175.死人
ルイノは刀を構えたまま、レミィルの前に立つ。彼女とは再び契約を交わしたのだ。
騎士団の管理下に置かれたまま静かに生活するか、騎士団に協力する『特別士官』として生活をするか。
戦いこそが生き甲斐であるルイノにとって、選択などする必要はなかった。
今は首に付けているチョーカーには魔法が仕組まれていて、ルイノの自由な行動は制限されている――だが、それで構わない。
今回が、ルイノにとっては初任務であった。
「すまない、ルイノ。助かった」
「お礼を言うにはまだ早いんじゃない」
「! そうだな……! おい、そこのお前! 今度こそ決着だ!」
「それもまだ早いんじゃないかなぁ」
「なに……?」
ルイノの言葉に、レミィルは怪訝そうな表情を浮かべた。
漆黒の騎士は、ルイノによって剣を持つ腕を切断された――片腕だけでは、さすがにレミィルにすら勝つことは難しいだろう。
だが、漆黒の騎士はもう片方の腕で剣を握り締める。
「! まだやるのか……!?」
「そっちじゃないよ、警戒すべきなのは」
「なんだって――っ!」
レミィルも、ようやく気付いたようだ。
ルイノは切断した瞬間から気が付いていた。
すでに地面に転がった漆黒の騎士の腕からは、ほとんど出血が見られない。
それだけではなく、漆黒の騎士の腕の切断面からも、出血が確認できないのだ。
ルイノは自らの刀を確認する。こちらもほとんど汚れていない――漆黒の騎士の体内には、血がめぐっていないのだ。
「最近『死体』みたいな相手が多いなぁ……。あたし的には、死人と戦うのは好きじゃないんだけど」
「死人、だと? まさか、あいつはすでに死んでいるというのか……!?」
「さあ? それは分からんないけどさぁ……。それより団長さん、『あれ』と話すのはもう諦めたら? 動かなくするだけなら、すぐにしてあげるけど」
「……っ。止むを得ない、か。ルイノ、頼めるか?」
「にひっ、了解」
ルイノはにやりと笑みを浮かべて、漆黒の騎士と再び向かい合う。
漆黒の騎士は剣を構えて、ルイノに向かって駆け出した。
腕がなくなったばかりとは思わせない動き――やはり、痛みなどまるで感じていないのだろ。
ルイノは地面を蹴って、駆ける。
ルイノの持つ刀の名は《赤羅》。これは、以前にルイノが持っていた刀ではない。東方で有名な赤色の川で取れる《真紅鋼》を使用している――かつて、アルタが倒した東方の剣士、アズマ・クライが愛用していた刀である。
戦場で何人斬り殺そうと折れることのない頑強な刃は、再びルイノという剣士の手によって握られ、振るわれることになったのだ。
ルイノと漆黒の騎士の刃が交わる。――だが、勝負は一瞬だった。
「! 早い……!」
レミィルが驚きの声を上げた。
漆黒の騎士よりも圧倒的に早い剣速で、迷うことなく左腕も斬り飛ばす。そしてさらなる追撃により片足の膝から下を斬り飛ばす。
あまりに素早い動きで、二人の勝負は呆気なく決着した。
ルイノが漆黒の騎士の首元に刃をあてがう。
「にひひっ、できないと思うけど……抵抗はしないでよね? 動けばその首、撥ねるよ?」
「待て! ルイノ! もう決着――」
「……」
漆黒の騎士は、両腕を失い、歩けなくなってもなお動くことを止めなかった。
それをルイノはすぐに理解し――すぐさまに漆黒の騎士の首を撥ね飛ばす。
ゴロゴロと、その首が地面を転がっていった。
その瞬間、漆黒の騎士はだらりと脱力して、その場に倒れ伏す。
「やっぱり、血が出ないなぁ……。こういうのと戦って面白くないってね」
「……騎士の仕事を面白さで判断するな。それに、殺すなと言っただろうに」
「抵抗するなら斬ってもいいんじゃないの? ま、さっきも言ったけどさぁ……この人から話を聞くのは無理だよ。だって、やっぱり死んでるっぽいもん」
「……『動く死体』か。そんなことがあるとは信じがたいが……」
そう言いながら、レミィルが撥ね飛ばされた漆黒の騎士の首を確認する。
それを見て――レミィルは驚きに目を見開いた。
「こいつは……!」
「なに? 知ってる人?」
「……シアン・ベイロード。十年以上前に、傭兵として名を馳せた男だ。過去に見た顔だから、確かに覚えている。この男の死亡は、すでに確認されているな……」
先ほどまで戦っていたのが紛れもなく死体であった――その確証を得た瞬間であった。
予想はされていたかと思いますが、今回の敵は死人です。






