153.これからすべきこと
「ふぅ、何とか……全員生き残れたか」
――エーナはポツリと呟くように言う。
相手にしたのは、《剣聖》ラウル・イザルフを名乗る人物。それが本物であるかどうか分からないが、向こうは仲間を一人庇いながら戦っていたというのに、こちらが全滅させられる勢いだった。
エーナが連れてきたのはメルシェも含めた部下五人――いずれも、エーナが認めた実力のある帝国軍の兵士であり、実際に生き残ったのだから。
だが、明らかに疲弊している。直撃を受けたわけではないが、先ほど現れたラウルの放った《インビジブル》。あれを受けるだけでも精一杯だったのだろう。
エーナ自身、向こうが『退く』つもりでなかったのなら、全滅していたかもしれない。……そう思える程の強敵であった。
『戦いの痕跡』があちこちに残っている。いずれも、深く抉るような一撃ばかりだ。
「メルシェ、どう思う? お前は奴の一撃をまともに受けただろう」
エーナは、すぐ隣に立つメルシェへと問いかける。
まだ回復し切れていないために、メルシェは地面に座ったまま答える。
「……そう、ですね。一撃を防げたのは、彼の目的が『ルーサ・プロミネート』の回収だったから。そこに尽きると思います。本気で私達と戦うつもりであったのなら、全滅していたかと」
「私も同意見だ。まさか、私より『強い』と思わされる相手に、こうも早く出会うことになるとはな……だが、あれは本当にラウル・イザルフなのか?」
「……? どういうことですか?」
「ラウル・イザルフはもう何年も姿を見せていない。引退したか、あるいは死亡したものだと思っていた。仮にまだ現役だとすれば、姿を見せなかったことが不自然だ」
「確かにその通りですが……『敵』の強さは本物です」
「そうだな。だが、やはり一度、話はしておくべきか……」
エーナがラウルと対峙した時に思い浮かべた相手――それはこの国の騎士であり、エーナが知る限りでは最強の人物。少年、アルタ・シュヴァイツだ。
彼の素性については、エーナもまだ知るところは少ない。
本当の実力についてもまだ全てを見たわけではないが、かつて視察に訪れた際に、《影の使徒》のクフィリオ・ノートリアと斬り合ったところを見ている。
それに、つい先日もイリスと模擬試合をした際、エーナの剣を軽々と止めていた。
あの時は特に触れなかったが……イリスとエーナの実力は拮抗していて、お互いに本気で剣を振るっていたのだ。
それを簡単に止めることができた時点で、アルタの実力はエーナを軽々と上回っている。
だからこそ、気がかりなのだ。
エーナよりも実力が上の二人が、いずれも同じ技を使うということが。
何も関わりがないというのならばそれでいい――だが、エーナの感覚では、アルタとラウルが無関係とは思えなかった。
アルタは少なくとも《剣聖》に関わりのある人物であり、彼ならばあのラウルについても何か分かるのではないか、と。
本物にしろ偽物にしろ――少なくとも、あの男は明確にエーナたちの敵であり、《ガルデア王国》にとっても敵になる人物だ。
「これからどうしますか? 少なくとも、追いかけることは難しいでしょうが……」
「追えばこちらがやられる可能性がある。むしろ、こちらは守りを固めるべきだな。他に『配備した兵』から連絡は?」
「先ほど、連絡があったようです。そちらについては、『ギリギリ間に合った』と。ヘイロン・スティレット騎士団長は存命しています」
「! そうか。首の皮一枚、ということだな」
エーナは安堵するようにため息を吐く。
彼女が連れてきた兵士は他にもいる。彼らには別の任務を与えており、そちらについては成功したようだ。
すでに帝国側が協力関係にあった《聖鎧騎士団》については、先ほどルーサが言った通りだろう。ヘイロンが目覚めるまでは――王国側と帝国側の繋がりは薄れてしまっている状態だ。
だからこそ、ここにエーナはいる。
「これからすることは決まっている。帝国のために戦う……ただ、それだけだ」
エーナは決意に満ちた表情で宣言する。
圧倒的な敵を前にしても、彼女の心が折れることはなかった。






