183.向かうべき場所
僕はヘレンと共に別の地区へと移動しようとしていた。
漆黒の騎士を倒すことには成功したが、敵はまだ他にいるはず。
少なくとも、僕の倒した敵がエーナの言う《剣聖》――ラウル・イザルフではないだろう。
彼女が僕と同じ剣術を使うと言うくらいなのだから、斬り合いになれば互角か、あるいは向こうの方が上ということも十分にあり得る。
果たしてその男が生きているのか、先ほどの騎士のように死体なのかはまだ分からない。
どちらにせよ、ここ以外にも敵が行動している可能性は高い――故に、すぐにでも応援に向かわなければならないのだが、
「!」
僕はとある事実に気付いて、足を止める。
学園の方はアリアに任せているが、彼女には念のため、イリスと同じように位置の分かる魔道具を渡しておいた。
アリアの現在位置は、学園内を素早く移動したかと思えば、途端に動きが制止する。見回るだけにしては、明らかに異常と思える行動であった。
「アルタさん? どうかしたんですか?」
「いえ、学園の方で少し妙な動きがあったようでして」
「妙な動き、ですか。まさか、敵襲……!?」
「学園の結界が破られれば、僕でも感知できるようになっているのですが、どうやらそういうわけでもないみたいですね。ですが――っ!」
アリアの動きが止まったかと思えば、今度は寮にいるはずのイリスがアリアの下へと駆けていた。『何かあった』と考えるほうが自然だろう。
別の地区に移動するつもりであったが、僕はすぐにヘレンに提案する。
「やはり、学園側で何かあったようです。ヘレンさん、一度戻りましょう」
「了解ですっ! では、急いで学園の方へ――」
二人で学園の方に向かおうとした、その時だった。夜の町を照らし出す赤色の信号弾が、空高く打ち上がった。
「今のは……緊急事態を知らせる信号弾……!? しかも、《黒狼騎士団》の本部からですっ!」
「どうやら、本部側に敵の襲撃があったようですね。あそこは騎士の戦力も集中しているはずですが、その上で緊急事態を知らせるということは……」
敵の戦力が想定以上、ということになるだろう。単独か複数か分からないが、騎士団の本部には実力のある騎士達も控えているはず。
そんな彼らが危機に陥っているからこそ、信号弾は使われたのだ。
すぐにでも学園に戻ろうとしていたが、僕は選択を強いられる。学園へ状況を確認しに戻るか、騎士団本部に向かうか、だ。
学園側については、あくまで違和感がある、という程度にしかない。
かたや、騎士団本部の方は間違いなく敵襲を受けている。それも、騎士達が苦戦しているレベルであるとすれば――そこにラウルを名乗る男がいるかもしれないのだ。
僕の本来の任務を考えれば、最優先にすべきはイリスの下へ向かうこと。それに、アリアのことも心配だ。
だが、ここで戻って何事もない状況であれば、騎士団側へ向かっても間に合わない可能性が高い。
敵の狙いが『騎士』であるのなら……ここは本部に向かうのが正解なのかもしれない。
「……アルタさん、提案があります」
どうすべきか決めかねている僕に対して、ヘレンが真剣な表情で言い放ち、そのまま言葉を続ける。
「アルタさんは学園の方へ戻ってください。私が騎士団本部へと向かいます」
「! 確かに二手に分かれるのは有効ですが、今は状況が状況です。単独になったところを狙われる可能性だってありますよ」
「もちろん、そんなことは分かっています。けれど、少なくとも私はアルタさんなら一人でも問題ない――それくらいの実力がある、と判断しました。学園で何かあるとすれば、それはアルタさんが対処すべき問題の可能性が高いです。それなら、ここで一度分かれるべきだと思います!」
ヘレンの言うことは一理ある――と言うより、今の状況であれば、二手に分かれるのは最善の策と言えるだろう。
ここにいるのは一等士官の騎士であり、実力で言えば王国内でも上位に分類される者達。僕に至っては、少なくとも王国の騎士の中では一番上だと言い切れる。
だが、ここで仮に二手に分かれてヘレンが襲われるようなことがあれば――
「アルタさん、私への心配はご無用です。騎士として、如何なる時も覚悟はできていますから」
僕の心を読んだかのように、ヘレンはそう力強く宣言する。彼女の実力を考えれば、頼りになる言葉であることには違いない。
そのはずなのに、僕が彼女から感じるのは、『危うさ』ばかりだ。
その危うさの正体は分からないが、今の彼女を一人で行かせる判断は僕にはできなかった。
「君の提案は確かに、僕にとってもありがたいことです。ですが、本部に向かうのであれば二人で行きましょう。やはり、一人で動くのは危険です」
「! 私のことが信用できませんか?」
「そういうわけではありません。現状を考えれば、やはり分かれて行動するのは危険、というのが僕の判断です」
「……ごめんなさい。その指示には従えません。アルタさんはすぐに学園へ戻ってください! 私が本部へ救援に向かいますからっ!」
言うが早いか、ヘレンは踵を返して騎士団本部の方角へと駆け出した。
僕はすぐに彼女の後を追おうとする――だが、咄嗟に感じた気配に、僕は再び足を止める。
目の前に姿を現したのは、帝国の軍服を着た人物だった。――僕は『彼』のことを知っている。
「君は……」
「アルタ・シュヴァイツ。エーナ・ボードル隊長から言伝を預かっている」
そう、男は告げたのだった。






