185.勝利のために
エーナは細剣を向けて、男――ラウルと対峙した。
以前に戦っているからこそ、分かる。目の前に立つ者が、一度剣を交えた男であるということが。
ラウルはエーナの姿を見ても、特に驚く様子もなく、無言のまま剣を構える。
(……さて、まともな斬り合いで勝てるかどうかは正直、私でも分からんな)
エーナはちらりと、視線を後ろに向けた。
すでに、ファーレンがカシェルを抱えて逃げ出している。
急いで追う様子がないのは、エーナを倒してからでも問題なく追いつける――そう、考えているからだろうか。
「……いや、そうではないな。すでにいくつかの『連絡』は受けている。お前も『死体』なのか? だから私の言葉にも反応しないし、単純な命令系統でしか行動しない――おそらくは、カシェルも目標の一つ、というところか」
エーナの言葉を受けても、ラウルは反応を示さない。
すでに亡くなった、とされるラウルなのであれば――その強さと同時に、エーナの言葉に反応しない、という事実にも頷ける。
「先の戦いで、お前の動きは把握している。お前が生きていようが死んでいようが、正直どちらでも構わない。だが、これ以上、お前達に暴れられるのはこちらとしても困るのでな……いくぞ」
言葉と同時に、エーナの周囲に『水の球体』が作り出される。それはエーナの得意とする魔法であり、近づく者に反応して攻撃を行うものだ。
先に動いたのは、ラウルの方だった。左手を振るい、風の刃を作り出す。
《インビジブル》――目に見えない風の刃が迫る。
エーナは身を屈めるようにして、迫る刃をかわす。
そのまま、踏み出すようにして前に出た。
ラウルに近づくと、水球が反応して動き出す。小さな水の針を打ち出すが、ラウルはそれには気にも留めず、エーナの一振りを真正面から受け止めた。
「……動きに支障がない攻撃は避けない――そういうことか」
エーナは冷静に分析する。
漆黒の鎧に身を包んだ騎士が、すでに各所に姿を現し、何人かが倒されたことはエーナの耳に届いている。
その漆黒の騎士の正体が、死体であるという事実を掴んだのも先ほどのことだ。
念のため確かめるつもりであったが、これで確信が持てる。
目の前に立つラウル・イザルフは死体だ。
それが本物のラウルの死体であるかはまだ分からないが、初めて剣を交えた時にも言葉すら発さなかったことの説明もつく。
ラウルが剣に力を込めたのを感じ、エーナはその場から飛び退いた。
瞬間、振り下ろされた刃が天井と地面を切り裂く。風を纏わせた一撃――あのまま動かなければ、エーナの身体は縦に両断されていたかもしれない。
ラウルはすぐにエーナを追いかけようと動くが、
「――」
不意に手足に絡みつくように鎖が伸びた。出現した『黒い穴』から伸びて、ラウルの動きを抑制する。
「私も、一人でお前に勝てるとは考えていない。何せ、ほんの少し前に部下を含め……手も足も出せなかったのだからな」
エーナの言葉と共に、ラウルの後方から二人の少女が姿を現した。
一人はエーナの側近であるメルシェ・アルティナ。
もう一人は、かつてクフィリオ・ノートリアに作り出され、アリアの『姉』のコピー――すなわち、隣に立つメルシェを元にして作り出されたノートリア。
アルタが倒し、捕縛した二人のうちの一人だ。
「さすが、私を元に作られただけはありますね。完璧なタイミングです」
「……正直、そう言われると複雑ではあるけれど、『協力』すると決めたのだから、仕事はしっかりさせてもらうわ」
鎖を強く握って引く二人。
エーナはラウルに剣先を向けて、言い放つ。
「卑怯だとは言ってくれるなよ。お前の相手は――これでも足りないと思っているくらいなのだから」
そして再び、エーナはラウルとの距離を詰めた。






