177.敵の戦力
僕は剣を構えて、漆黒の騎士と対峙する。漆黒の騎士も同様に、剣を抜き去ってゆっくりとこちらに向かってくる。
すでに違和感はあった――ほとんど殺気のようなものは感じられない。腕の立つ剣士であれば、僕は対峙した時点で分かる。
だが、漆黒の騎士からは殺気どころか、気配という気配すら存在しなかった。
暗殺者の類でもない――一体、どういうことなのか。
「アルタさん、ここは私が先行しますから、援護をお願いしますっ」
「! ヘレンさん!」
僕が止める前に、ヘレンが先行した。腰に下げた剣を抜き去ると、低い姿勢のまま駆ける。
漆黒の騎士はヘレンの動きに呼応して、剣を構えて走り出した。
二人の剣が交わると同時に、僕も行動を開始する。右から回り込み、漆黒の騎士の死角へと入る。
そこから放つのは《インビジブル》――だが、漆黒の騎士は僕の方に視線を向けることなく、その場から跳躍して回避した。
僕とヘレンが同時に動き、漆黒の騎士と剣を交える。ヘレンの動き、僕にもしっかり動きを合わせられていた。
剣術の腕も申し分ない――彼女が、一等士官という立場に相応することは、すぐに理解できた。
相対する漆黒の騎士は、僕とヘレン二人の剣撃を、完全には受け切れていなかった。
次々と鎧に傷が残り、僕はそれを見て敵の実力を判断する。こいつは――エーナの言っていた剣士ではない、と。
「ふっ」
ヘレンが呼吸と共に、大きく一歩踏み出して一閃。漆黒の騎士の腕に深い傷を負わせ、僕もそれに合わせて首元へと刃を当てる。
ピタリと、漆黒の騎士の動きが止まった。
「動くな。動けば、その首を刎ねるよ」
脅しではなく、僕は漆黒の騎士に言い放つ。
筋一つでも動かせば、その場で首を飛ばすつもりであった。
だが、漆黒の騎士は僕の制止の言葉すら聞かず、深手を負った腕で剣を握り締めて動こうとする。
「アルタさん!」
ヘレンが僕の名を呼ぶ。それと同時に、僕は動いていた。
首ではなく、斬り飛ばしたのは剣を握る腕の方。この程度の相手ならば、殺すのはそこまで難しい話じゃない――重要なのは、敵が何者なのかを見極めることだ。
再び、僕は漆黒の騎士の首元に刃を当て、警告する。
「警告はした。これ以上は――」
だが、そこで僕は違和感の正体に気付く。斬り飛ばした腕からも、その傷口からも出血が見られない――斬り飛ばした感覚は、間違いなく人のものであった。
再び動こうとする漆黒の騎士の首を、今度は迷うことなく斬り飛ばす。
「え……!?」
驚きの声を上げたのはヘレンであった。転がる首に視線を送ってから、慌てた様子で僕の方に駆けてくる。
「ど、どうして首を……?」
「言いたいことは分かります。ですが、こいつを捕らえる意味がないと判断しました」
「捕らえる意味がない……? それはどういう――っ!」
ヘレンも気付いたようで、地面に倒れ伏した死体を見て、息を飲んだ。刎ね飛ばした首からも出血は見られない。
「人形……!? え、でも……」
「人形であれば、まだ話は簡単だったかもしれませんね。けれど、剣にわずかに残るこれは血液です。人間であることには違いありません」
「そ、それじゃあ、これは一体……?」
「魔法に詳しいわけではありませんが、死霊術の類の可能性がありますね」
「死霊術……!? それって、死体を操るっていう魔法、ですよね?」
「はい。相当に高度な魔法のはずですが」
死体を扱うというのは、その全身に魔力を流して動かしてやらなければならない。
元々生きていた人間を魔力だけで動かすのは、相当な練度が必要になるのだ。
それだけのことができる――エーナの言っていた《魔女》と仲間であれば、それだけの実力があるということだろう
僕が以前に撃退した《紅蓮の魔女》を名乗ったルーサ・プロミネートが、《剣聖》と呼んだ男と共に逃げた、という話はすでに聞いている。
ルーサと同格の魔女であるというのなら、確かに彼女の実力を考えれば、それだけの魔法を扱える者がいてもおかしくはなかった。
これで、今回騎士達を狙う敵の正体と繋がった可能性が高い。
念のため、僕は刎ね飛ばした頭部を拾い上げ、兜を外して確認する。
ヘレンが後ろから、恐る恐る確認するように口を開く。
「や、やっぱり人間、ですよね……?」
「ですね。やはり敵は死霊術を使っている――それも、先ほどの剣士の動きを見る限り、生前のパフォーマンスを発揮できているように見えました」
「た、確かに……。アルタさんの後方からの攻撃にも反応していましたよね。死角からなのに」
「どういう原理なのか……詳しくは魔法に詳しい人に聞かなければ分かりません。ですが、一先ずは敵の戦力を削ることには成功した、と考えるべきでしょう」
「は、はい! そうですよね! 夜の巡回の甲斐がありましたっ」
ヘレンは僕の言葉に同調する。
けれど、彼女もそこまで楽観的には考えていないだろう。
敵の戦力を削ることに成功した――確かにそういう見方もある。逆に言えば、敵はいくらでも戦力を補充してこちらに仕掛けることができるということだ。
何故なら、敵は一等士官を倒して回収しているのだ。それはすなわち、死霊術に利用するために回収している、ということになる。
それに、僕と変わらぬ実力を持つ死体を持っているのだとしたら――それは、ラウル・イザルフの死体を持っている可能性に繋がってくる。
だが、そんなことが現実にあり得るのだろうか。
僕の前世は、誰に看取られることなく、『孤独』に終えている。
仮に死体を見つけられたとしても、それがラウル・イザルフであると断定することもできないはずだ。
「……考えても仕方ない、か」
「え、気付いたことでも?」
「いえ、何でもありません。一先ず、他の騎士に連絡をして、この遺体を回収してもらいましょう。敵が出現した、ということは、各地でも同様に接敵している騎士がいるかもしれません。他の地区に移動して、情報共有をしながら敵の戦力を削りましょう」
「はいっ! 了解ですっ!」
敵の戦力がどれほどなのか、これだけではまだ把握できない。
少なくとも、僕と同等レベルの敵が残っている――それだけは、変わらない事実であった。
アルタ・ヘレンペアは問題なく敵を撃破していますが、敵の実力が低いわけではなく二人が強かっただけです……!






