171.気付き
日が暮れる頃――エーナ達との話は終わり、解散となった。
エーナから得られた情報は、《魔女》に関する話。
今回の『騎士殺し』に関わるかどうか分からないが、魔女達には《剣聖》に匹敵する実力を持つ剣士がいる。
関係がない、と決めつけるには早計だろう。
エーナは今後、学園生活を続けながら夜間は彼女の連れてきた部隊と共に行動をすると言う。
これは、元々彼女がここにやってきた時点で決めていたとのことだ。
僕は僕で、今日の夜からヘレンと共に夜間巡回を行うことになっている。
「わたしは、学園周辺の中で警戒、ね」
エーナとヘレンは部屋を出たが、居残ったアリアがそんな風に呟いた。
「僕が学園を離れた場合、警戒をしてくれる人はどうしても必要になりますから。頼りにしていますよ」
「……うん。別に不満があるわけじゃない。でも、ないと言えば嘘になる」
アリアは鋭い視線を僕に向けた。そして、言葉を続ける。
「どうして、イリスにはまた何も言わないの? 港の町に行った時は、イリスが狙われてるかもしれないからって隠した。それは、わたしも納得したよ。でも、この前はわたしもイリスのことも、先生は頼ってくれたよね? わたしは正直嬉しかったし、イリスも内心では喜んでたと思う。それなのに、どうして今回はまた隠すの?」
アリアが不満に思っていること――それは、イリスを今回の件には関わらせないようにしていることであった。
確かに、僕は以前に事件が起こった時、彼女達を頼った。
頼らざるを得ない状況であったとも言えるし、僕は頼ってもいいと思った。イリスとアリアには、それだけの実力があると判断してのことだ。
実際、彼女達は見事僕の期待通りにやってくれた。いくら褒めても足りないくらいだろう。
「先ほども言いましたが、今回は少し事情が異なります。知られてしまったからには協力していただくことも視野に入りますが、知らないのならそれに越したことはありません」
「……イリスは、知らされないことには傷付くと思うよ」
「だから、知られないようにするんです。本来なら、君もまだ学生なんですよ」
「先生はそればっかり」
「僕は間違ったことは言っていないと思いますよ。君達が騎士であったのなら、僕はきっと君達を頼ります。でも、まだ君達はそういう立場にはない」
「それなら、イリスとわたしがいますぐ学園をやめたら……先生は頼るの?」
アリアは僕の前に立ち、真剣な表情で言い放った。
その言葉に、僕は思わず目を丸くする。だが、すぐにため息を吐いて、首を横に振る。
「そういう問題ではありませんよ」
「先生、いつもとなんか違うよ。やっぱり、今回はなにかあるんじゃないの?」
「なにかって、なにがあるって言うんですか? 僕は普段通り――」
「剣聖が敵にいるって話。だって、先生が剣聖、なんでしょ?」
「……」
アリアの言葉に、僕は無言になる。――唯一、僕が剣聖の生まれ変わりだということは、彼女に対して公言していることだ。
そして、アリアは誰にもその話をしていない。だからこそ、エーナの話を聞いて疑問に思ったのだろう。
剣聖がいるはずはない……何故なら、生まれ変わった存在である僕がいるのだから。
「先生、もしかして、相手が自分と同じレベルだって分かっているから、イリスとわたしには関わらせないようにしてる?」
「同じレベルかどうかは、実際に剣を交えて見なければ分かりません。ただし、エーナさんが言うくらいですから、それに近しい実力はあるかもしれませんね」
「否定しないってことは、そういうことなんだよね」
アリアに言われて、僕自身も納得する部分はあった。――理由を付けて、彼女達を関わらせないようにしたのは、確かにその通りだ。
相手は今までで、一番強いのかもしれない。
本当に僕と同じレベルなのだとすれば、前世を含めても、だ。
「先生、わたしとイリスは、先生には勝てないよ。でも、敵だって一人じゃないんでしょ? それなら、イリスにだって話すべき、だと思う」
「アリアさん……君が一番、イリスさんのことを心配しているのでは?」
「うん、それは、そう。いつもイリスのことは心配してる。できることなら、イリスに危険な目に遭ってほしくはない。でも、それでも――イリスは、そういう子だから」
アリアは自身に言い聞かせるように、小さな声で言った。彼女もまた、本当はイリスを関わらせたくはないと思っているのだろう。
それでも、イリスにどうして教えないのか――それを問うのは、僕がイリスやアリアを『信頼していない』と思っていると、感じているのかもしれない。
もちろん、それは違う。僕は彼女達のことを信頼しているし、同時に心配もしている。
「……ああ、そういうことか」
「先生……?」
「いえ、少し納得したことがありまして。とにかく、君の気持ちも分かります。でも、今回の件だけは、どうかイリスさんには内密でお願いしますね」
僕はそう、アリアに念を押した。――イリスも、アリアのことも、僕は講師としてだけではなく、弟子として心配をしている。
だからこそ、仮に僕のいない場所で剣聖を名乗る男に出会った場合、彼女達が殺される可能性を危惧しているのだ。
彼女達は確かに強い……だが、まともにやり合って、僕に勝てる可能性は、正直言ってかなり低いだろう。
アリアは納得していないようだったが、それ以上何も言うことはなく、黙って部屋を後にした。
「僕にも、『本当の意味』で守りたい者が本当にできた、ということか。意外と難儀なものだね」
僕は小さくため息を吐く。――それはきっと、僕にとっては初めての経験だからだ。
アルタもお金のことだけでなく、弟子のことをきちんと心配するようになりました。






