169.尋問
稽古を終えて、いつもなら自室で書類整理をすれば余暇の時間だ。
ソファに座ってただ寛ぐか、あまり読み進められていない本を流し読み始めるか――まあ、僕のすることと言えば本当に『暇つぶし』が多い。
もちろん、ずっと寝転んでいるわけではない。騎士の仕事には体力を使うから、身体を動かして慣らすことだってする。
けれど、今日はそのどちらもできそうにはなかった。
対面に座る少女は二人――一人目は、エーナだ。
今日は昨日の話の続きをする予定で、彼女はここにやってきている。故に、エーナについては予定通りの来客と言える。
二人目は、アリアだ。彼女はどうやら僕の『隠しごと』に気付いたらしく、先ほどの稽古の時にも「後で話がある」と言ってきたくらいだ。
結果、エーナとアリアの二人が、僕の部屋を同時に訪れるというバッティングが発生してしまった。
これは先にアリアと話しておかなかった僕のミスとも言える。事の発端となった『彼女』の説明をするのに、丁度いい言い訳を考えていたところだったのだけれど、思いつく前にこうなってしまった。
そして――僕の隣に座るのは、申し訳なさそうな表情を浮かべるヘレンだ。
「うぅ、すみません。気配を消したつもりだったのですが、まさかこんなあっさり見つかるなんて……」
言葉も申し訳なさそうな雰囲気がしっかりと伝わってくる。……まあ、先ほどの稽古の時間ですでにアリアには気取られていたと言う事実については、わざわざ説明しなくてもいいだろう。落ち込んでいる彼女をさらに傷つける結果になってしまうかもしれない。
エーナとアリアが僕の部屋に入っていく姿を見て、ヘレンも僕の部屋の傍までやってきた。その結果、アリアだけではなくエーナにも気付かれ――今に至るというわけだ。
エーナとアリアから向けられる視線は鋭く、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「さて……今日はお前と昨日に続いて色々と話をするつもりだったが、これはどういうことだ?」
「先生、話ってどういうこと? それに、この人は騎士だよね? なんで学園にいるの?」
「アリア、今は私が話している。お前は少し静かにしていろ」
「それはわたしの台詞。先に先生と話す予定だったのはわたし。稽古の時に約束したから」
「ふはっ、稽古の時だと? それなら私は昨日から約束していた。残念だが、私の方が先だな」
「昨日話したのならいいでしょ、わたしが先でも」
「そうはいかんな。まあ、昨日の話の続きは後でもいいが……この女は何者なのかは聞いておかねばらなない」
「そこは同意見」
「意見が一致したな。それで――」
「この人は誰なの?」
少女二人からそんな問いかけをされて、困るような状況が僕にやってくるとは思わなかった。
もっとも、彼女達は別に僕が付き合っている相手でもないし、隣に座るヘレンも騎士仲間というだけで、早い話が『修羅場』的なものでは一切ないのだけれど。いかんせんアリアとエーナの『圧』がすごくてそんな雰囲気を作り出してしまっている。……尋問か何かだろうか。
ヘレンも『ミスをした』という認識が強いのか、随分と委縮してしまっているようだし。
僕は小さくため息を吐く。……結局、順を追って説明をしていくしかないみたいだ。
「まずは落ち着いて話をしましょう」
「私は落ち着いているが」
「わたしも落ち着いてる」
だから圧がすごい――っと、このままだと話が進まない。注意をするよりも、僕主導で説明していった方がいいだろう。
僕の担当する生徒の息がぴったりなのはいいことなのだが、こういうところで合っては欲しくなかったところだ。
「彼女はヘレン・トルソー。僕と同じく一等士官の騎士で、仕事の都合で僕と行動することになりました」
「改めまして……ご紹介にあがりましたヘレンですっ! まさか部屋に近づいただけで気付かれるなんて思わなかったですが、さすがはアルタさんの教え子さんですねっ!」
「いや、僕の教え子だからというわけではないのですが。エーナさんに至っては、本日正式に入学したばかりですし」
「そんなことよりも、仕事と言ったか? それはどういう内容だ?」
エーナがちらりと、僕の方に視線を送って問いかける。
相手がエーナとはいえ、ヘレンが『任務』の内容を口にするとは思っていないのだろう。
「それは答えられませんよっ」
「心配するな、お前には聞いていない」
「ええっ!?」
ガーン、という音が聞こえそうなくらいショックを受けた表情を浮かべるヘレン。……中々に表情豊かな子だ。
ここにエーナしかいないのであれば、『騎士殺し』の件を話してもいいのだけれど、問題はもう一人。
「……」
僕に向かって相変わらず鋭い視線を送ってくる、アリアだ。
当たり前だが、アリアはまだ僕とエーナが手を組んでいることすら知らない。
彼女は純粋に、学園内に騎士がいることを疑問に思っているのだろう。――おそらくは、またイリスに何か危害は及ぶのではないか、と心配しているのだろう。
その気持ちは当然のことだし、僕としてもまずはその心配がないことは伝えておきたい――が、『関係がない』とは言い切れないところが難しいところだ。……とはいえ、どのみちアリアに勘付かれた以上、遅かれ早かれ話を知られることにはなる。
今の状況で考えれば、やはり隠し通すのは無理だろう。
「アリアさん、今から話すことは――」
「誰にも言わない」
「分かりました。では、ヘレンさんがここにいる理由ですが――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 話してしまうんですか!? えっと、その、一応この件は重要機密ということになっていまして……っ」
ちらちらっと少し困惑した様子で、エーナとアリアそれぞれに視線を送るヘレン。話がまた止まったことで、エーナとアリアはムッとした表情を見せる。
僕はすかさず、ヘレンに答える。
「彼女達は大丈夫です。同じ一等士官ですが、ここでの指揮系統は僕が上ということで、同意していただけますか?」
「ハッ、そ、そうですよね。アルタさんの判断に従いますっ」
少し慌てた様子でヘレンは答えてくれた。物分かりがいいのは助かる――ようやく、話を進められそうだ。
アリアの視線が強い理由は、『またアルタが隠し事しているのではないか?』と思っているからです。
エーナの視線が強い理由は、『私に黙って他の女といるとはどういうことだ?』という純粋な嫉妬が含まれております。






