170.説得を受けて
「まずは彼女がここにいる理由から話します。先日、『騎士殺し』が発生しました」
「!」
「『騎士殺し』、だと?」
僕の言葉を聞いて、アリアとエーナがそれぞれ一様に驚いた反応を見せる。
驚くのも無理はない……僕自身、ヘレンから話を聞いた時には驚きを隠せなかった。
「『騎士殺し』って……この近辺で?」
「学園の付近というわけではないです。それに、この地区には限らず、各地で発生しています。だからこそ、騎士達は特別警戒態勢を敷いている状態にあります。彼女がここにいる理由は、その『騎士殺し』の対応のためですね。一等士官以上の騎士は、最低でも二名で行動することになりました」
「……ふむ、なるほどな。つまり、少なくともお前は一等士官の騎士、ということか」
「あ、はいっ。《聖鎧騎士団》に所属しておりまして……」
「事情は分かった。つまり、アルタは基本的にはヘレンと行動と共にすることになる……そういうことだな?」
エーナが確認するように、尋ねてきた。
僕はその問いかけに頷く。命令である以上、『僕は大丈夫』という理由で単独行動するわけにもいかなない。
なにせ、ヘレンはレミィルの命令を受けて、ここまでやってきているのだから。
それを拒否してしまえば、困るのは彼女の方だろう。
「犯人は分かってないってことだよね?」
「そうですね。各地で発生している点を見ると、複数犯であることには違いないでしょう。ただ、いずれも騎士の中では実力者を狙った犯行で、それも見事にこちらがやられてしまっています。敵の実力は、相当に高いと思っていいでしょうね」
「そっか。うん、それなら納得した」
「そうだな……確かに、そのような状況であれば仕方ない。お前達が共に行動している理由は分かった」
「ご理解いただけて助かります。僕から伝えられることは以上となりますね」
少なくとも、これでアリアが聞きたかった話は終わりだろう。
少なくとも、イリスが狙われているために騎士がここにいるわけではない――それが分かれば、彼女も安心するはずだ。
エーナの方は、この件に限らず引き続き話したいことがあるけれど。
「……でも、それって先生も狙われる対象ってことだよね? 前みたいに」
「以前は僕を狙ったものでしたが、今回は少し違います。騎士を無差別に狙っているようですね。それも、相当な実力者ばかり」
「それならなおさらだよ。先生は……少なくとも、わたしが知る限り一番強い人。だから、先生を狙ってくる可能性だって十分にある」
「否定はできませんね。ですが、僕を狙ってくれるのならむしろ好都合とも言えます。これ以上、騎士への被害を最小限に食い止めたいですからね」
「先生は……まあ、確かに先生なら勝てる、とは思う。でも、敵が何人もいるって言うのなら、やっぱり心配だよ。わたしも――」
「アリアさん、君は学生です。確かに君の実力は理解していますが、夜中に出歩いて見回りをする……なんて危険なことはさせられません」
「っ、でも……」
僕の言葉に、納得いかないという様子のアリア。彼女なら協力したい、と言うのは分かっていた。
けれど、今回はまた事情が違う。狙われているのは騎士であり、今のところはイリスが狙われている可能性はないと言える。
その状況で――生徒であるアリアを巻き込むようなことは、講師の立場としても、騎士の立場としてもできるものではない。
「これも、理解していただけると助かります」
「――理解できんな」
僕の言葉に答えたのは、アリアではなくエーナであった。その場にいた全員が、エーナに視線を向ける。
エーナは、真剣な表情で言葉を続ける。
「先ほどの訓練は見ていた。イリスもアリアも、私ほどではないとは言え、二人とも実力者であることには違いないだろう。ましてや、アリアはメルシェに並ぶ索敵能力の持ち主だろう? それこそ、そこらの騎士よりよほど役に立つとは思うが」
「それは……そうかもしれません。ですが――」
「彼女は学生、か? ふはっ、その理由は先ほど聞いた。なら、お前はなんのために彼女達に稽古を付けている? 強くするために、だろう。そして、十分に彼女達は強くなっている――だというのに、危険だから下がっていろ、だと? 納得しないのも当然だろう。アルタ、はっきり言うが……お前は過保護すぎるな。戦える者に下がれというのは、『侮辱』しているのと同じだと思うが」
エーナにそこまで言い切られ、僕は少し驚きの表情を浮かべる。――今の言葉から察するに、どうやらエーナはイリスやアリアも、協力者として迎え入れるつもりがあるらしい。
先ほど僕達の稽古を見ていたのは、ただ見学をしに来ただけではなかったようだ。
――確かに、イリスとアリアの実力は、稽古を付けている僕が保障する。二人とも、敵が手練れだったとしても、決して遅れを取るような人物ではないということだ。
それなのに、戦わせないようにするのは、『侮辱』になる……か。剣士として戦う覚悟を決めた者を、僕は止めるようなことはしなかった。
僕の方が、考え方が少し変わってしまったのかもしれない。いや、今回の件は特に――と言うべきだろうか。
「先生、わたしなら大丈夫だよ。わたしは戦えるし、危険だと思ったら逃げる判断だってできる。少なくとも、わたしは先生の役に立つと思う」
エーナの言葉に続けて、アリアも決意に満ちた表情で言い放った。……元々、彼女が引き下がるとは思っていなかった。どうにか納得してもらいたかったが、エーナにここまで言われてしまった以上は、仕方ないか。
僕は小さくため息を吐いて、二人をなだめる様に手を挙げる。
「……はあ、分かりました。確かに話を聞かれてしまった以上、そのまま黙って見ていろというのは、無理な話かもしれません。アリアさん、以前にも言いましたが――」
「勝手なことはするな、でしょ。うん、それは分かってる」
「そうですか。では、君にも協力してもらうことにしましょう。それでいいですね? エーナさん」
「ああ、私としては、こいつには是非とも協力してもらいたかったからな」
「……説得してくれたお礼は言うけど、あなたの方が強いっていうのは納得いかない」
「ん? なんだ、それなら試してみるか?」
「いいよ、別にやってあげても」
「はいはい、落ち着いてください。僕達は仲間なんですから、ここで争うようなことはしないように。分かりましたね?」
「……はーい」
「ふん、仕方ない」
「……えーっと、つまり、その……そこのアリアさんと、エーナ様も? 私達に協力をする、ということでよかったんですよね? え、いいんですか、これ? 学生さんと帝国の姫君ですよ!?」
「ヘレン」
「! は、はいっ」
動揺するヘレンの名前を、エーナが呼んだ。
ヘレンに対して、鋭い視線をエーナは送り、口を開く。
「私はアルタやアリアについては、実力を認めている。ここにはいないが、イリスも含めてな。だが、お前の実力についてはまだ分かっていない。一等士官と言うが、実力が不足している者とは協力するつもりはない。ヘレン、お前の実力を見せてみろ」
「え、ええ、実力を見せてみろと言われましても――」
瞬間、ヘレンの言葉が途切れる。
エーナが立ち上がり、懐から取り出したナイフをヘレンに向けたからだ。
だが、その刃を人差し指と親指で挟むようにして、ヘレンがしっかりと受け止めていた。
「あ、危ないじゃないですかっ」
「……ふはっ、いい反応速度だ。気に入った――お前はここにいてもいい」
「え、ありがとう、ございます? え、あれ……? そういう話でしたっけ……?」
「ヘレンさん、一先ずは落ち着いて、話を聞いておいてもらえますか? エーナさん、今の話から察するに、ここにいるメンバーを含めて昨日の話の続きをする、ということですね」
「ああ、そういうことだ。強い者は何人いても損はないからな。だが……せっかくだ。イリスもこの場に呼んでもらおうか」
「それならわたしが――」
「いえ、アリアさん、そのままでお願いします」
「! 先生……?」
「君の協力は受けることにします。ですが、イリスさんはこの場にはいませんから。知らない以上は、巻き込まないことにします。それで構いませんね?」
僕はエーナに向かって、言い放った。
エーナはそれを受けて、小さく嘆息をする。
「……いいだろう。問答をするようなことでもない。その判断については、お前に任せる。では、話の続きをするとしようか。我々の――『敵』についての話だ」
こうして、エーナから話を聞くこととなった。
アリアから僕へ向けられる視線については、この時は気にしないことにした。






