186.役目
(動きは止めた。これなら――っ!)
エーナが動くよりも先に、ラウルが動いた。手足を鎖によって縛られているというのに、まるで気にすることなく力ずくで歩き出す。
「この、力は……!」
「人間なの……!?」
「メルシェ! ルリネ! そのままでいい! 私がやる!」
メルシェと、メルシェのコピー――ルリネに対してそう宣言し、エーナは駆け出した。
真っ向からの斬り合い。相手の動きは抑制状態にあり、エーナは万全の状態だ。
戦法として卑怯だということは分かっている。
だが、エーナですら正々堂々、真正面から戦い勝つことは難しいと判断した。
勝利のために、エーナはこの一瞬に全てを懸けることにしたのだ。
ラウルもエーナに反応し、鎖で縛られながらも腕を振り上げる。交差するように、互いに剣を振るう。
瞬間、ラウルを捕らえる鎖が緩んだ。
「エーナ様!」
「馬鹿者……! 鎖を離すな……!」
互いに一撃。エーナはラウルの首元に。ラウルはエーナの肩から腹部に向かって。
動きをこれだけ抑止してもなお、ラウルを完全に止めきることはできなかった。
結果的に、受けた傷はエーナの方が深いほどに、だ。
「くっ、もう止められない!」
ルリネが叫ぶと、ラウルが思い切り鎖を引いた。
一瞬の隙を突いて、ラウルが自由になる。
すぐに三人は武器を構えるが、ラウルは振り返ることなく――真っ直ぐ駆け出して行った。
「逃げた……!?」
「違う! 奴の狙いはカシェルだ。逃げているのではなく、追っている! 我々を見逃したのは、単調な命令しか聞けないからだろう……!」
「エーナ様、今動かれては……!」
「奴を止めるのは、私の役目だ! そのために、アルタには学園の方に向かわせた……! ここで、私が止まるわけ、には……!」
だが、エーナの受けた傷は深い。仮に走って追いついたとして、三人でも満足に足止めができなかった相手だ――勝てる見込みは、かなり低いと言わざるを得ない。
(それでも、この私が言ったのだから……!)
エーナは伝令を向かわせて、アルタにこちらには来ないように伝えた。それなのに、このような不甲斐ない結果で終わるわけにはいかない。
エーナは立ち上がると、二人に命令を出す。
「私のことは構うな。次は、三人で奴を討つ」
「私は命令には従うわ」
「エーナ様、私は――」
「メルシェ、頼む」
「……分かり、ました。エーナ様の命令に従います」
「すまないな。では、行くぞ」
三人はラウルを追いかけて走り出す。
すでに何人もの騎士がラウルに挑み、敗れ去ったのだろう。廊下は血で染まり、まともに彼と戦って生き残った者はほとんどいない。
それでも迷わず進めるのは、エーナには強い意志があるからだ。
(アルタ……お前はお前の仕事をしろ。イリスを守るのがお前の仕事なら、私がこの役を引き受ける)
それは帝国の軍人として、帝国の敵を討つと同時に、明確に王国に協力すると宣言しているようなものだ。
元々、エーナは王国と友好的な関係を築くために、わざわざ留学までしたのだ。
だから、彼女はここで止まるわけにはいかなかった。
廊下を抜けて、再び地上へと抜け出す。
ラウルはカシェルをどこまでも追いかけて、始末するつもりだ。
止められるのは、エーナしかいない――はずだった。
「なんで、お前がここに……?」
エーナは驚きに目を見開く。地上に出て、多くの騎士が倒れ伏す中――一人の少年が、ラウルと対峙していた。
エーナは少年――アルタに向かって叫ぶ。
「何故、お前がここにいる! お前の役目は、イリスを守ることだろう……!?」
イリスを守れと、アルタには伝令を出したはずだった。それなのに、彼は何故かここにいる。
後ろには、ヘレンが膝を突くようにして、アルタのことを見ていた。
エーナの言葉に、アルタは静かに答える。
「少し違いますね。僕は確かに彼女の護衛ですが――それ以前に、僕はこの国の騎士でして、何よりイリスさんに宣言してしまいましたから。『最強の騎士』である、と。だから、この男を止めることが、僕の役目なんです」
そして、アルタとラウルは剣を交えた。
更新遅くなり申し訳ないです。
7/25にコミックスの完結巻が発売致します!
また、書籍版については基本三巻で終わりになっておりますため、web版についても今後は私のタイミングで更新させていただく……という形になることご容赦ください。






