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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
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23.為すべきこと

 イリスを連れて、僕は自室へと戻っていた。

 夜中にイリスが出歩いていたのは、結局昼間に稽古ができなかったから抜け出した、という話だった。この感じだと、元々朝方だけでなく夜中にも修行を続けていたのだろう。

 正直なところ少し注意したいところだったが、今はその話をしている場合ではない。

 神妙な面持ちでイリスは僕のことを見ている。

 暗殺者と僕が対峙したのは二度目――だが、今回は話が違う。

 僕の言葉から、何となく察したのだろう。


「シュヴァイツ先生は、《騎士》なんですか?」


 イリスが核心を突く問いかけから入る。

 惚けるのは簡単だが、二度に渡っての戦闘に僕とフォルトの会話を聞かれていたのだとしたら、誤魔化すのも難しい。

 それに、もう誤魔化してもいられる段階ではないのかもしれない。

 何せ、結界の張った学園の敷地内にわざとバレるようにしながら入ってくるような相手までいる。

 暗殺者ではなく真っ当な殺し屋――レミィルの言葉だが、こうなってくると少し違うのかもしれない。

 殺し屋としても、《剣客衆》は異常だ。

 少し間を置いてから、僕はイリスに向かって答える。


「はい。アルタ・シュヴァイツ――《黒狼騎士団》所属の一等士官です。こう見えて騎士として働かせてもらっています」

「もしかして、現最年少の……?」

「それも正解です。一応、僕が騎士としては最年少になりますね」

「……そう、ですか」


 それを聞いて、イリスの表情が曇る。

 『私より弱い人に守られるつもりなんてない』――そう言っていたというイリスだが、少なくとも僕は当てはまらない。

 彼女が本心からそう言っていることが前提になるが。


「先生がここに来たのは私を守るため、そういうことですよね?」

「護衛任務ですので、そうなりますね」

「……一度目も、先生がいなければ、確かに私は命を落としていたかもしれないです」


 そう、イリスは言う。

暗殺者についても剣客衆についても、イリスは深く僕に聞いてくるようなことはなかった。

 気にしていないはずもなかったが、彼女自身が狙われたということに触れたくなかったのかもしれない。

 イリスは拳を握り締めて、何か決意をした表情で言葉を続ける。


「それでも――私には、護衛は必要ありません」

「この状況で必要ない、とは言えないでしょう。分かっているとは思いますが、前に来たアズマもまともにやり合ったとして、君が負ける可能性も十分にあるんです。実力はあると言っても――」

「そんなこと、言われなくても分かっています……! でも、剣客衆に他の騎士も殺されたんですよね? 《蒼剣》って……ベルさんのことじゃないですか」


 イリスが口にしたのは、《蒼剣》ベル・トルソーのことだ。

 やはり、僕の言っていたことを聞いていたのだろう。

 彼は剣客衆に敗れ、殺された。


「……面識があったんですか?」

「以前、剣術大会の決勝で戦ったことがあります。社交界でも話をする機会があって……。誰よりも騎士らしく、実力のある人でした。そんな人も、殺すような相手なんですよね?」

「だから、僕がここにいるんです」

「私が言いたいのはそういうことじゃないんです。シュヴァイツ先生なら、剣客衆を探し出して倒すこともできるんじゃないですか? さっきだって、追いかけることもできたはずなのに」


 イリスの言葉は間違ってはいない。

 僕は剣客衆を倒すことよりも、イリスを守ることを重視している。

 イリスを置いて学園から離れれば――剣客衆を見つけ出し始末することもできるかもしれない。

 イリスが他の護衛を認めたところで、守り切れる可能性は低いが。

 あるいはイリスが剣客衆を始末するまで《王宮》あたりに引きこもるというのなら守り切れる可能性もあるが。


「イリスさん、僕の任務は君を守ること――護衛なんです。今の状況はそう単純ではありません。剣客衆を探し出すより君の近くで待つ方が確実とも言えます。そういう意味だと、君を囮にしているような言い方になってしまいますが」

「それは構いません。私を守るのではなく剣客衆を倒すことを最優先にしてください」


 少なくとも、僕が近くにいることを拒否するつもりはないようだが、イリスに言葉には強い意志を感じる。

 本来ならば、自身よりも実力が上の相手に狙われていると知れば、こんな風に護衛はいらないとは言えないだろう。

 僕としても、そこが気がかりだった。


「イリスさん、君は守られることを嫌がっているみたいですね。どうしてです?」

「っ、それは……」


 イリスが視線を逸らす。

 思うところがあるのだろう――しばしの静寂の後、迷いながらもイリスは口を開く。


「私は、守られる側ではなく守る側でいなければならないんです。父様の、《最強》の騎士と呼ばれた父の意志を継ぐために」

「父君……元騎士団長のガルロ・ラインフェル殿ですか」

「……ご存知なんですね。もう数年以上前のことですが」

「元騎士団長なんですから、噂くらいは」

「なら――殺された、ということも知っていますよね」

「……はい、聞いてますよ」


 僕はその言葉に頷いて答える。

 イリスの父――ガルロは何者かによって殺された。

 ラインフェル家の敷地内で、惨殺された遺体として発見されたのだ。

 周囲には戦闘の痕跡があったが、犯人は不明のまま。

 騎士として戦い――戦死したと言われているが、状況から見るにガルロは暗殺者によって殺されたと見るのが妥当だ。


「父はラインフェル家の当主として、そして何より騎士として――民を守ることを志してきた人でした。そんな人だからこそ私も憧れて、子供の頃から父を超える騎士になりたいと思っていたんです。もう、叶わないことですが……」


 イリスが目指すもの――それは、ガルロのような騎士になること。

 ガルロが最強の騎士と呼ばれていたのなら、彼女が《剣聖姫》と呼ばれるようになってからもなお、強くなろうとするのに合点はいく。


「私は――父の代わりに全てを守る騎士にならなければならないんです。私が守られる側に立つわけにはいきません。剣客衆の狙いが私だけならまだいいですが、他の人に危害が及ぶのなら何としても倒すことを優先してほしいんです」


 はっきりと、イリスがそう宣言した。

 イリスにとって護衛はただ自身より弱いから必要がないと言っているのではない。

 仮に強かったとしても、彼女は元より守られる側に立つつもりはないのだ。

 イリスが《王》候補と呼ばれていても、イリス自身はそれを望んでいない。

 騎士になって人々を守ることが彼女の目標であり、今もそうあるべきだと考えている。

 ――ただ、イリスが強さに固執するのはそれだけではないだろう。


「イリスさんの気持ちは分かりました。確かに剣客衆を野放しにしておくわけにはいきません。殺し屋である以上、今までも、そしてこれからも彼らは人を殺すでしょうからね」

「だったら――」

「その上で、君を護衛することが剣客衆を倒すことに繋がります。守る必要がないのではなく、剣客衆を倒すために君を守る必要がある、そういうことです」

「……私を囮におびき寄せること、ですか?」

「はい、先ほど言った通りです」


 イリスからしてみれば、守られるよりもそういう立場であると言っておいた方がいいだろう。

 イリスを守るのではなく、協力して戦うということだ。


「僕はしばらくここに講師として務めます。そこで、イリスさんを狙う剣客衆を迎え撃ちましょう。君が望むなら、その間剣術は教えますよ。約束ですからね」

「……そういう、ことなら――」


 イリスが迷ったような表情を見せたが、それでも僕の言葉に一定の理解を示した。

 そんな彼女の言葉を遮って、僕は問いかける。


「ただ、一つだけ確認させてください」

「……? 何でしょうか?」

「イリスさんが父君の意志を継いで全てを守りたい――そう思っていることは本当だと思います。けれど、それだけではないですよね?」

「……!」


 イリスが驚いた表情を浮かべる。

 僕に対して剣術を教えてほしいというイリスの必死さは、紛れもなく父の意志を継ぎたいというところからきているのは分かる。

 だが、そこにはもう一つの感情がある。


「父君を殺した相手を殺す――君が本当に強さを求めている理由はそこじゃないですか?」


 イリスが本当に為したいことは誰よりも強くなることで、誰よりも強かったはずの騎士――ガルロ・ラインフェルを殺した者を殺すことなのだと、僕は理解していた。

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