2.護衛任務
僕――アルタ・シュヴァイツに前世の記憶が戻ったのは、数年前のことだ。
孤児院でアルタという名前だけ与えられた僕には姓もなく――五歳になったとき、初めて魔力というものに触れた。
そのときに、かつて僕が《剣聖》ラウル・イザルフだったことを思い出した。
これが前世の記憶というもので、いわゆる《転生》というものなのか――それは分からない。
僕がラウルだったと証明する方法なんてないし、それを広めるつもりもなかった。
剣と魔法に関する知識――それが得られただけでも僕にとっては十分だった。
その才能を認められて、地方貴族のシュヴァイツ家に養子として受け入れられて、僕は今の王国騎士として働いている。
王国始まって以来の最年少騎士となったわけだ。
もちろん、それを表立って民衆に知らせるようなことはしないが。
騎士にも色々と階級はあるけれど、僕は比較的自由と裁量権のある《一等士官》という地位にあった。
生まれ変わって何がしたいかと聞かれれば、何かしたいわけじゃない。
ただ、出来なかったことはしてみたいし、苦労したいとは思わない。
前世では――戦うために強くなっただけなのだから。
そういう意味では、僕はラウルの記憶を持ったアルタ・シュヴァイツとしてうまくやっていけるのかもしれない。
僕の望むことは、早くから働いてお金を稼ぎ、早めのドロップアウトをして悠々自適な生活を送ることなのだから。
***
「討伐数は半数以上、母体は死滅――こちらは死者ゼロ、か。怪我人は複数いるようだが……被害はほとんどなし。見事な働きだ。アルタ・シュヴァイツ一等士官」
「はい、ありがとうございます。レミィル・エイン騎士団長」
僕はそう言って頭を下げる。
机に肘をつきながら、一枚の報告書を確認するのはレミィル・エインという女性。
僕の所属する《黒狼騎士団》の団長だ。
赤く長い髪を後ろに束ね、騎士指定の制服を少し着崩している。
胸元辺りのはだけ具合は騎士としてどうなのか、と思わなくもないが――騎士団によってその特色は異なる。
ここではそういうのも許されているのだろう。
「それで、僕の討伐数に応じて追加でお給金はもらえるんですよね?」
「君は二言目には金の話をするな。若いうちからそんなに気にしてどうする? シュヴァイツ家はそんなに困窮しているのか?」
「シュヴァイツ家に関しては、少なくとも僕の稼ぎがなくても問題ありませんよ。現当主である僕の義父は優秀な方ですから。単純に、僕がお金にがめついだけです」
特に気にすることもなく、僕はそう答える。
お金がもらえたら嬉しいのは当然のことだし、貯まるという事実も心地がよい。
田舎に家を買うか都会に買うかによって、貯める必要のある金額も変わってくるが。
(その辺りもいずれ決めないとなぁ。僕的には田舎だけど)
「ちなみに団長は都会派ですか? 田舎派ですか?」
「ナンパの話でいいのか? いいんだな?」
「違います。将来住むところの話です」
「なんだ、プロポーズならもう少しロマンを大切にしろ。あと年齢差があると大変だぞ」
「団長に聞いたのが間違いでした」
僕がそう言うと、レミィルは「冗談だ」と言ってにやりと笑った。
これが、騎士団長である彼女の素だった。
こっちの方が話しやすくはある。
たまに面倒なこともあるけれど。
「まあ、君が将来田舎に住むか都会に住むかは君の自由ではあるが、若いうちは『今』の話をしようじゃないか」
レミィルの言葉に、何となく嫌な予感がする。
レミィルが引き出しから取り出したのは、一枚の紙。
少女が写し出されており、そこにいくつか情報が記載されていた。
「あれ、この方は見覚えがありますね」
「それはそうだ。四大貴族の一つ、ラインフェル家のご息女であり、この王都においては騎士をおいて《最強》と名高い方――イリス・ラインフェル嬢だからね」
僕は渡された紙を手に取る。
《剣聖姫》――そう、彼女は呼ばれているらしい。
剣と魔法を組み合わせた魔法剣士として並々ならぬ才能を見せ、女性ながらかの《剣聖》に並び立つと呼ばれている、弱冠十五歳の天才少女。
僕も会ったことはないけれど、見たことくらいはある。
凛とした立ち振舞いを、僕も覚えている。
「四大貴族……そのご息女がどうかしたんですか?」
「君に彼女の護衛任務を任せたい」
「はい――は?」
思わず聞き返す。
嫌な予感は当たってしまったらしい。
「護衛任務だよ、護衛任務。やったことなかったかな?」
「いや、ありますけど……《剣聖姫》の護衛って……」
そもそも必要なのだろうか、などと口にしてはいけないだろう。
レミィルは小さくため息をつく。
「言いたいことは分かる。彼女も護衛は必要ないと言っている。けれどね、最近少しきな臭い動きが見られる」
「きな臭い動き……?」
「ああ。それに関しては別途調査中だが、イリス嬢はこの国でも広く支持される貴族の鑑――次期《王》候補とも称される存在だ。どのみち、そんな方に護衛をつけないわけにもいくまい?」
「そう言われるとそうですが、何で僕に?」
「イリス嬢曰く、『私より弱い人に守られるつもりなんてない』とのことだ。何とも勇ましいことだが、そうなってくるとこちらとしてもすぐに出せる者が少なくてね。すぐに送り出せるのは君というわけだ」
僕が選ばれたというより、今すぐに行けるのが僕だけということらしい。
確かに、剣聖姫よりも強いという条件を付けるなら、そうそうに見つかるものでもない気がする。
僕以外にいませんか、という選択肢はすでに潰されてしまっていた。
「けれど、イリス様は学園に通われているようですが……僕がうろついても大丈夫なのですか?」
「その点については抜かりない。もう話は通してあるからな」
不敵に笑うレミィル。
またしても、嫌な予感が僕の頭を過ぎるのだった。