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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
182/189

182.最強の存在

 漆黒の鎧に身を包んだ男は、《黒狼騎士団》本部の正門の前に姿と現した。すでに腰に下げた剣を抜き去り、抜刀状態にある男は、迷うことなく真っ直ぐ歩を進める。


「おい、そこのお前! 止ま――れ?」

「……は?」


 正門の前に立つ二人の騎士のうち、一人は制止の言葉を言い終える前に、首と胴体が切断される。もう一人の騎士は、何が起こったのかも理解できなかっただろう。

 すでに自らの首も刎ねられているという事実に気付かないままに、二人の騎士は呆気なくこの世を去った。

《インビジブル》――《剣聖》がもっとも得意とした剣術であるとされ、目に見えぬ風の刃が、目にも止まらぬ速さで繰り出されるために、その名で呼ばれるのだ。

 剣聖にとっては、この技を防げない相手など、『取るに足らない相手』でしかない。

 たった今葬り去った相手など、男にとっては敵ですらなかったのだ。

 一瞥することすらなく、男は騎士団の敷地内へと足を踏み入れる――と同時に、遠方から放たれた矢を、男は左で掴んでへし折った。


「矢の一本でやれるなら、まあ苦労はしないわな」

「そうですね。故に、我々がここにいるわけですが」

「……一等士官がこの場に六人。一人の賊に、とんでもない戦力が集まったものだ」


 男の前に姿を現したのは、『五人の騎士』達であった。一人はこの場にいない、遠方から矢を放った騎士、ということだろう。

 剣を持っているのが三人。それぞれが直剣、細剣、大剣と特徴の違う得物を扱っている。残りの二人は槍と斧――弓の使い手も含めれば、いずれも近接戦闘に特化した騎士であるということが分かる。


「どこの誰だか知らねえが……まさか騎士団本部を襲撃してくるとはな。ここにも念のため戦力を集めておいたのは正解だったってわけか」

「団長の判断ですからね。まあ、本来はここからいつでも駆け付けられるように、と待機していたわけですが」

「お主ら、敵は一人と油断をするな。すでに仲間を二人殺っておる――初めから、全力で潰すぞ」


 斧を握った老齢の騎士が、全身に力を込める。溢れ出る魔力が地面を抉り、地響きを起こすほどであった。

 一歩前に踏み出すと、それだけで大地が割れる。

 斧を振り上げて、老齢の騎士は侵入者である男へと真っ直ぐ斧を振り下ろした。


「ヌオオオオオオオオオオオッ!」


 掛け声と共に、魔力によって作り出された衝撃波が地面を破壊しながら進む。

 男はその一撃を回避することはなく、真正面から剣で受けた。


「馬鹿めがッ! わしの大地を砕く一撃を正面から受けて防げるはず――なっ!?」


 老兵の騎士は、その光景に目を見開いた。

 男はその場から動くことなく、老齢の騎士の放った渾身の一撃を、軽々と切り払ったのだ。

 練り上げられたとんでもない量の魔力に対し、男が使った魔力はほんのわずかに刃に纏わせただけのもの。それを滑らせるようにして、軌道を変えたのだ。

 だが、すでに騎士達は動き始めていた。


「爺さんの一撃を簡単に受け流すたぁな! ま、それくらいは『やる』だろうとは思ってたぜ!」

「故に、この瞬間を狙って我々で確実に仕留めさせていただきます」


 男の四方を囲う様に、それぞれ騎士達が武器を振り上げる。遠方から男に向かって一本の矢が放たれているのも見えていた。

 男はわずかに身を屈めると、すぐに行動に出た。

 最初に狙ったのは、右方からやってくる細剣を握った騎士。一歩を踏み出すと共に、男の放ったのは横一閃――誰の目に見ても、とてもシンプルな一撃であった。

 細剣の騎士は冷静にその一撃を受けようとした。途中までは、その剣を追えていたのだろう。

 だが、気付いた時には男の放った剣撃は、細剣の騎士の身体を切り裂いていた。


「……!?」


 腹部に入った一撃は内臓にまで届く。他の騎士達も、すでにその事実には気付いている。それでも止まることはしない――この場で確実に仕留めるためだ。

 左方に立った大剣を握るに騎士は、振りかぶった大剣を強く振り下ろそうとした。

 しかし、両腕の感覚がすでに消失している。男は大剣を握る騎士に視線を向けることすらなく、左手で放ったインビジブルによって、その両腕を切断したのだ。

 それと同時に、槍の騎士と直剣を持つ騎士の二人の一撃が、男に届く――はずであった。

 男はわずかに身体を逸らして、槍による突きをギリギリのところで回避する。

 振り下ろされた直剣は、男が自ら振り切った剣をあえて手放すことで、その一撃は剣を挟んで鎧にぶつかり、防がれる。

 最後に男の下へと飛んだ矢は、宙を舞った大剣が射線上に突き刺さり、それを阻む。


「……冗談だろう」


 ポツリと、直剣使いの騎士が呟くように言った。

 目の前で二人の騎士が再起不能にされ、それでもなお男を倒すために動いたはずなのに――その全てを防がれてしまったのだ。

 男が再び剣を握り直すと、直剣使いの騎士は咄嗟に反応して後方へと下がる。

 槍使いもまた、それに気付いて下がろうとした――だが、槍の柄をすでに男が握り締めて離さない。

 すぐに得物を離す、という判断ができれば間に合ったのかもしれない。

 だが、その事実に気付く前に、男の放った剣撃が槍使いの身体を切り裂く。

 槍を奪い取ると、男は勢いのままに身体を捻り、『風』を纏わせて投擲した。

 グンッと勢いを増していく槍は周囲の物を破壊しながら、暗闇に潜む弓使いの身体を貫く。

 ピタリ、と男は動きを止めて、再び騎士と向き合った。

 残されたのは、老齢の騎士と直剣使いの騎士の二名――ほぼ、男はその場から動くことなく、ほんの数秒の間に四人の騎士を打ち倒したのだ。


「まさか、こんなことが……お主は――《剣聖》、か?」

「……全く、笑えない冗談しかない」


 老齢の騎士の言葉に、直剣使いの騎士は苦笑いを浮かべて言う。

 かつて、その名を大陸中に轟かせた最強の存在。

 それでも、心の中でその言葉を認めざるを得なかった――男が、剣聖であるという事実を、だ。

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 急に湧いて出た味方の実力者はヤムチャされる宿命なのだ
[一言] これは旧剣聖(死体?) 対 新生剣聖の戦いになるのかな?(期待)
[一言] 更新お疲れ様です。 油断&慢心あったとはいえ、一等士官複数がかりでも『一蹴』され・・・・orz 『彼』い対抗出来るの? 次回も楽しみにしています。
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