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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
172/189

172.今のままで

 アリアは一人、女子寮の方へと戻っていた。

 アルタからイリスには話さないように、と念押しされて、それでもアリアは悩んでいた。


(先生は、イリスのことを心配してるからだろうけど……)


 それはアリアも同じ気持ちだ。

 仮にイリスが危険な相手と戦おうとするのならば、一人で向かわせるようなことはしたくはない。

 けれど――戦いに赴くイリスを止めるようなことは、アリアにはもうできなかった。それが彼女の目指す場所であり、いるべき場所なのだということは、アリアもよく理解しているからだ。


(だから……)


 ――本来であれば、話すべきなのだとは思っている。アルタに止められている以上、勝手なことはできないことは分かっていた。

 イリスに何も知らないままでいろ、というのは――酷な話だとアリアは考える。彼女はきっと、アルタの隣に立っていたいと願うからだ。

 だからこそ、アリアは葛藤していた。

 アルタの指示には従いたい、けれどイリスのことは無視できない。悩みながら歩いていると、気付けば女子寮の前に到着していた。そこで、


「あ、アリアっ!」


 寮の前で待ち構えていたイリスに声を掛けられた。


「イリス……どうしたの?」

「どうしたの、じゃないでしょう。部屋に行ってもいないから、探したのよ。どこへ行っていたの?」

「それは――ちょっと、散歩に」


 少し歯切れ悪く、アリアは答えた。一瞬、『アルタのところに行っていた』と正直に答えるところであった。


「ふぅん? まあ、いいけれど。それより、夕食までまだ時間あるじゃない? ちょっと付き合ってほしいの」

「付き合うって、どこに?」

「近くの少し広いところでいいわ。ちょっと試してみたいことがあって……」

「……また剣術?」

「い、いいでしょう、別に。せっかく先生との稽古も、順調に進んでいるのよ? 私だって先生を驚かせるような技を身に付けたいの!」


 実にイリスらしい、とアリアは思わず笑ってしまいそうになる。彼女はいつだって、強くなることに夢中だ。

 その目指す先にいる剣士を超えるために、ずっと努力を続けている。


(さっきの話……今回の『敵』は、《剣聖》を名乗ってる相手だって言ってた。強さも先生と同じくらいだって。もしもイリスが、そんな奴と戦ったら――)


 イリスは逃げないだろう。全身全霊を以て、敵に立ち向かうはずだ。

 たとえ勝てない相手だったとしても、イリスならきっとそうする――アリアには、それが分かる。


「……」

「アリア? どうしたの?」

「! ごめん、なんでもない。剣術の練習、だよね?」

「ええ、そうよ。大丈夫?」

「うん、いいよ。イリスがわたしより強くなれる様に、手伝ってあげる」

「な、なによ、偉そうに……今なら私の方が強いでしょ!?」

「それはどうかなー」


 アリアはそう言いながら、くるりと反転して歩き出した。イリスを守る――それは、アルタと同じ思いであるには違いない。

 それがアルタの選択であるのなら、アリアも今回は同じ選択をすることにした。


「待ちなさいって!」

「ねえ、イリス」

「! なによ?」

「イリスってさ。先生のこと、どう思ってるの?」


 アリアはなんとなく、気になっていたことを口にした。

 ここ最近、どことなく浮ついた感じがあったことは、アリアは気付いている。本当に思いつきで聞いてみたのだが、返事がない。

 ちらりと振り返ると、イリスは少し頬を赤くして、視線を泳がせていた。


「ど、どうしてそんな質問をするのですか?」

「……なんで敬語?」

「と、突然変な質問するからでしょ!」

「別に変でもないと思うけど……そんな動揺すること?」

「ど、どど動揺なんてしてないわよ!?」

「……」


 明らかに動揺している――というか、一気に様子が変になった。

 アリアはイリスに顔を近づけて、鋭い視線を送る。


「イリス……先生となにかあった?」

「なんでそういう話になるのよ。なにもないわよ……?」

「その割には、やっぱり様子が変だけど……」

「変じゃない! あなたこそ、どうしてそんなこと聞くのよ? さては、あなたも先生に気があるんじゃないでしょうね?」

「『あなたも?』」

「あ――」


 イリスが間の抜けた声を漏らす。

 しばらくの沈黙の後、イリスはアリアの横を抜けて早足で歩き出す。


「と、に、か、く! 夕食の時間の前に私に付き合ってくれればいいの! なんだか変な風になったじゃない」

「変になったのはイリスだけだけど」

「うぐっ……」


 

 ぐうの音も出ない、というような様子でイリスは前を歩く。そんな彼女の姿を見て、アリアは思わずくすりと笑った。

 どうやら、イリスはアルタのことを意識しているらしい――今までもその節はあったが、今回は目に見えて分かるくらいだ。


(さっき先生と会ってたよ――って、からかいたいところだけど……)


 アリアはもう、心に決めている。

 今回の件はイリスには伝えない――彼女には、今のままでいてもらおう。それが、アリアの願いだからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 動揺イリス可愛い^^ 次回も楽しみにしています。
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