187.《剣聖》vs《王国騎士》
僕の前に立つのは漆黒の鎧に身を包んだ騎士――《黒狼騎士団》の本部を襲い、ほとんど壊滅状態に陥れた男、ラウル・イザルフ。
それは、僕の前世のはずであり、すでにこの世にはいないはずの者の名だ。
だが、向かい合った瞬間から、分かる。
確かにこの男は、先ほど戦った漆黒の騎士とはまるで違う。
生気は感じられないが、紛れもなくラウルは強い。
「僕の死体をどこで見つけたか分からないが、それを使ったのか」
考えられる方法としては、それしかない。
《剣聖》――ラウル・イザルフは、おそらくは病死だ。
おそらく、というのは、僕に死んだ瞬間の記憶はない。
だが、死にかけていた、ということはよく覚えている。晩年のラウル・イザルフは、もはや剣を振ることすら満足にできないほど弱っていた。
「エーナさん、メルシェさん、お二人とも下がっていてください。彼を倒せるのは、きっと僕しかいない」
「アルタ……お前は――」
「エーナ様、ここはアルタ様にお任せしましょう」
メルシェの方が冷静だ。
エーナも決して浅くはない怪我を負っている。ここでラウルと戦ったところで、勝てないことは分かっているはずだ。
「……ああ、分かった。アルタ、私の言葉に従わなかったこと、あとで正式に抗議させてもらおうぞ。だから、必ず勝て」
「もちろん、僕は負けるつもりはありませんよ」
僕が答えると、エーナはその場に膝を突く。
やはり、立っているのもやっと、という状態だったようだ。
「さてと……ラウル・イザルフ。君はもう死んだはずの人間であり、そこにあるのは肉体だけ――それには違いないね?」
「……」
僕の問いかけに、ラウルは答えない。
ただ、剣を構えて僕と向かい合う。自分自身と戦うというのは、なんとも不思議な感覚だ。
お互いに構えたまま、最初に打ち出したのは、風の刃――《インビジブル》。
「ふっ」
ぶつかり合うと同時に、周囲に暴風が発生する。剣速には自信あるが、完全に僕と互角……いや、わずかながらラウルの方が上か。
「さすがというべきか。魔力で補っている僕よりも、肉体的には君の方が上か」
冷静に、魔法で斬り合いながら状況を分析する。
インビジブルではまず、ラウルを仕留めることはできないだろう。
むしろ、このまま斬り合えば向こうの方が勝つ――肉体な全盛期はすでに終えているはずだが、死体であるラウルの動きに限界はない。
このまま勝てないのであれば、様子見する必要もないだろう。
大体、今の斬り合いで分かった。
「君は間違いなく、僕だ。利用されるのはいい気分じゃないし、だからこそ僕が君を止めるべきなんだろうね」
「……」
何を言ったところで、ラウルからの返事はない。
僕はラウルの放つインビジブルを回避し、側面から回り込むように斬りかかる。
ラウルはその場から動かずに、インビジブルを無作為に放ち続ける。
動きは早いが、やはり単調になりがちだ。
「それは僕には当たらないよ」
距離を詰め、剣を振るう。
ラウルがそれに応じ、互いの剣が交わった。
だが、すぐに後方へと押し返される。腕力でも、ラウルの方が上か――やはり、全体的に『アルタ・シュヴァイツ』である僕よりも、『ラウル・イザルフ』である彼の方が強い。
こればかりは仕方ない――だが、埋められない差を埋めるのが、僕の培ってきた剣術だ。
十年以上も前に終わったラウルと、今の僕との違いを見せよう。
「行くぞ、ラウル・イザルフ」
再び距離を詰め、今度は至近距離から互いに斬り合う。
僕もラウルも、握っている剣は特別なものではない。
あるいは、《銀霊剣》を使えば、早くに勝負はつくのかもしれない。
ラウルが死体であるのなら、それを動かしているのは魔法だ。《銀霊剣》ならば、ラウルを動かしている魔力を全て吸い尽くすことも可能なはず――けれど、それは使わない。
《銀霊剣》は、僕が《剣聖》であるという証であり、僕が今戦っている相手が《剣聖》だと認識されているのなら、僕は王国騎士、アルタ・シュヴァイツとして彼に勝利をしなければならない。
幾度となく刃を交え、徐々に身体に傷が増えてくる。
彼は僕自身だから、当然僕を殺すだけの力があるのだろう。
だが、剣術ではやはり、僕が上をいく。
「ふっ」
一呼吸。吐き出すと共に、僕はラウルの一撃を回避し、斬り込んだ。
腹部への一撃。ラウルは怯むことはなく動くが、普通の人間であれば、勝負がついてもおかしくはなかった。
「《剣聖》――ラウル・イザルフ。君が本当の意味で死んだことは、今ここで証明される」
ラウルがカウンターで繰り出した一撃を跳躍で避け、勢いのままに首を刎ねる。
ラウルの首は宙を舞うが、まだ彼は止まらない。
彼が次の一撃を繰り出す前に――剣を握った右腕を肩から飛ばす。地面に着地すると同時に、胴体を切断した。
ラウルは呆気なく地面へと倒れ伏し、やがて動きを見せなくなる。
ゴロゴロと転がった首を持ち上げ、僕はその顔を確認する。
記憶の底にある、死にかけていた頃のラウルの顔と同じままだ。
消息不明とされていた《剣聖》ラウル・イザルフは、ここで死亡が確認されることになった。






