160.新たな同盟
僕はエーナと向かい合ったまま、彼女の問いかけに答える。
「僕が何者か――それはつまり、君が戦った剣士……ラウル・イザルフを名乗る男と僕に関わりがあるのではないか、そう考えているわけですね」
「ああ、そうだ。お前の強さは本物で、お前とは協力関係になったこともある。だが、それとこれとは話が別だ。ラウルとお前の剣技はあまりにも似ている。それに、実際にお前の使う《インビジブル》もまた……ラウルと同じものらしいな」
――風の魔法によって作り出す刃は、ラウル・イザルフが得意とする剣術であり、僕もこの剣術は多用する。
理由は単純、これで片が付くなら何も問題はないからだ。
風の魔法を得意とするのであれば、再現することも難しくはないだろうが、『見えない刃』を高速で放つことまでは再現できないだろう。
そもそも、ラウルの剣術は我流――誰に教えることもなかった剣術だ。
エーナが言っているのは、おそらくはそれも含めて、僕の剣術が『ラウルを名乗る剣士』と同じだということだろう。
「……僕にはエーナさんが戦った相手がどんな人物だったかは分かりません。ただ、少なくとも僕と同じかそれ以上の相手だった、ということですね? それで、僕を思い出したと」
「ああ、真っ先にな。だが、こうして直接お前に話を聞くのは、私はお前をある程度は信頼しているからだ。故に、心当たりも含めて正直に答えてもらいたい」
「なるほど。僕を信頼してくださるのはありがたいことですが、残念ながら僕にも心当たりはありません。僕と同じレベルの相手というのなら、それこそ戦ってみたいと思うところはありますが」
「……」
僕の答えに、エーナは目を細めて睨むように押し黙った。
だが、すぐに小さくため息を吐くと、口を開く。
「ふぅ……何か情報が得られるかと思ったが、私の言ったことだ。一先ずはお前の言葉を信じるとしよう」
「ありがとうございます。エーナさんが僕に聞きたかった話はそれだけですか?」
「ああ、そうだ。次はお前の聞きたいことに答えてやるとするか。私がここに来た理由、だったか?」
「そうですね。本当にただ留学をしに来たわけではないでしょう?」
「いや、個人的には何の憂いもなく留学はしたかったのだが」
エーナは肩を竦めてそう返事をした。……彼女らしい答えと言えば答えだが、やはり理由はそれだけではないらしい。
「どこから話したものか……そうだな。まず、《聖鎧騎士団》の話からするか」
「! 聖鎧騎士団?」
エーナから出てきたその言葉に、僕は思わず反応してしまう。
だが、彼女がすぐに否定するように続けた。
「先の事件については、我々の関わるところでは――いや、関わるところではあるか。一先ず、聖鎧騎士団の団長、ヘイロン・スティレットがいるだろう? 奴は我々《ファルメア帝国軍》と協力関係にある。だが、何者かによって暗殺されかけただろう」
「先日の事件のことですね。あの一件についてはこちらでも調査中ですが、そちら側でもすでに把握しているということですか」
「ああ、そうだ。早い話、同盟とでも言うべきだろうか。ちなみに、ヘイロンが一命を取り留めたのは、私の部下の一人を向かわせておいたことも要因の一つにある」
「!」
エーナの言葉を聞いて、僕は少し驚いた表情を浮かべた。
先の事件を把握しているだけでなく、どうやらあの時すでにエーナは一件について関わりを持っていたらしい。
ヘイロンの受けた傷は深く、治療が遅くなればまず助からなかっただろうと言われていた。
今の話が本当ならば、帝国軍のおかげでヘイロンは助かったということだ。
「エーナさんの話が本当なら、感謝するべきことかもしれませんね」
「この件について、私は嘘を言うつもりはない。真実だと断言しよう」
「なるほど。それにしても同盟、ですか。まさか、国防の一端を担う聖鎧騎士団が、その相手と同盟関係にあるとは……」
「驚いたか? だが、私自身はヘイロンと直接やり取りをしているわけではない。むしろ、別の方向からアプローチをする予定でここに来た。それが、私がここに来た理由だ」
「アプローチ? それはつまり、帝国軍は聖鎧騎士団と協力関係にありますが、君自身はまた別の考えを持っている……そういうことでしょうか?」
「理解が早くて助かる。ちなみに、帝国軍と聖鎧騎士団の同盟については、決してお前達にとって悪いものではないと言っておこう。あくまで平和のための同盟であり、これは私の父が推進していることでもあるのだからな」
エーナはにやりと笑みを浮かべて言い放った。
どうやら、騎士団側で調査している一件について、少なくともエーナから情報が得られることもありそうだ。
だが、エーナが易々と話してくれるとも思えない。……いや、彼女があえてこの学園を選んだというのなら――僕は、その可能性を考えて、エーナに問いかける。
「エーナさん、もしかして君は《聖鎧騎士団》だけなく、《黒狼騎士団》との協力関係を得るために、ここにやってきたのですか?」
「! ふむ、遠回しでもなく随分と直球に聞くものだ。だが、そういうところは嫌いじゃない。確かに、そういう考えはなくもない」
「なくもない……確かめる意味でここにいる、と?」
「ふっ、まあ、そんなところだ。さて、お前達が調査している一件と言えば、あとは《魔法教団》のこともあるだろう? その件についても、私は答えることができる」
「……その言い方から察するに、情報の見返りとしてほしいものがある、というとことでしょうか?」
「ふはっ、察しがいいな。質問に答えたのはお前が私の質問に答えたからだが、全てをタダで教えてやるほど、私はお前と深い仲というわけではない」
エーナはそう言いながら、けれど先ほどのように敵意のある視線ではなく、むしろ僕を必要とするように手を差し伸べる。
「先の魔法教団の事件、それにラウル・イザルフを名乗る男――全ては繋がっている。そして、それは王国の未来にも、帝国の未来にも関わる一件だ。そんな大事であるからこそ、私は私の判断で同盟を組む相手を探していた。それがお前だ、アルタ。お前は、私と手を組むつもりはあるか?」
エーナは真っ直ぐと僕の方を見て言い切った。どうやら、彼女がここに来た理由は、僕が思った以上に複雑らしい。
王国と帝国の未来――そんな大それた言葉まで出て来てしまっては、僕の一存で彼女と協力するなどとは言えない。
本来であれば、騎士団長のレミィルに相談するために持ち帰る話だろう。
けれど、エーナの欲している返事はそうではない。
それに、王国の未来と言われてしまっては――イリスに関わる事柄であることも明白だ。
だから僕は、迷わずエーナの手を取る。
「協力するということは、君の知っていることは全て話してもらえる……そういうことでいいんですね? 君は僕のことを、少なからず疑っていたようですが」
「ああ、私は何でも疑うさ。だが、私が信じると決めたら、それを疑うようなことはしない。今、私に必要なのはお前のように強い剣士だ。だからこそ、お前には私の知っていることは話してやる」
お互いに握手を交わす。
こうして、表向きには留学してきたエーナと、僕は協力関係になった。
エーナは今回の章のメイン?になるかもしれませんね。
それと、9/25に書籍3巻と漫画1巻が発売となります。
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