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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
188/189

188.正体

 アリアはすぐに処置が施されたため、大事には至らなかった。

 それでもまだ意識は取り戻しておらず、イリスは眠るアリアの手を握る。


「……」


 ――いつから、こんなことになっていたのだろう。

 アリアが学園内に侵入した敵と戦い、この状況になっても姿を現さないということは、アルタも学園内にはいないのだろう。

 イリスだけが、現状を知らされていなかった。あるいは、『信頼されていない』とも考えてしまうが、すぐにその考えを捨てる。

 結局のところ、イリスの『立場』の問題なのだろう。


(いつもの私なら、気付けていたのかもしれないのに)


 色恋など考えている暇など、なかったのだ。

 イリスはただ悔やんで、悔やみきれない状況に一人俯く。

 そして、決意に満ちた表情で剣を握り締めた。後悔はいつだってできる――ならば、今すぐにできることをしよう、と。

 イリスが医務室を出ようとしたその時、


「派手にやられたようだな」

「っ!」


 不意に背後から声が聞こえ、振り返る。

 すると、そこにはローブに身を包んだ人物がいた。


「……何者。アリアから離れなさい」

「心配するな、俺は味方だ。今は、な」

「……? 今はって――っ!」


 その人物の顔を見て、イリスは目を見開く。

 アリアによく似た顔立ちの青年が、そこには立っていたのだ。


「あなた、は……」

「久しいな、イリス・ラインフェル。顔を合わせるのは、以前に戦った時以来か。ま、俺はそこまでお前とやり合ってはいないが」


 アリアに似た青年――かつて、アリアを狙った《影の使徒》のメンバーであり、アリアの『兄』という立場にあった人物だ。偽物であったという話と、彼らの身柄は帝国に引き渡された、という話は聞いていた。


「味方って、どういうこと?」

「言葉のままの意味だ。今、俺はエーナの部下という立ち位置にある。妹も一緒でな。父を失い、俺達自身――存在が偽物であったという事実を飲み込むには、多少時間はかかったがな」


 自嘲地味な表情を見せながら、青年はアリアを見据える。そこに敵意はないようで、イリスも構えを解いて、青年と向き合う。


「ここに何をしに?」

「お前に言伝だ、アルタ・シュヴァイツからな」

「! アルタ先生から……?」

「ああ、そうだ。エーナの指示は、アルタに『学園を守らせる』だったんだが……それを伝えたところ、今度はアルタから任された」


 アルタはここに向かうつもりだったらしい――けれど、来なかった。

 何を伝えるつもりなのか、少し怖くて、イリスは剣の柄を握る。

『ここで待て』か、『何もするな』か。どうあれ、アルタの指示であれば、イリスに待機を指示するものかもしれない。


「一言一句、間違えずに伝えろ、とのことだ。よく聞け――『すみません、君には色々と黙っていました。それが正しいと信じていたから。けれど、僕が間違っていたみたいです。イリスさん、王国は今かなり危険な状況にあります。一つ間違えば、この国が滅びかねない事態に。だから、僕は騎士として倒さなければならない相手のところに向かいます。なので、君の敵は、君に任せます』、だと。全く……生徒に任せる、などどういうつもりなのだか」

「……っ! 先生が、そう言った、の?」

「ああ、そうだ」


 青年の言葉を聞いて、イリスは震えた。剣の柄を強く握り、目を瞑る。


「怒る気持ちも分かる。だが――」

「違うわ、怒ってなんていない。逆よ」

「……逆?」

「先生が、私に『任せて』くれたのよ? このままやられっぱなしで我慢しろ、なんて言われたら、それこそ怒って結局、先生の指示を破ることになっていたかもしれない。でも、先生は私に任せてくれた――これで、何も気にする必要はないわね」


 イリスはそう言うと、すぐに病室から出ていく。


「お、おい。どこに行くつもりだ? 言伝ではこう言っているが……」

「もちろん、アリアを斬った敵を追うわ」

「! 馬鹿を言え。アリアが勝てなかった相手だぞ。お前だって勝てるかどうか――」

「勝つわ。アリアのこと、お願いできる?」


 イリスの意思は固く、青年も言葉を受けて、呆れたような表情を浮かべた。


「……どうやら、俺はとんでもない奴らを敵にしていたらしいな。勝手にしろ。元々、アルタに言伝をした後は、ここの防衛に回るつもりだったからな」

「ありがとう、お願いするわ」

「待て。すでに得ている情報を一つ、共有しておく。敵の『漆黒の騎士』は複数体存在していて、いずれも死体だ」

「複数? それも死体って……」

「斬っても出血がないそうだ。お前が戦った騎士も、同じだったんじゃないか?」

「――」


 そこまで聞いて、イリスは何かに気付いたように表情を変える。そうだ――学園内に潜入して、何も騒ぎにならなかったのが不自然だったのだ。

 アリアがここを守っていたのなら、それこそ容易く潜入できることなどないはず。

 何より、イリスと斬り合った騎士は、『出血』があったのだ。

 あれは確かに、生きている人間だ――イリスは青年と別れ、廊下を駆け出す。《紫電》が纏う紫色の雷はイリスを包み、静かに音を立てる。


「――参ります」


 言葉と共に、イリスが行動を開始した。

 狙うはただ一つ。アリアを斬った『漆黒の騎士』であり、その『正体』だ。

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