表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
25/189

25.望む戦場

「クソッ、クソがッ」


 悪態をつきながら、フォルトが右腕を押さえる。

 廃屋の中で、流れ出る血は止まることはなく、怒りに満ちた表情を見せる。

 その前に立つのは、灰色の髪の大男。顔に大きな傷があり、無精髭を生やしている。

 大男――アディル・グラッツはフォルトを見下ろしていた。


「どうだった、《剣聖姫》は」

「……てめー、知ってて聞いてんだろ……! オレがやられたのはガキの方だッ! 最年少騎士とか言われてるやつだよ! 講師でもなんでもなく騎士だ、騎士!」

「名前は何という?」

「アルタ・シュヴァイツだ……! 野郎、絶対に許さねえ……」


 フォルトがそう言いながら、服を引きちぎって止血を始める。腕を失ってもこの闘争心があるのは、やはり《剣客衆》の一人だと言えるだろう。

 だが、アディルにとってフォルトの怪我はどうでもいいことだ。


「そのアルタという小僧はどうだった?」

「ああ? どうも何も……次やったらオレが絶対に殺すに決まってんだろッ!」

「そうじゃない――いや、いいか。その怪我を見れば分かる。お前は斬り合って負けたんだな」

「……ッ! 俺はまだ負けてねえ!」

「……まあいい。少なくとも、アルタ・シュヴァイツの剣術はお前の剣術を掻い潜るほどだったわけだ」

「違え! 野郎の使う剣が特殊だっただけだ! 真っ当な剣術勝負なら……!」


 アディルは失笑する。

 真っ当な剣術勝負――フォルトの剣ほど、そんなことをさせるつもりのない剣は存在しないだろう。

 だが、フォルトにとってはそれが剣なのだ。

 その武器も、振るうための右手も失ってしまったのだが。


「どんな『魔法効果』が仕組まれていた?」

「ああ……? 野郎は毒とか言ってやがったが。『魔力の流れを分断する』らしいぜ」

「ほう、面白い剣だな」

「……つーか、てめーがそれを聞くのかよ? 相手の情報は斬り合って確かめるがてめーのモットーじゃねえのかよ」


 フォルトがそんな疑問を投げかける。

 アディル自身、フォルトから剣のことを聞いたところでやることは変わらない。


「それはそうだ。だが、今回は《剣客衆》の名を持ってして、アズマとフォルト――お前たち二人が負けたのだ。これ以上、俺達が負けることは面子に関わる」

「だから負けてねえって言ってんだろッ!」

「いいや、お前は負けた」

「んだと――は?」


 フォルトが顔を上げて言い返そうとする。その表情が、一瞬で驚きに満ちたものに変わった。

 アディルが、フォルトに向かって大剣を振りかぶっていたからだろう。

 だが、アディルは迷うことなくフォルトに剣を振り下ろす。

 メキリッ、と鈍い音が周囲に響き渡り――鮮血で染め上がる。フォルトの座っていた椅子も砕き、そのまま床を突き抜けた。


「役に立たない奴は殺した方が有益……お前の言葉だったな」


 赤く染め上がった剣を床に突き刺す。

 フォルトは無駄に情報を流すような癖がある。

 捕まってこちらの情報が漏れる可能性もあった――わざわざ連れ帰ったのは、アディルが自らの手で確実に屠るためだ。

 元より――剣客衆を名乗り逃げ出すことを選んだフォルトは、戦って散ったアズマ以上にその名を持つに相応しくない。


「面子、ですか?」


 後ろから、一人の女性がやってきた。

 美しく長い金色の髪。目を閉じたまま、優しげな表情でアディルに問いかける。

 女性の名はフィス・メーデン。アディルと同じく剣客衆の一人だ。


「疑問か?」

「私達が体裁を気にしたことなどなかったでしょう」

「当然だ。俺達を殺した者は入れ替わりで剣客衆に入る。そうして、剣客衆は常に強者が集まってきた。殺しが好きな連中が、好きなだけ殺しをするための組織だからな」


 そのうちの二人が、同じ騎士にやられたのだ。

 しかも、相手はまだ子供――剣客衆として受けた仕事で、これ以上の失態はないだろう。


「依頼主はこれからこの国の王となり、そして戦争を始めるつもりだ。安定を求めるのではなく、戦ってより国家の益を求める――いや、もっと上を目指したいという欲があるのかもな。それでいて、まともにいけば剣聖姫に王の座を奪われる可能性があるとは、実に笑える話だ」

「そうですね。それにしても戦争、ですか。実に無益ですね」

「お前は戦争が嫌いだったか?」

「いいえ、これから無益な命が散ることになると思っただけです。何せ、私達がその戦争に参加するんですから」

「……その通りだ。俺達が楽しむための戦場作り――それが今回の目的だったのだが、如何せん遊びが過ぎたな。このままでは剣客衆の名が落ちる」

「別によいではありませんか。それならまた、別のところで戦を起こせば」

「それもそうだが、俺がこの仕事を受けたのは、《剣聖姫》に興味があったからでもある。お前もそうだろう?」


 アディルの問いかけに、フィスが首を横に振る。

 フィスという女性の考えは、アディルにも分からない。

 剣客衆にいながら、殺すことが有益であるか無益であるかを何より重視する。無益であるのなら殺さない――それが彼女の信条だ。

 もちろん、それをアディルは否定するつもりはない。

 一人一人が望んだ戦いをする、それが剣客衆だ。


「私は私にとって有益な面が大きいから協力したまで。あなたが《剣聖姫》にそこまで興味を持っているとは意外ですね。聞く限りでは、アズマさんが戦おうともしなかった相手のようでしたが」

「ああ、少しばかり縁があってな」

「縁……なるほど。それならば、あなたにとっては有益かもしれませんね」

「ああ。それより、追手はどうだった?」

「ほとんどは相手をするまでもありませんでしたが、追い縋る者が一人」

「ほう、誰だ」

「《黒狼騎士団》の団長、レミィル・エインです」


 レミィル・エイン――王国に存在する五つの騎士団の一つである黒狼騎士団の団長。

 以前に戦った《蒼剣》ベル・トルソーもまた、同じ騎士団の所属だった。

 レミィルにとっては、弔い合戦のようなものだろう。


「騎士団長自らの出陣か。殺したのか?」

「殺すつもりでしたが、あまり騒ぎになっても面倒でしたので、程々で()()()()ました」

「ああ、正解だな」


 だが、そんな戦いに付き合うつもりもない。

 いよいよアディル達が重視するのは、楽しむための戦いではなく――戦場を生み出すための、本気の殺しだ。


「初めから我々二人で来るべきだったかもしれんな」

「剣客衆にとって無益な死でしたね。特に、アズマさんの方は見どころがあったというのに」

「フォルトのことは嫌いだったか?」

「どこぞの貴族だったか忘れましたが、無益な殺しの多い男でした。アディルさんが殺らないのなら、私がやるつもりでしたから」

「お前にとっては有益、か。次は確実に剣聖姫を殺す。遊びではない――二人で行くぞ」

「ええ、承知しました。有益な死合になることを期待したいですね」


 微笑みながらそう答えるフィス。

 アディルもまた、にやりと笑みを浮かべる。

 残る二人の剣客衆が、動き始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ