次のステップに進めるというのは本当に嬉しいことらしい。
先ほどのイリスとアリアの戦いを見る限りでも、イリスは成長している――元より実力のある彼女にとっても、わずかな成長でもそれが大きいのかもしれない。
「次の稽古はとても単純な話――僕の剣を受けてもらいます」
「! 先生の剣を……?」
「はい。最初の稽古ではアリアさんが試合の中で見せた不意の一撃への対応……それより強く感じ取れるようにする訓練とでも言うべきでしょうか。それが可能になったのなら、目に見える剣ならばより簡単に防げるでしょう」
もっとも、口で言うほど単純なものではない。
僕が稽古をつけるのだから、実際に想定していたのは僕の《インビジブル》を防げるようになること。
目に見えない一撃である《インビジブル》を防ぐことができるのは、その一撃を感じ取ることができるからだ。
自身の周囲にある物を把握する能力――《第六感》は剣士にとって優れた感知能力となる。
その感覚を、まずはイリスには覚えてもらった。
そうなれば、イリスの目指すべき次の目標は僕の剣撃を防げるレベル、それが妥当だろう。
もちろん、単純な剣撃だけならばイリスもアリアも防ぐことができる――そういうレベルにある子達だ。
「では、まずはイリスさんから」
「は、はい!」
イリスが前に出る。
先ずは改めて、僕の剣を見てもらうことにしよう。
「それじゃあ、まずは《基本速》くらいからいきましょうか。だんだん速くしていきますから、防いでくださいね」
「……分かりました。宜しくお願いします」
イリスが構えるのを見て、僕も模擬剣を抜く。
地面を蹴って、距離を詰める。
ヒュンッと風を切る音が響いた。
まずは軽く三連撃。イリスの肩、脇腹、足元を狙った攻撃だが、いずれもイリスは捌ききる。
見えている――まあ、このくらいならば防げて当然だろう。
フェイントも含めた一撃だったが、さすがというべきか。
次いで、三連撃。
今度は先ほどよりも剣撃を加速させる。
「……っ!」
わずかにイリスの表情が曇るが、それでも防ぎきって見せた。
一対一の、向き合った戦闘ならばやはりイリスは優秀だ。
こうなると、もう二段階くらいは速くしてもいいだろう。
「では、次はどうですかね――」
「ッ!」
五連撃。
とても生徒に見せるようなレベルの剣撃ではない。
首下など真剣による戦闘において、当たれば即死の箇所にも狙いを定める。
無論、急所に強く当てるつもりはないが、稽古としてそういう場所が狙われたとき、どう守るかを考える機会にもなる。
三撃目まではギリギリでイリスも防いでいたが、四撃目で反応が遅れて、バランスを崩す。
続く五撃目。イリスの喉元にピタリと、僕の剣先が止まった。
「はい、ここまでですね」
「……すみません、全部受けきるつもりだったのですけど」
「いやいや、最初からあれだけ受けられたら十分ですよ」
個人的には四撃目までは防がれると思っていなかった。
あくまで防ぐことに特化した話であり、イリスの方からも反撃がある状況ならばまた違っただろう。
剣速だけならば、正直僕もかなりの自信はあるが。
「次、わたし」
「はい。じゃあアリアさん、前に来て下さい」
次いでアリアの番――イリスと同じような形で連撃を加えて、徐々に加速させた。
結果的に、アリアの方が防ぐという意味では上をいく。何せ、イリスに対して放った剣撃と同速で五撃目まで防いだのだから。
横で見ていたイリスの表情が、明らかに悔しそうにしているのが見える。
「ま、またアリアに上をいかれるなんて……」
「どや」
「いや、アリアさんは一度見ているから防げた――そういう違いはありますよ。僕の動きが同じなのは途中で気付きましたよね」
「バレた?」
「そ、そういうことね。確かに同じだとは思っていたけれど……」
イリスも内心ホッとしているのだろう。
――とはいえ、一度見たからといって僕の連撃を防ぐことができる時点で、アリアも別格だ。
何より、眠そうな表情で見ている割には、本当に一つ一つの動きをよく見ている。
他人の癖なんかを把握する能力に長けているのかもしれない。
少なくとも、イリスとアリアで別の稽古をする必要がないのは僕も助かる。
「では、大体同じレベルだというのは分かったので、次は二人同時でいきますか」
「え、二人同時って――」
「大丈夫か、なんて聞かないでくださいよ。僕ならできますから。一対一でない方が丁度いいくらいかもしれませんね。できるなら反撃しても構いませんよ」
剣撃を繰り出す速度も調整できるし、何より今の二人になら実戦に近い形でやっても問題ないだろう――そう思っての提案だ。
(……まあ、僕の負担はちょっとずつ増えるわけだけど)
見て口を挟むだけではなく、実際に身体を動かす必要もでてきたわけで。剣術を教える約束をした時点で、このくらいのことは分かっていたけれど。
――教えること自体は嫌いというわけではない。人が成長する姿というのは、何というか嬉しい気持ちというのが感じられた。
そういう意味では、僕も講師として多少は成長できたのかもしれない。