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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
185/189

185.勝利のために

 エーナは細剣を向けて、男――ラウルと対峙した。

 以前に戦っているからこそ、分かる。目の前に立つ者が、一度剣を交えた男であるということが。

 ラウルはエーナの姿を見ても、特に驚く様子もなく、無言のまま剣を構える。


(……さて、まともな斬り合いで勝てるかどうかは正直、私でも分からんな)


 エーナはちらりと、視線を後ろに向けた。

 すでに、ファーレンがカシェルを抱えて逃げ出している。

 急いで追う様子がないのは、エーナを倒してからでも問題なく追いつける――そう、考えているからだろうか。


「……いや、そうではないな。すでにいくつかの『連絡』は受けている。お前も『死体』なのか? だから私の言葉にも反応しないし、単純な命令系統でしか行動しない――おそらくは、カシェルも目標の一つ、というところか」


 エーナの言葉を受けても、ラウルは反応を示さない。

 すでに亡くなった、とされるラウルなのであれば――その強さと同時に、エーナの言葉に反応しない、という事実にも頷ける。


「先の戦いで、お前の動きは把握している。お前が生きていようが死んでいようが、正直どちらでも構わない。だが、これ以上、お前達に暴れられるのはこちらとしても困るのでな……いくぞ」


 言葉と同時に、エーナの周囲に『水の球体』が作り出される。それはエーナの得意とする魔法であり、近づく者に反応して攻撃を行うものだ。

 先に動いたのは、ラウルの方だった。左手を振るい、風の刃を作り出す。

《インビジブル》――目に見えない風の刃が迫る。

 エーナは身を屈めるようにして、迫る刃をかわす。

 そのまま、踏み出すようにして前に出た。

 ラウルに近づくと、水球が反応して動き出す。小さな水の針を打ち出すが、ラウルはそれには気にも留めず、エーナの一振りを真正面から受け止めた。


「……動きに支障がない攻撃は避けない――そういうことか」


 エーナは冷静に分析する。

 漆黒の鎧に身を包んだ騎士が、すでに各所に姿を現し、何人かが倒されたことはエーナの耳に届いている。

 その漆黒の騎士の正体が、死体であるという事実を掴んだのも先ほどのことだ。

 念のため確かめるつもりであったが、これで確信が持てる。

 目の前に立つラウル・イザルフは死体だ。

 それが本物のラウルの死体であるかはまだ分からないが、初めて剣を交えた時にも言葉すら発さなかったことの説明もつく。

 ラウルが剣に力を込めたのを感じ、エーナはその場から飛び退いた。

 瞬間、振り下ろされた刃が天井と地面を切り裂く。風を纏わせた一撃――あのまま動かなければ、エーナの身体は縦に両断されていたかもしれない。

 ラウルはすぐにエーナを追いかけようと動くが、


「――」


 不意に手足に絡みつくように鎖が伸びた。出現した『黒い穴』から伸びて、ラウルの動きを抑制する。


「私も、一人でお前に勝てるとは考えていない。何せ、ほんの少し前に部下を含め……手も足も出せなかったのだからな」


 エーナの言葉と共に、ラウルの後方から二人の少女が姿を現した。

 一人はエーナの側近であるメルシェ・アルティナ。

 もう一人は、かつてクフィリオ・ノートリアに作り出され、アリアの『姉』のコピー――すなわち、隣に立つメルシェを元にして作り出されたノートリア。

 アルタが倒し、捕縛した二人のうちの一人だ。


「さすが、私を元に作られただけはありますね。完璧なタイミングです」

「……正直、そう言われると複雑ではあるけれど、『協力』すると決めたのだから、仕事はしっかりさせてもらうわ」


 鎖を強く握って引く二人。

 エーナはラウルに剣先を向けて、言い放つ。


「卑怯だとは言ってくれるなよ。お前の相手は――これでも足りないと思っているくらいなのだから」


 そして再び、エーナはラウルとの距離を詰めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 物言わぬ剣聖に対して三人で対峙するも果たしてどこまで均衡出来るのか? 次回も楽しみにしています。
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