166.一報
翌日――いつもと同じく朝のホームルームを実施しているが、クラスの生徒達はざわついていた。すでに、昨日の段階で彼女のことは目撃しているはずだが、実際にやって来るとまた違うのだろう。
「今日からしばらくの間、このクラスで世話になることになった――エーナ・ボードルだ。よろしく頼むぞ、お前達」
学園指定の制服に身を包み、エーナは不敵な笑みを浮かべて言い放った。昨日までの軍服姿とは打って変わって、年相応の制服姿がよく似合う少女……なのだが、制服に合わせて帽子を被っているのは変わらない。
「エーナ・ボードルって、あのエーナ・ボードル様ですか!? 以前、王国の視察にも来たっていう……」
「ん? ああ、視察に来たのは私だ。それと、私のことは『様』などとつけて、仰々しく呼ぶ必要はない。私は今日からここのクラスの一員なのだから。言うなれば、『隊員』の一人というところか」
「……隊員?」
「ふっ、その話について聞きたいか?」
エーナはちらりと僕の方に視線を送るが、僕は特に反応することなく、生徒達に声を掛ける。
「はい、色々と聞きたいことはあるかもしれませんが、話は休み時間の時にしてくださいね。質問タイムは今の時間は設けませんよ」
「えー、気になることいっぱいあるのに!」
「ふむ。まあ、アルタの言うことも一理あるか」
「エーナさん、先生をつけ忘れていますよ。皆さんも、聞きたいことはたくさんあると思いますが、休み時間にお願いしますね。エーナさんの席は……ちょうど、真ん中の後ろが空いていますね」
「悪くない位置だが、私としては一番手前の真ん中がよかったな。授業でも常に率いる立ち位置にいたいものでな」
「え、じゃあ変わります?」
「なに、いいのか――」
「はい、勝手に席替えをしないように」
「ちぇ……」
手前の席に座る生徒の席替えを阻止して、エーナを席に座るように促す。
まだ生徒達は少しざわついているが、いずれは落ち着くだろう。相変わらず冷静なのは、イリスとアリアの二人だった。
イリスの方はなにやら少し勘繰る表情をしているが、アリアについては普段通りだ。
僕はようやく本題に移る。
「さてと、エーナさんの紹介も終わったところで、僕からの連絡事項です。しばらくの間、学園祭の準備などで放課後、慌ただしくなるかと思います。買い出しなどをする場合は事前に申請をするようにしてくださいね。毎年、勝手に抜け出す者が何人かいるということですから。見つけ次第、反省文を書いてもらいます」
「それはつまり、見つからなければいいということか?」
僕の言葉にそんな問いを投げかけてきたのは、エーナだった。
生徒達は当たり前のように、彼女の方に視線を送る。席に座る彼女は腕を組み、明らかに他の生徒とは一線を画す雰囲気を漂わせていた。……問いかけ自体は、『無申告で学園を抜け出しても、見つからなければ大丈夫か?』という実にひどいものであるけれど。
「見つからなければいい、ではなく、申告するようにしてくださいね?」
「見つからないように動いてみろ、という話ではないのか。抜け出すな、と言われるとチャレンジ精神に火が点いて、な」
挑発的な笑みを浮かべるエーナに、生徒達は息を飲む。
いつの間にか、すっかり教室は彼女の空気に飲まれようとしていた。
どこか他人を惹きつける高いカリスマ性――イリスとはまた違った方向で、彼女が特別であるということを周囲に知らしめている。この短時間で、だ。
けれど、僕はそんな空気に飲まれるつもりもない。
「その精神は別のところに向けてくださいね。では、他に質問がなければこれでホームルームは終わります。次の授業の準備をしておいてくださいね」
僕はそう言い残して、教室を後にする。教室を出るとすぐに、ざわつく声が外まで響いてきた。
「エーナさん、いきなりあんなこと言い出すなんてビックリしたよー」
「ん、そうか? まあ、あいつは取り合わなかったようだが。出るなと言われたら出たくなるだろう? せっかく学園生活を楽しむのなら、それくらいのことはしてもいいと思ってな」
「学園生活を楽しむって……帝国では学校に通ってないの?」
「ああ、私は軍人だからな」
「ええー!? 軍人さん!?」
さらりと現役の軍人であることを暴露して、さらに生徒達をざわつかせていた。……確かに、隠匿する話ではないのかもしれないが、あの騒がしい雰囲気のままに授業開始を迎える先生は少し気の毒だ。
――エーナとは、今日の放課後に改めて話をすることになっている。
ただ、イリスの剣の修行もあるために、話は夕刻を過ぎたあたりだろうか。
「……最近は暇になってきたと思ったけれど、また忙しくなりそうだ」
騒がしい教室から離れつつ、ポツリと口にする。
講師としての立場で見れば、エーナの入学に学園祭とイベントが多発している。
騎士としての立場で見れば、僕はこれから『強大な敵』と戦うことになるかもしれない。
エーナと協力関係を結んだのは、完全に僕の独断だ。
もちろん、そのことについて黙っているわけではない。
僕と違って忙しなく動いているレミィルには、報告を上げておくつもりだ。
いつもなら、いいタイミングで彼女の方から連絡があるのだけれど、近々でコンタクトは全く取れていない。
ただ、エーナがこの学園に入学したことによって、対応はきちんとしてくれているようだった。
今朝方、学園の周辺を確認したところ、普段よりも騎士の数が多かった。
学園内に配備することはできないが、やはり帝国元帥の娘であるエーナに対して、何もしないというわけにはいかないのだろう。
エーナが知れば、いらないときっぱりと言いそうなものだが。
「外にいる騎士に言って、なんとか団長に連絡してもらうようにするか――ん?」
不意に、正面から誰かが駆けてくるのが見えた。
ガシャ、ガシャと金属の擦れる音から察するに――鎧から何かを着ている。
見れば、向かってくるのは一人の少女だった。
「あ、いらっしゃいましたね! アルタさんですよね!?」
「はい、そうですが……あなたは?」
「私、エイン騎士団長の指示でここに来たんですっ。あ、もちろん学園側に許可を取ってきていますからね!?」
「そこは特に心配していませんが……あなたは《黒狼騎士団》ではないですよね?」
「やっぱり、そこ気になっちゃいます? でもでも、見ての通り私は《聖鎧騎士団》所属の騎士なので! 今、エイン騎士団長は聖鎧騎士団の団長代理も兼任してくださっているじゃないですかっ。なので、私がここに来た次第ですっ。一応、聖鎧騎士団のことについては私の方で補佐をさせてもらっているんですよ?」
「なるほど、そういうことですか。事情は理解しましたが……騎士の正装のままで来ると言うことは、緊急の連絡ということですね?」
「……はい! 《オジロ》を飛ばすより、私が直接来た方が早いと思いまして!」
連絡を取るための鳥類の魔物――オジロ。彼らは飛行能力に優れているため騎士団では重宝されるが、すぐに伝えたいことがある場合には、こうして直接騎士がやってくる。
エーナに関わる一件か、あるいはカシェル・ラーンベルクの件で進展があったのか。
後者であれば、僕もエーナから得られた情報はある。
少女騎士が、言葉を続ける。
「昨夜、見回りに出ていた騎士が殺害されました。それも、各地でほとんど同時刻に、です。そのため、一等士官以上の騎士には特別警戒態勢を敷くように、とのことです」
「……なんだって?」
それは、僕は想像していたこととは全くことなる事件の連絡であった。
学園祭やエーナの留学に加えて事件の連絡です。
ちなみに、こちらの少女騎士はしっかり名前もある子です!(フラグじゃないよ)






