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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
183/189

183.向かうべき場所

 僕はヘレンと共に別の地区へと移動しようとしていた。

 漆黒の騎士を倒すことには成功したが、敵はまだ他にいるはず。

 少なくとも、僕の倒した敵がエーナの言う《剣聖》――ラウル・イザルフではないだろう。

 彼女が僕と同じ剣術を使うと言うくらいなのだから、斬り合いになれば互角か、あるいは向こうの方が上ということも十分にあり得る。

 果たしてその男が生きているのか、先ほどの騎士のように死体なのかはまだ分からない。

 どちらにせよ、ここ以外にも敵が行動している可能性は高い――故に、すぐにでも応援に向かわなければならないのだが、


「!」


 僕はとある事実に気付いて、足を止める。

 学園の方はアリアに任せているが、彼女には念のため、イリスと同じように位置の分かる魔道具を渡しておいた。

アリアの現在位置は、学園内を素早く移動したかと思えば、途端に動きが制止する。見回るだけにしては、明らかに異常と思える行動であった。


「アルタさん? どうかしたんですか?」

「いえ、学園の方で少し妙な動きがあったようでして」

「妙な動き、ですか。まさか、敵襲……!?」

「学園の結界が破られれば、僕でも感知できるようになっているのですが、どうやらそういうわけでもないみたいですね。ですが――っ!」


 アリアの動きが止まったかと思えば、今度は寮にいるはずのイリスがアリアの下へと駆けていた。『何かあった』と考えるほうが自然だろう。

 別の地区に移動するつもりであったが、僕はすぐにヘレンに提案する。


「やはり、学園側で何かあったようです。ヘレンさん、一度戻りましょう」

「了解ですっ! では、急いで学園の方へ――」


 二人で学園の方に向かおうとした、その時だった。夜の町を照らし出す赤色の信号弾が、空高く打ち上がった。


「今のは……緊急事態を知らせる信号弾……!? しかも、《黒狼騎士団》の本部からですっ!」

「どうやら、本部側に敵の襲撃があったようですね。あそこは騎士の戦力も集中しているはずですが、その上で緊急事態を知らせるということは……」


 敵の戦力が想定以上、ということになるだろう。単独か複数か分からないが、騎士団の本部には実力のある騎士達も控えているはず。

 そんな彼らが危機に陥っているからこそ、信号弾は使われたのだ。

 すぐにでも学園に戻ろうとしていたが、僕は選択を強いられる。学園へ状況を確認しに戻るか、騎士団本部に向かうか、だ。

 学園側については、あくまで違和感がある、という程度にしかない。

 かたや、騎士団本部の方は間違いなく敵襲を受けている。それも、騎士達が苦戦しているレベルであるとすれば――そこにラウルを名乗る男がいるかもしれないのだ。

 僕の本来の任務を考えれば、最優先にすべきはイリスの下へ向かうこと。それに、アリアのことも心配だ。

 だが、ここで戻って何事もない状況であれば、騎士団側へ向かっても間に合わない可能性が高い。

 敵の狙いが『騎士』であるのなら……ここは本部に向かうのが正解なのかもしれない。


「……アルタさん、提案があります」


 どうすべきか決めかねている僕に対して、ヘレンが真剣な表情で言い放ち、そのまま言葉を続ける。


「アルタさんは学園の方へ戻ってください。私が騎士団本部へと向かいます」

「! 確かに二手に分かれるのは有効ですが、今は状況が状況です。単独になったところを狙われる可能性だってありますよ」

「もちろん、そんなことは分かっています。けれど、少なくとも私はアルタさんなら一人でも問題ない――それくらいの実力がある、と判断しました。学園で何かあるとすれば、それはアルタさんが対処すべき問題の可能性が高いです。それなら、ここで一度分かれるべきだと思います!」


 ヘレンの言うことは一理ある――と言うより、今の状況であれば、二手に分かれるのは最善の策と言えるだろう。

 ここにいるのは一等士官の騎士であり、実力で言えば王国内でも上位に分類される者達。僕に至っては、少なくとも王国の騎士の中では一番上だと言い切れる。

 だが、ここで仮に二手に分かれてヘレンが襲われるようなことがあれば――


「アルタさん、私への心配はご無用です。騎士として、如何なる時も覚悟はできていますから」


 僕の心を読んだかのように、ヘレンはそう力強く宣言する。彼女の実力を考えれば、頼りになる言葉であることには違いない。

 そのはずなのに、僕が彼女から感じるのは、『危うさ』ばかりだ。

 その危うさの正体は分からないが、今の彼女を一人で行かせる判断は僕にはできなかった。


「君の提案は確かに、僕にとってもありがたいことです。ですが、本部に向かうのであれば二人で行きましょう。やはり、一人で動くのは危険です」

「! 私のことが信用できませんか?」

「そういうわけではありません。現状を考えれば、やはり分かれて行動するのは危険、というのが僕の判断です」

「……ごめんなさい。その指示には従えません。アルタさんはすぐに学園へ戻ってください! 私が本部へ救援に向かいますからっ!」


 言うが早いか、ヘレンは踵を返して騎士団本部の方角へと駆け出した。

 僕はすぐに彼女の後を追おうとする――だが、咄嗟に感じた気配に、僕は再び足を止める。

 目の前に姿を現したのは、帝国の軍服を着た人物だった。――僕は『彼』のことを知っている。


「君は……」

「アルタ・シュヴァイツ。エーナ・ボードル隊長から言伝を預かっている」


 そう、男は告げたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 戦力分散は痛恨事だが、どちらも重要人物(剣聖姫・騎士団長)が居ては已む無し(><) 伝令役が伝えるエーナの言葉とは? 次回も楽しみにしています。
[一言] Web版には関係ないことですが、Web版や書籍版は勿論のことなのですが、漫画版がすごく読みやすくて面白いです。 とにかくイリスが尊い…。 これはアニメ化期待するしかない。
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