25.望む戦場
「クソッ、クソがッ」
悪態をつきながら、フォルトが右腕を押さえる。
廃屋の中で、流れ出る血は止まることはなく、怒りに満ちた表情を見せる。
その前に立つのは、灰色の髪の大男。顔に大きな傷があり、無精髭を生やしている。
大男――アディル・グラッツはフォルトを見下ろしていた。
「どうだった、《剣聖姫》は」
「……てめー、知ってて聞いてんだろ……! オレがやられたのはガキの方だッ! 最年少騎士とか言われてるやつだよ! 講師でもなんでもなく騎士だ、騎士!」
「名前は何という?」
「アルタ・シュヴァイツだ……! 野郎、絶対に許さねえ……」
フォルトがそう言いながら、服を引きちぎって止血を始める。腕を失ってもこの闘争心があるのは、やはり《剣客衆》の一人だと言えるだろう。
だが、アディルにとってフォルトの怪我はどうでもいいことだ。
「そのアルタという小僧はどうだった?」
「ああ? どうも何も……次やったらオレが絶対に殺すに決まってんだろッ!」
「そうじゃない――いや、いいか。その怪我を見れば分かる。お前は斬り合って負けたんだな」
「……ッ! 俺はまだ負けてねえ!」
「……まあいい。少なくとも、アルタ・シュヴァイツの剣術はお前の剣術を掻い潜るほどだったわけだ」
「違え! 野郎の使う剣が特殊だっただけだ! 真っ当な剣術勝負なら……!」
アディルは失笑する。
真っ当な剣術勝負――フォルトの剣ほど、そんなことをさせるつもりのない剣は存在しないだろう。
だが、フォルトにとってはそれが剣なのだ。
その武器も、振るうための右手も失ってしまったのだが。
「どんな『魔法効果』が仕組まれていた?」
「ああ……? 野郎は毒とか言ってやがったが。『魔力の流れを分断する』らしいぜ」
「ほう、面白い剣だな」
「……つーか、てめーがそれを聞くのかよ? 相手の情報は斬り合って確かめるがてめーのモットーじゃねえのかよ」
フォルトがそんな疑問を投げかける。
アディル自身、フォルトから剣のことを聞いたところでやることは変わらない。
「それはそうだ。だが、今回は《剣客衆》の名を持ってして、アズマとフォルト――お前たち二人が負けたのだ。これ以上、俺達が負けることは面子に関わる」
「だから負けてねえって言ってんだろッ!」
「いいや、お前は負けた」
「んだと――は?」
フォルトが顔を上げて言い返そうとする。その表情が、一瞬で驚きに満ちたものに変わった。
アディルが、フォルトに向かって大剣を振りかぶっていたからだろう。
だが、アディルは迷うことなくフォルトに剣を振り下ろす。
メキリッ、と鈍い音が周囲に響き渡り――鮮血で染め上がる。フォルトの座っていた椅子も砕き、そのまま床を突き抜けた。
「役に立たない奴は殺した方が有益……お前の言葉だったな」
赤く染め上がった剣を床に突き刺す。
フォルトは無駄に情報を流すような癖がある。
捕まってこちらの情報が漏れる可能性もあった――わざわざ連れ帰ったのは、アディルが自らの手で確実に屠るためだ。
元より――剣客衆を名乗り逃げ出すことを選んだフォルトは、戦って散ったアズマ以上にその名を持つに相応しくない。
「面子、ですか?」
後ろから、一人の女性がやってきた。
美しく長い金色の髪。目を閉じたまま、優しげな表情でアディルに問いかける。
女性の名はフィス・メーデン。アディルと同じく剣客衆の一人だ。
「疑問か?」
「私達が体裁を気にしたことなどなかったでしょう」
「当然だ。俺達を殺した者は入れ替わりで剣客衆に入る。そうして、剣客衆は常に強者が集まってきた。殺しが好きな連中が、好きなだけ殺しをするための組織だからな」
そのうちの二人が、同じ騎士にやられたのだ。
しかも、相手はまだ子供――剣客衆として受けた仕事で、これ以上の失態はないだろう。
「依頼主はこれからこの国の王となり、そして戦争を始めるつもりだ。安定を求めるのではなく、戦ってより国家の益を求める――いや、もっと上を目指したいという欲があるのかもな。それでいて、まともにいけば剣聖姫に王の座を奪われる可能性があるとは、実に笑える話だ」
「そうですね。それにしても戦争、ですか。実に無益ですね」
「お前は戦争が嫌いだったか?」
「いいえ、これから無益な命が散ることになると思っただけです。何せ、私達がその戦争に参加するんですから」
「……その通りだ。俺達が楽しむための戦場作り――それが今回の目的だったのだが、如何せん遊びが過ぎたな。このままでは剣客衆の名が落ちる」
「別によいではありませんか。それならまた、別のところで戦を起こせば」
「それもそうだが、俺がこの仕事を受けたのは、《剣聖姫》に興味があったからでもある。お前もそうだろう?」
アディルの問いかけに、フィスが首を横に振る。
フィスという女性の考えは、アディルにも分からない。
剣客衆にいながら、殺すことが有益であるか無益であるかを何より重視する。無益であるのなら殺さない――それが彼女の信条だ。
もちろん、それをアディルは否定するつもりはない。
一人一人が望んだ戦いをする、それが剣客衆だ。
「私は私にとって有益な面が大きいから協力したまで。あなたが《剣聖姫》にそこまで興味を持っているとは意外ですね。聞く限りでは、アズマさんが戦おうともしなかった相手のようでしたが」
「ああ、少しばかり縁があってな」
「縁……なるほど。それならば、あなたにとっては有益かもしれませんね」
「ああ。それより、追手はどうだった?」
「ほとんどは相手をするまでもありませんでしたが、追い縋る者が一人」
「ほう、誰だ」
「《黒狼騎士団》の団長、レミィル・エインです」
レミィル・エイン――王国に存在する五つの騎士団の一つである黒狼騎士団の団長。
以前に戦った《蒼剣》ベル・トルソーもまた、同じ騎士団の所属だった。
レミィルにとっては、弔い合戦のようなものだろう。
「騎士団長自らの出陣か。殺したのか?」
「殺すつもりでしたが、あまり騒ぎになっても面倒でしたので、程々で斬り上げました」
「ああ、正解だな」
だが、そんな戦いに付き合うつもりもない。
いよいよアディル達が重視するのは、楽しむための戦いではなく――戦場を生み出すための、本気の殺しだ。
「初めから我々二人で来るべきだったかもしれんな」
「剣客衆にとって無益な死でしたね。特に、アズマさんの方は見どころがあったというのに」
「フォルトのことは嫌いだったか?」
「どこぞの貴族だったか忘れましたが、無益な殺しの多い男でした。アディルさんが殺らないのなら、私がやるつもりでしたから」
「お前にとっては有益、か。次は確実に剣聖姫を殺す。遊びではない――二人で行くぞ」
「ええ、承知しました。有益な死合になることを期待したいですね」
微笑みながらそう答えるフィス。
アディルもまた、にやりと笑みを浮かべる。
残る二人の剣客衆が、動き始めたのだった。






