表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
179/189

179.負けられない

 学園の敷地内で、金属のぶつかり合う音が響き渡る。

 そこにいるのは、アリアと漆黒の鎧に身を包んだ騎士――アリアは二本の短刀を握り、素早い攻撃を繰り出す。

 漆黒の騎士はそれを難なく受け切り、強く踏み出して一閃。アリアはそれを防いで、後方へと下がった。


「っ!」


 漆黒の騎士が間髪入れることなく、アリアへと追撃を仕掛けてくる。

 アリアはさらに後方へと下がり、手に持った短刀を投擲した。

 漆黒の騎士はそれに反応して、どちらも弾き落とす――だが、これでいい。

 すでにアリアは、次の攻撃へと移っていた。

 懐から取り出した短刀を、虚空へと投げる。その先にあるのは《影》――アリアの得意とする影の魔法だ。

 影の中へと入っていった短刀は、漆黒の騎士の死角から姿を現して、真っ直ぐ飛んでいく。


「――」


 漆黒の騎士はその場で片足を軸に、大きく剣を振り切った。

 そして、アリアの投げた死角からの短刀も全て、切り払う。

 そのまま、動きを止めることなく、勢いのままにアリアの下へと駆けてくる。


(動きに無駄がない……っ。死角からの短刀にも、迷いなく反応してくる。直接、斬り合っただけでも分かる――わたしより、間違いなく強い……っ)


 今のアリアの実力であれば、一等士官の騎士にも引けを取ることはない。その彼女が押されるほどに、漆黒の騎士は強いのだ。

 小手先の剣技ではなく、真っ当に漆黒の騎士の剣技のレベルは高く、先ほども斬り合いを続けていれば、アリアの方が押し負けていたことを予感させた。

 それが分かったからこそ、距離を取って自分の土俵に持ち込むつもりだったのだが、漆黒の騎士もそれを予期したように、アリアに距離を取らせようとしない。


(こうなったら……)


 漆黒の騎士との距離はまだ、わずかにある――アリアの手元にある武器の数は十分にあるが、数が無限にあるわけではない。

 それでも、直接やり合って勝機が薄いと判断すれば、アリアのやることは決まっていた。

 懐から持ち得る限りの短刀を取り出して、一気に投擲する。その全ての短刀は影を通して、漆黒の騎士の周囲を覆うように取り囲んだ。

 漆黒の騎士はその場で足を止めると、その全てを先ほどと同様に切り払う。

 瞬間、アリアは気配を殺してすぐ近場の木の幹に隠れた。

 ほんのわずかだが、注意を逸らすことでアリアは敵の視界から外れたのだ。短刀を全て弾いた漆黒の騎士は、ピタリとその場で動きを止める。

 それほど離れていない位置で、アリアは身を潜めている。

 だが、すぐに追撃をしてこないところを見ると、漆黒の騎士はアリアを見失ったようだ。息を殺し、気配を消し去ったまま――アリアは考える。


(……傷は、少し深いくらい。戦う分には影響はない。でも……)


 仮に、ここでまともにやり合ったとして、今のアリアでは勝機が薄いことは明白であった。

 認めたくはないが、漆黒の騎士の実力は完全にアリアを上回っている。

 これほどの実力者をここに送り込んできた――その時点で、漆黒の騎士の狙いが誰なのか、ある程度の予想はつく。


(エーナか、イリス――女子寮にいて、狙われる可能性があるのはその二人。今、エーナはいないから……狙いはイリス? でも、敵がエーナの動向を把握しているとは思えない)


 漆黒の騎士の狙いが、二人のいずれかであることは確実だ。

 そして、イリスの可能性が拭えない以上――ここでアリアが漆黒の騎士をやり過ごして、逃げるという選択肢は消える。それに、アリアはアルタに、学園のことを任されているのだ。


(わたしが、あいつを倒す)


 アリアは呼吸を整えて、漆黒の騎士の状況を確認した。下手に動くような仕草は見せず、漆黒の騎士はその場に留まっている。

 アリアが逃げ出していないということは、漆黒の騎士も分かっているようであった。


(武器の方は、まだ大丈夫)


 手持ちの短刀の数は減ったが、まだ十分に余裕はある。

 だが、闇雲に放ったところで漆黒の騎士には通用しない。先ほど腕を捕らえるように糸を放ったが、それも軽く切断されて逃れられてしまっている。

 確実な隙を突かなければ、漆黒の騎士を倒すことはできない。


(どうやって隙を作ればいい……? 仕留める時は投擲だけじゃダメ。直接、私が仕掛ける)


 アリアは自らの戦闘経験の中から、格上である相手に勝つ方法を探る。

 その時、漆黒の騎士に動きがあった。剣を構えると、刀身に魔力が帯びていくのが分かる。何か仕掛けてくる――その前に、アリアが先に動く必要があった。


(チャンスは一度きり。やるしかない)


 アリアは再び、魔法を発動する。

 懐から短刀を取り出して、それを次々と出現させた影へと放り込んだ。漆黒の騎士の周囲に影が出現し、次々と短刀が飛んでいく。

 漆黒の騎士はすぐにそれに反応して、短刀を次々と切り払っていく。

 正面、背後、上空――ありとあらゆる方角から飛ばしても、その全てが防がれる。

 だが、届かないことはすでに分かっている。

 アリアは手に持った二本の短刀以外の全てを使い切ると、すぐに行動に出た。


「――」


 漆黒の騎士の前に姿を現したのは黒い人影。

 まだ短刀による追撃が続く中、姿を現すのは決死の作戦と言えるだろう。

 だが、漆黒の騎士は冷静だった。

 飛んでくる短刀を弾いて、漆黒の騎士は前に出る。――そこにあったのは、ローブであった。

 漆黒の騎士の動きに、わずかに動揺が走る。

 瞬間、ローブを貫くようにして短刀が真っ直ぐ漆黒の騎士へと向かう。

 ローブは囮に見せかけた目くらまし。そこから短刀を投げることで、わずかな隙を作り出した。

 ローブから刃が抜き出る形で、漆黒の騎士へと向かう。

 それでも、通用しない――漆黒の騎士はローブごと、短刀を斬り上げた。

 アリアが狙ったのは、その瞬間だ。

 使い切った短刀も、囮として投げたローブも、最後に投擲した短刀も――全てが陽動。

 アリアは完全に気配を殺し、あえて陽動として使ったローブと短刀と同じ方角から、漆黒の騎士が剣を斬り上げた瞬間を狙って動いた。

 振り切った瞬間であれば、アリアが懐に入れば狙える隙が、そこにあるからだ。


(これなら届く)


 アリアは残った一本の短刀の刃先を向けて、駆ける。

 作り出した一瞬の隙を無駄にしないために――しかし、踏み込んだ先でアリアは気付いた。

 漆黒の騎士は剣を斬り上げたのではなく、邪魔になるローブと短刀を振り払っただけだ。

 剣は完全に振り切れていないどころか、『振り下ろす』ために上げられているのが、アリアには分かった。


(読まれ――)


 アリアは咄嗟に、短刀で防御の構えを取る。

 漆黒の騎士は踏み込んで、剣を思いきり振り下ろした。互いの刃がぶつかり合い、ギィンと金属の折れる音が響き渡る。

 アリアは地面に手を突くと、そのまま後方へと下がっていった。

 握る短刀の刃はへし折れている。焼けるような熱さが、左肩から右の脇腹に向かって走る。

 斬られた――それを理解するのに、時間はかからなかった。

 傷口の焼けるような熱さと共に、鮮血が地面に垂れる。出血量が多く、アリアはその場に膝を突いた。

 急速に血液を失ったからか、視界が定まらない。

 だが、漆黒の騎士が、アリアの方に向かってくるのは分かる。

 アリアは、折れた短刀を握り締めて、構える。


(まだ……わたしは、負けられない……っ)


 折れた短刀だけで、勝てる見込みなどない。それでも、アリアは諦めなかった。

 そんなアリアに対して、漆黒の騎士は無情にも剣を振り下ろす。

 アリアの目に映ったのは、一人の少女の背中――


「どういう状況か分からないけれど、一つだけ言えることがあるわ。あなただけは、絶対に許さない……っ!」


 怒りに満ちたイリスの声が、アリアの耳に届いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
表紙
― 新着の感想 ―
[一言] ヒロインが、正義のヒーローに……。 肉体だけの記憶で、よくここまで肉体を動かせますね。 なにか、ネクロマンシーだけでない魔法をかけてるような。
2021/01/20 03:47 退会済み
管理
[一言] 更新お疲れ様です。 決死の奮闘も更に手傷を負い万事休すの中、敬愛する親友が窮地に駆け付ける^^ 次回も楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ