24.強くなるために
イリスが俯いたまま、答えない。
それもそうだろう――『騎士として全てを守りたい』ということと、『復讐を果たすために強くなりたい』ということではまるで意味が違う。
だが、イリスはその相反する二つの目的を持っていると、僕は考えていた。
イリスが大きく息を吐き出す。やがて、静かに口を開いた。
「……いけませんか? 父の仇を討ちたい……そう思うことは」
「いえ、そうは思いませんよ」
「え?」
イリスが顔を上げて、目を丸くする。
復讐をするために力を求める――そんなこと、否定されると思っていたのかもしれない。
けれど、僕はそれを否定しない。力を求める理由は、人それぞれだ。
「イリスさんが誰かを守るために強くなりたい、そう思うのなら応援します。君がただ、復讐を為すために強くなりたいと言っても、僕はそれを否定はしません。人が強くなるために理由を持つことはとても重要なことです。どんな理由であれ、ね」
「……否定されるかと、思っていました」
「そう思っているということは、少なくとも君の中では間違っていると思っているからではないですか?」
「っ!」
イリスが僕の言葉を聞いて、ハッとした表情を浮かべる。
彼女は気付いていないわけではない――僕に否定されると思っていたということは、イリスは少なくとも、復讐に肯定的ではないということだ。
それなのに、彼女の中にはその気持ちが消えていない。
相反する二つの気持ち――それは、イリスの成長を妨げるものになる。
「僕は強くなる理由について否定するつもりはありませんが、選ぶべきではあると思います」
「選ぶ……ですか?」
「はい。本当に強くなりたいと思うのなら、まず迷いを捨てた方がいいですよ。父君の意志を継いで強くなりたいのか、それとも父君の仇を取るために強くなりたいのか――選ぶべきだと僕は思います」
イリスが戸惑いを見せる。
どちらかを選ぶということ――僕はどちらを選べとは言わない。
誰かを守るために強くなることはきっと正しいことだ。復讐するために強くなることも、僕は間違っているとは思わない。
もっとも、講師として教えるのならば、少なくとも後者の道を選ばせるようなことはしない。これはあくまで、剣術の師としての話だ。
イリスが《最強》の騎士を目指すというのなら、どちらの道でも彼女が進みたい道を進むべきだと思う。
「……選ばないと、強くはなれないんですか?」
「そうは言いませんが、少なくとも君が強くなるための妨げになっていると僕は思っています。強くなることに、無意識下で躊躇いがあるんでしょう」
「躊躇い……?」
「はい。強くなって皆を守りたいという気持ちと、強くなることで復讐を為そうとする自分への嫌悪感、とでも言うべきでしょうか。君が復讐をしたいと強く思っているわけではないと僕は思っています」
「それなら、父の仇を取りたいっていう気持ちは……捨てるべきってことですよね?」
「イリスさん次第です。その道を選んで強くなりたいというのなら、その意志を持って剣を振ってください。要は吹っ切る、ということですね。それでも成長できると思います」
「……シュヴァイツ先生は、どうすればいいか教えてくれないんですね」
「先生としてアドバイスするのなら、復讐のために剣を振ることはやめた方がいい、ということだけ教えておきます。それは修羅の道、ですからね」
そういう人間を、何人も見たことがある。
僕はかつてそのことごとくを斬り捨てて、《剣聖》という存在に至ったのだから。
イリスの表情から迷いは消えない。
「……正直、簡単には決められないです。だって……父は私の目の前で、殺されたんですよ」
「!」
それは初めて聞いたことだった。
ガルロはイリスの前で殺された――そんなことがあったのに、彼女はこうして生きている。
「顔はよく見えなかったけれど、殺した男の声はよく覚えています。『いつか強くなって、俺を殺しに来い』――そんなこと、言っていましたから。それを忘れることなんてできません」
「……」
それでも、イリスは真っすぐと僕の方に視線を向けて宣言する。
「けれど、選ぶのなら――私は誰かを守るために剣を振りたいんです」
イリスが口にしたのはそんな願望。口にするのと心に決めるのではまるで違う。
だが、イリスの言葉と表情には、決意に満ちたものが感じられた。
迷いがあれども――彼女の中ではどうするべきか分かっていたのだろう。
イリスにとっては何より必要なことは、強くなる理由を決めることだった。
(それに最初から気付けないあたり、僕も師としてはまだ新米だね)
……まあ、人の心を読むことに長けた人間ではないので仕方ない。
今の彼女なら、雑念も少なく剣を振るうことができるだろう。
明日には、最初の段階をクリアできるかもしれない。
そんな風に考えていると、
「……せっかくだから、参考までに聞かせてください。シュヴァイツ先生は何を考えて剣を振るんですか?」
イリスがそんなことを問いかけてくる。
僕が剣を振る理由――そんなことは単純だ。
「そうですね。将来楽をしたいからです」
「……楽? 楽って、えっと……?」
イリスが少し困惑したような表情をする。
そんなに説明が必要なことだろうか。そう思ったが、やがてイリスが理解したような表情をして笑い始めた。
「ふっ、あははっ、そんな理由でシュヴァイツ先生みたいに強くなれるのなら、誰も苦労しませんよっ」
「うーん、そうですかね?」
「先生、こういう話でも冗談とか言える人なんですね」
「まあ、子供だからっていうのもありますかね」
「全然子供っぽくないですよ」
そんなイリスの突っ込みが入る。
僕の場合――前世の記憶という最大のアドバンテージがあるわけだけど。
少なくとも、イリスの公認ではないが護衛としては近くにいられそうだ。
フォルトを除けば、残る剣客衆は二人。
来るべき戦いのときに向けて、僕とイリスは協力関係を結んだ。