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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
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20.休むことも修行のうち

 イリスの訓練を開始してから一週間が経過した。

 早朝から彼女が稽古に励む姿はよく目にするようになった。

 この学園には講師専用の寮というものが存在している。

 僕はそこで寝泊まりさせてもらっているわけだけど、さすがに朝から起こしに来るということはなかった。

 僕から言われたことを、ただ繰り返し練習する。この稽古に意味があるのか、とイリスが疑問を口にしたことはない。

 それだけイリスが僕を――いや、僕の強さを信用しているということだろうか。

 目に見える物だけを斬ることは、ある程度実力のある者ならば誰にだってできることだ。

 だが、今回の相手はそういうレベルを超えている。

 今のイリスが身を守るために必要なのは、たとえば暗殺者の使う罠などにいち早く気付くことができる能力だ。

 それができるようになれば、イリスは確実に強くなる。

 ただ、少しばかり問題もあった。


「ふ、ぁ……」


 朝のホームルームから、イリスが小さく欠伸をしているのが分かる。

 早朝からの稽古に励んだ結果、イリスはいつもの生活ペースを乱しているようだった。

 無理をする必要はないと言っているけれど、イリスの性格からすると隠れてでも練習をするだろう。

 剣術の授業では集中力を切らすことはなかったが、別の授業ではうたた寝をしていたという報告が、僕のところにあった。

 担任だからそういう報告を受けるのは当然として、問題はその原因が僕にもある、ということだ。


「イリスさん、最近少し無茶をしていませんか?」

「! 無茶、ですか? 別にそんなことはありませんけど……」


 放課後、稽古を始める前にイリスにそう切り出す。

 当然、イリスは否定するだろう。

 彼女にとって、これくらいの稽古は無茶でもなんでもない――早朝から起きて剣の稽古をするというのは、それこそアリアと一緒にやっていたそうだ。

 最近は、そのアリアとも一緒に稽古をしていないらしい。

 だから、授業中にアリアに試合をせがまれる機会も増えた。

 ……そろそろ担任として、一度注意しておかなければならない。


「友達関係も大事だと思いますよ。アリアさんだけでなく、クラスメートとの交流を深めることは。せっかく学園に来ているんですし」

「私は遊ぶためにここに来ているわけではありませんし」


 そう言って、すぐに稽古を始めようとするイリス。

 やはり、進展がないことに焦りを感じているようだった。

 素振りや手合わせのように、徐々に成果の見えるものではないために、彼女が焦るのも無理はない。そういう意味だと、イリスに合った修行ではない可能性もある。


(あくまで僕の知識からくる稽古だし、他人がそれをできるとは限らない、か。師匠も難しいなぁ)


 ……とはいえ、稽古をつける以上はただ適当に教えるつもりもない。

 イリスにとってまずは足りないものを補う稽古なのだ。

 ただ、その稽古で彼女に倒れられたり、別の授業を疎かにされてしまったりしては困る。主に僕が。


(それに、僕の見立てだと……)

「イリスさん、今日は稽古をお休みにしましょう」

「……? 休みって、どうしてですか?」

「これも稽古の一つですよ。効率的に身体を休めるのも必要です。もちろん徹底的に鍛えるというのもケースによって必要ですが、これはそういう類のものではありません。コンディションの管理も大事ですよ」

「それは、そうですが……」


 何か意見をしようとしたイリスだったが、稽古の一つという言葉がどうやら彼女に対して上手く刺さっているようだった。

 実際、剣の修行をしてきたイリスならば分かるだろう。良いコンディションの方が掴めるものもある。


「――というわけで、そこにいるアリアさんとお茶でもしてきたらどうですか?」

「え……?」


 僕の言葉に、イリスが少し驚いた表情を浮かべる。

 ほとんど完璧なまでに気配を消していたが、僕は気付いていた。

 アリアが、近くでイリスと僕の稽古を見ていたことに。

 木の陰から、アリアが姿を現す。


「アリア……!? どうしてここに……」

「最近ずっと一人で修行してるから、心配だった。朝、一緒に修行してくれないし……」

「あ……」


 アリアが少し拗ねたような表情で、そんなことを言う。

 早い話、寂しいということなのだろう。

 稽古を休むのはイリスのためでもあるが、同時にアリアのためにもなる。

 イリスとアリアは仲が良いようだし、友達付き合いというのは必要だろう。


「えっと、ごめんね。その、先生に剣を教えてもらうことになって……」

「うん、それは知ってる。先生強いから、イリスに教えるっていうのも分かる」


 アリアがちらりと眠そうな表情で、僕の方を一瞥する。

 彼女も実力だけなら相当高い部類だ――イリスが稽古の相手にするのも頷ける。

 そういう意味だと、手合わせをするのはイリスよりアリアと一緒にするのがいいのかもしれない。


(まあ、そこでアリアさんも巻き込むと教える相手が増えそうだしなぁ……)

「だから、わたしも今度から一緒に稽古する」

「えっ、アリアも?」

「えっ」


 イリス以上に僕の方が驚いた。

 二人の視線が僕に向けられる。イリスが困惑したような表情で、そしてアリアは変わらず無表情だが――


「いいよね、アルタ先生」


 何か圧力のようなものを感じる。

 スッと近寄ってくるアリアの距離が近い。


(イリスさんを休ませるためにアリアさんに話しかけたんだけど、まさかこうなるとは……)


 ちらりとイリスの方を見る。

 まさかイリスの方からアリアにダメだ、とも言えないだろう。

 そうなると、全て僕の判断ということになる。

 イリスと比べると、アリアの方が何かブレーキになってくれそうな雰囲気は感じられた。


「……ふぅ、分かりました。アリアさんのレベルなら別に僕が教えることに差し支えはないですしね。ただし、広めないでくださいね?」

「広めないよ。私とイリスだけの秘密」

「僕もいるんですが――まあ、それは置いといて。では今日のところはお休みですので、イリスさん。アリアさんと一緒にお茶でもしてきてください」

「シュヴァイツ先生がそう言うなら……」


 イリスも納得したような表情をしているが、どこか不服そうでもあった。

「私は頼み込んでもすぐに頷いてもらえなかったのに……」と小さく言っているのが聞こえた気もするが、そこは触れないでおこう。

 アリアに教えるというよりは、イリスの成長の手助けになると思ったからだ。


「あ、その前に」


 アリアが何か思い出したように言う。

 一人、落ち葉が舞い散る森の中へと立つと、懐から取り出した短刀で――視界の外にある落ち葉を切り刻んだ。


「……! ア、アリアはできるの……!?」

「まあ、これくらいならね」


 したり顔でイリスを見るアリア。


「へ、へえ……そう」


 イリスはというと、物凄く悔しそうな表情で声も震えている。

 ……頼むから、イリスを煽るのではなく休ませる方向でブレーキになってほしい。

 そう思っていたが、イリスの刺激になる分にはありなのかもしれない。

 色々と、僕にとっても悩みが増えた。


(それに、イリスさんとアリアさんの二人ならイリスさんの方が実力は上だと思うけれど……)


 少なくとも、アリアにはイリスと違って実戦での経験がある――そう思わせるところがあった。

 それも、普通の人間が経験するようなレベルのものではない。一応、調べておく必要はあるか。


「じゃあ、先生もせっかくですから一緒にお茶しましょう」

「いや、先生はこれから寝るので」

「まだ日も暮れてないよ」

「先生はこう見えて忙しいんですよ」

「忙しいのにこれから寝るんですか……?」


 その疑問は間違ってはいないが、僕は夜中の見回りという仕事がある。

 講師としての仕事ではなく、騎士としての仕事だ。

 暗殺者がイリスの命を狙ってもう一週間――そろそろ、何か仕掛けてきてもいい頃だ。

感想よりも設定に関して疑問、という方はメッセージでお願いできますでしょうか。

全てお答えできるわけではないですが、感想の方ですと答えにくい内容もございますので。

感想自体は喜んでもらってますのでいつでも書いてください。

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