189.任された
イリスは一人、王都を駆けていた。
何人かの騎士に声をかけられたが、足を止めることはない。雷を纏い、高速で移動する彼女を誰も止められはしなかった。
そして、辿り着いた先にいたのは――
「ほう、こいつは驚いたな。ラインフェル家のお嬢さんが、こんなところに何の用だ?」
《紅虎騎士団》所属の大柄の騎士――ゴズ・ダンクリス。
彼のことは、イリスもよく知っている。
かつて敵対した剣客衆の一人を打ち倒した者の一人であり、アルタに並んで王国では『戦力』と目される男だ。
ここはまだ、《黒狼騎士団》の管轄であり、本来であればゴズがいる場所ではない。
「実際にお会いするのは、初めてですよね、ダンクリスさん」
「ああ、そうだなぁ! オレは呼ばれたからここに来たんだが……どうやら敵はいないみてえだぜ。それでオレの質問に答えちゃくれねえか? こんなところに何の用だ?」
「……ある人物を探しているんです」
「ある人物?」
「はい。アルタ先生――いえ、アルタ・シュヴァイツ一等士官に並ぶ、実力者の騎士を」
「おいおい、そいつはもしかして……オレのことか!?」
嬉々とした表情を浮かべるゴズ。
確かに、剣客衆を打ち倒した彼の実力も――おそらくは申し分ないだろう。
だが、イリスは一度剣を交えた相手だからこそ、分かる。
「いえ、もう一人……ウェンベル・シュナイツァー一等士官を見かけませんでしたか?」
「あん? ウェンベルだと?」
同じく剣客衆を倒した男――ウェンベル。
イリスは彼とも顔を合わせたことはほとんどないが、ある確信を持っている。
「あいつなら、ちょうど――」
「やあ、ゴズ。待たせたね」
「っ!」
暗がりから姿を現したのは、ウェンベルだ。
騎士団の正装に身を包み、二人の前に立つ。
「おや、これはラインフェル家の……こんなところで何を?」
「お前を探してたんだとよ」
「私を?」
「ええ、そうよ。あなた、今までどこにいたの?」
イリスはまるで問い詰めるような言い放った。
ウェンベルは肩をすくめ、
「いきなりですね。この辺りを警戒していただけですよ」
「学園にも来たわね」
「……はて、なんのことだか――」
瞬間、イリスはウェンベルに向かって斬り込んだ。
だが、ウェンベルもまた、腰に下げた剣を抜き放ち、一撃を防ぐ。
「これは……どういうつもりで? いかに貴族の御令嬢と言えど……いきなり剣を向けてくるなど、殺されても仕方ありませんよ?」
「あなたはすでに、私と剣を交えているでしょう……!」
「さて、なんのことだか……っ」
ウェンベルが力に任せ、イリスを押し返す――後方に下がり、防御の構えを取るが、ウェンベルは追撃を仕掛けてこなかった。
「おやめください、今は仲間同士で争っている場合ではないでしょう」
「どの口が……! アリアを斬ったのはあなたよ!」
「その、アリアとかいう子が誰だか知りませんが、何か証拠はあるのですか? 仮に私が誰かを襲ったと言うのなら」
「なら聞くけれど――あなた、その肩の傷はどうしたの?」
鎧で隠れてはいるが、ウェンベルが押し返す力は弱かった。
おそらく、怪我を庇ったのだろう――だが、ウェンベルは表情を変えることなく答える。
「先ほど、敵と交戦した際に傷を負いました」
「おいおい、剣客衆と斬り合っても無傷だったお前がか? どんな強敵とやり合ったってんだよ!」
ウェンベルの言葉に反応したのはゴズの方だ。
「一度、剣を交えたからこそ分かるの。今、王都にいる漆黒の騎士の一人はあなたよ」
「……漆黒の騎士の情報なら、すでに私も聞いてますよ。あれは『死者』を利用しているのでは?」
まるで、聞かれた時に答えるために用意していたかのようだが、だからこそ――彼が嘘を吐こうとしているのが分かる。
「そうね、私も先ほど聞いたばかり」
「でしたら――」
「出血があったわ」
「……?」
「学園に侵入してきた漆黒の騎士には出血があったのよ。つまり、私が戦ったのは『生きている人間』。そして、学園の警備にもかからずに学園へと入ることができて、実力のある者――自ずと、対象は絞られるわ」
イリスは《紫電》の剣先をウェンベルに向けて、言い放つ。
「その肩の傷は、私がつけたものよ。ウェンベル・シュナイツァー――あなたは、漆黒の騎士の一人。答えなさい、何のために学園に来たの?」
「……ふっ」
イリスの問いかけに、ウェンベルは笑みを浮かべた。
「まさか、たった一撃受けただけでバレるとはね。なかなか賢いお嬢さんだ」
「……学園に簡単に入れる時点で、いずれ分かることよ。それとも、気付かれる前に事を済ませればいいと考えていたの?」
「ああ、その通りだよ。私の目的は初めから一つ――ある人を王にすることだ」
「ある人……? まさか」
ウェンベルもまた、騎士団として擁立している者がいる、ということだ。
つまり――ウェンベルの狙いは、イリスの命。
「ここに一人で来てくれるとは、むしろありがたいくらいだ。ここで君を仕留めればいいだけなのだからね」
「……ええ、私も同じよ。あなたを倒すためにここに来たのだから」
「ゴズ、分かっていると思うが、君はそこを動くなよ」
「……へいへい。オレはお前のやることには手出ししない――そういう約束があるからな」
ちらりと、イリスはゴズに視線を送る。
協力関係――というわけではないようだ。
ここでイリスを仕留めるつもりならば、確実に二人で来た方がいい。
それなのに、ゴズは殺気はおろか、やる気もなさそうにその場に座り込んだ。
「オレが見届けてやるよ。誰が王に相応しいか」
「ふっ、ならず者に決闘を見届けられるとは」
「……決闘?」
その言葉に、イリスは反応した。
すぐにウェンベルとの距離を詰め、剣を振るう。
ウェンベルはそれを防ぎ、再び拮抗した。
「ふざけないで、これは決闘なんかじゃない。あなたは――王国に仇なす罪人よ。私は騎士を目指す者として……あなたを倒す!」
イリスははっきりと宣言した。
アルタに任されたのだ、『君の敵は、君に任せます』、と。
ちなみに今回出た騎士は118話に登場してます。






