22.《百足》
「そらそらそらそらァッ!」
フォルトが声を荒げて、剣を振るう。
《百足》はフォルトの意思に従うように縦横無尽に駆け巡る。
危険なのは剣先だけではない――伸びている刀身にも、刃があるのだ。
うねるような動きをしながら迫る刃をかわし、刀身に対して一撃。
だが、刃は止まることはない。
「ハッ、意味ねえよ!」
再び《百足》が動き出す。
剣先は常に僕を狙うように追い掛けてくる。
それをかわしつつ距離を詰めようとするが、刀身がそれを阻害する。
僕はフォルトの周辺をうかがうように走る。
時折、剣を振って攻撃を仕掛けるが、作り出した風の刃は伸びた剣の刀身によって阻まれた。
距離にしても、ある程度近づかなければ威力は下がってしまう。
《百足》の全体は魔力を帯びているようで、見た目よりも高い防御力を誇る。
フォルトもまた荒々しい言動とは裏腹に、戦い方は慎重だった。
決して僕を近付けさせないというスタンスを徹底している。
一見すると隙のように見えるような場所も、踏み込めば刀身と剣先という――普通の剣ならばあり得ないような挟み撃ちの攻撃を繰り出してくる。
殺傷力だけで言えば、剣先よりも刃の連なる刀身の方が高いだろう。
ノコギリのような刃がひたすらに動き続けているのだ――斬るというよりも、抉るという表現の方が近いかもしれない。
「いつまでも逃げてるだけかよッ!」
「そういうわけでもないさ」
フォルトの言葉に答えて、剣を振るう。
再び狙ったのは刀身――金属の擦れる音が響くが、多少剣の動きに乱れはあっても止まることはない。
「んなこと繰り返しても無駄なんだよ。刀身が斬れるとでも思ってんのか? こいつの刀身に使われる《芯》はただの紐じゃねえ。《竜の髭》を素材に使ってんだぜ」
「竜の髭……なるほど、確かに頑丈なわけだ」
「この剣の動き自体は《竜の尾》とも例えられるがな……。肉を裂いて、骨を抉る――そういう剣なんだよ、これは」
《竜》――魔物の中でも最大種であり、最強種とも呼ばれる。
その素材はどこを取っても硬度が高く、素材の竜の強さは不明だが、僕の攻撃に耐えうるレベルのものであることは分かった。
迫る剣先を避け、刀身を掻い潜り、再び剣へと一撃を放つ。
同じように金属のぶつかる音が鳴り響くが、止まることはない。
「無駄だってのが分からねえかよッ!」
フォルトが大きく手を振った。
うねりをあげながら刀身が広がり、剣先が意識を持ったように僕の下へと迫る。
足を止めようものなら、剣先が休むことなく連撃を加えてくる。
その連撃を受けきったところで距離がある。――決め手がなければ、勝負は付かない。
フォルトの使う《百足》は中距離から遠距離に優れた剣だ。
剣士同士の戦いにおいて、距離を置いた戦いになることは珍しい。
特に僕の使う《インビジブル》のような中距離から放つ高速の一撃は、大抵の相手に対しては有効打となる。
今の状況では、それが決め手にはならない。
(……となると、多少は時間がかかるけど堅実にいくしかないね)
作戦もなしにただ避け続けているわけではない。
そろそろ――効いてきても良い頃だ。
僕は不意に足を止める。
「! ハッ、ようやく諦めたか?」
「いや、そろそろ攻勢に出ようと思ってね」
「へえ……そいつは楽しみだ――なッ!」
フォルトの意思に従うように、《百足》が動いた。
僕は剣を構えてそれを迎え撃つ。やってくる剣先を弾いて切り払うが、フォルトの操る《百足》はひたすらに僕の下へとその刃を向けてくる。
弾くたびに、地面や校舎など広く傷が付いていく。闇雲に振り回しているわけではないのだろうが、広範囲への攻撃にもなるのがあの剣の特徴だろう。
――複数人相手の想定もしているのかもしれないが、そういう意味だと昼間の学生が多い時間でなくてよかったと言える。
「……ッ!」
繰り返される打ち合いの中、フォルトの表情にようやく焦りが見えてきた。
フォルトの《百足》の剣先を、僕はひたすらに受けては切り払う。
時折、真っすぐに飛んでくる剣撃を受けて止めると、すぐさま剣先を戻して防御の姿勢に入る。
加速していく剣撃の中、それでも僕に一撃が届くことはない。
たったの一撃が、限りなく遠く感じるだろう。
少なくとも、僕からすればフォルトの刃が僕に届くことはないと思っている。
何故なら、彼の剣は遠距離攻撃に優れているが、ただそれだけなのだ。
剣速も決して早いわけではない。不規則な攻撃性を持ってはいるが、一対一ではその強さは完全には発揮されない。
もちろん、普通の相手ならば十分な実力なのだろうが――この場合は相手が悪い。
「悪いけど、僕には届かないよ」
「ふざけろ……!」
一歩、また一歩と距離を近づけていく。
フォルトはそのたびに、後ずさるように距離を置く。
体力勝負ならば、フォルトの方に分があるだろう。
いつまでも斬り合いをしているわけにはいかない。
僕は一歩、大きく前に出た。その瞬間、フォルトが笑みを浮かべる。
「もらったァッ!」
僕の動きに隙を見つけたのだろう。
刀身の動きが加速し、回り込むように剣先が迫る。
左側からの攻撃――確かに、このタイミングならば僕の防御は間に合わない。
だが、問題はない。元々防御するつもりなどないのだから。
僕はフォルトに対して剣を振るう。
発生した《風の刃》がフォルトへと迫る。
《百足》の刀身がうねり、僕の攻撃を防ごうと動く。
「無駄だって言うのが――あ?」
間の抜けた声が響いた。――宙を舞ったのはフォルトの右腕。
同時にガシャンッと大きな金属音を立てながら、自在に宙を舞っていた《百足》の刀身が地面へと落ちていく。
「ぐ、があああああああああッ! クソ! クソッが! 何をしやがった!?」
フォルトが叫び声をあげながら、僕を睨みつける。
決してフォルトが油断していたわけではない。
僕も、意味なく斬り合っていたわけではないのだ。
「ようやく効いたみたいだね」
「どういうことだ……ッ」
「僕の剣――《碧甲剣》はただの剣じゃない。《魔法》効果が仕組んである。まあ、それに気付いてたから警戒はしていたんだろうけどね」
「どういうことだって聞いてんだッ!」
「簡単に言えば《毒》みたいなものだよ」
「毒……だと……!?」
「そう。本来なら魔導師に対しては有効なんだけどね。魔力を通した剣なんかにも有効だよ。ただ、刀身が長い分時間がかかったね。僕の剣は――『魔力の流れを分断する』」
「……っ!」
僕の言葉を聞いて、フォルトも気付いたようだ。
碧甲剣は攻撃面に優れた武器ではなく、相手を無力化するために作られた剣。特に魔法で作られた物や、魔力を通して使う武器には有効となる。
ただし、フォルトの使う剣のように長めのサイズのものや大きなものには効果が浸透するまでに時間がかかる。
《対魔毒》――それが、僕の剣に付与されている魔法効果だ。
遠距離戦という、得意分野で僕に攻撃を当てられなかった時点で勝敗は決していた。
僕はただフォルトの《百足》の動きが鈍くなる瞬間を待つだけでいい――その隙を狙って、フォルトの腕を切り落としただけだ。
「随分と地味に刀身を小突きやがると思ってたが、ずっと待ってたわけか……!」
「そうだね。少なくとも、あなたの剣撃が僕に届くことはなさそうだったから、堅実にいかせてもらったよ。その点については、あなたも同じだったよね?」
「……ッ!」
利き腕を失った以上、これ以上僕と戦うような真似はしないだろう。
地面に落ちた《百足》に視線を送っているが、下手に動けば左腕も失うということが分かっているはずだ。
「フォルト・マセンタ。《剣聖姫》イリス・ラインフェルの暗殺未遂と、《蒼剣》を含めた騎士の殺害容疑で拘束する」
「……ハッ、ただで捕まると思ってんのか?」
「この状況で逃げられると――!」
そこまで言ったところで、フォルトの背後から気配を感じる。
近づいてくる気配に気を取られた一瞬の隙をついて、フォルトが動き出す。
カランと地面を転がったのは、銀色の玉。
強い魔力が帯びているのが分かる。――それは、突如として強い光を放った。
「ちっ……!」
眩い光で視界を奪われる。
剣を構えるが、攻撃を仕掛けてくる気配はない――単純にここから逃げ出すためだけに道具を使ったのだ。
先ほど近づいてきた気配も、もう存在しない。
反対に、校舎裏の方からもう一人の気配を感じて僕は動きを止める。
視線を送ると人陰は姿を現した。
そこにいたのは――僕のことを不安そうな表情で見つめるイリスだった。
「イリスさん、こんな夜更けに何を――」
「シュヴァイツ、先生。今の話って……どういうことですか?」
僕の言葉を聞いていたのだろう。だからこその問いかけだ。
元より、この状況で誤魔化そうというのは無理な話だ。
近くに気配はないが、少なくとも手負いのフォルトを追うよりはイリスの傍にいる方が正解だろう。
(……それに、聞かれたからには説明しないといけないだろうしね)
イリスの担任の講師として、そして剣の師として近づくことに成功したが――こんな形でイリスに話を聞かれることになるとは、僕も予想はしていなかった。
ちょっと指摘が多かったので後半修正しました。
悩むところもあるので更新頻度は少し落ちるかもしれません。
申し訳ありません。