152.最強の剣士
「はっ、はあ……全く、腕を持っていかれるなんて、ね」
人通りの少ない裏道に、ルーサ・プロミネートはいた。
なくなった腕の部分は焼いて止血している――だが、当たり前のように痛みが引くことはない。脂汗を流しながら、ルーサは壁に寄り掛かるようにして、小さく息を吐き出す。
「……けれど、これで目的は達成した。後は、帰るだけかナ」
ルーサがやるべきことはやった――アルタ・シュヴァイツという規格外の騎士によって深手を負わされたが、元々の目的については完了している。
「――帰れると思うか? この私を前にして」
「……っ!」
ルーサの耳に届いたのは、少女の声だった。声のする方向を見ると、そこに立っていたのは軍服を身に纏う少女。
「エーナ・ボードル……っ、君が、どうしてここに?」
「ふはっ、『どうして』とは異なことを言う。『お前達』がここにいるのなら、私がここにいたとして、何ら不思議なことはあるまい? お互いに、『違う国』の人間なのだから」
「……アタシのことを、知っているのかナ?」
「我々の情報網を舐めてもらっては困る。《西方連合》の魔女だろう。この国に入り込んでいたことを知ったのは、ごく最近のことだがな」
「ふふっ、そこまで知っているのなら……隠す必要はないか。けれど、君達は一足遅かったね……? 君達と『同盟関係』にあった《聖鎧騎士団》のヘイロン・スティレットは――死んだ。《ファルメア帝国》は、これで王国との繋がりを失った、だろう?」
「……お前達が繋がっているのは、どこの騎士団だ?」
「言うと思うのかい?」
「いや、言わないだろうから捕らえるつもりだ。まさか、逃げられるとは思っていないだろう?」
エーナの言葉と共に、周囲に人影が現れた。
エーナとは反対側に一人の少女。建物の上にも、二人の人影がある。
彼女の部下達が潜んでいたのだろう――深手を負った状態のルーサでは、エーナを含めた帝国側の『精鋭』を相手取るのは厳しい。
「アタシを捕まえて拷問でもしようっていうのかナ?」
「もちろん、必要ならばそれくらいのことはする。国を守るために必要ならば、な」
「ふふっ、いい答えだ……別に、君達こそアタシ達と『同盟』を結んでくれるのなら、助かるんだけど」
「それは無理な話だ、魔女」
「……どうしてだい?」
「分かるだろう。すでに、お前達の『やっていること』が気に食わない。それこそ、他国への侵略行為を望む我が国の過激派と同じだ。いずれは全員駆逐してやりたいところだが……目先にいる『外敵』にこうも目立つことをされるとな。だから、私はここにいる。問答はもういいだろう――大人しく捕まるというのであれば、命だけは保障してやる」
「ふ――はははっ、やはり、軍人と言っても『お姫様』なのかナ? 随分とお優しいことで……」
「問答をするつもりはないと言っている。メルシェ、こいつを捕らえる。逃がすなよ」
「はい――っ!」
エーナが対面で待ち構える少女――メルシェに声を掛けた。
しかし、メルシェはその言葉に応えると同時に、後ろを振り返る。
そこにやってきた『敵』の存在に気付いたからだ。
メルシェは咄嗟に構える。だが、その『剣術』を受けて、メルシェは呆気なく吹き飛ばされた。
かろうじて、直撃を免れたが、壁にたたきつけられるような形になる。
「くっ!?」
「メルシェ!」
エーナはすぐに動き出した。メルシェを圧倒する程の剣術――ただ者ではないことは、エーナにもすぐに理解できただろう。
姿を現したのは、鎧に身を包んだ男。エーナにも『見覚えのある技』を放ってきた。目には見えぬ風の刃――《インビジブル》だ。
エーナは咄嗟に反応して、それを回避する。
エーナの部下達も動き出そうとするが、彼らは《インビジブル》に反応するのでギリギリで、エーナの元へとすぐに駆け付けることができていない。
ほんの数秒で、男はこの場において最強であることを理解させる。
気付けば――ルーサは突如姿を現した鎧の男によって、抱えられていた。
「その剣術……お前、何者だ?」
「……」
鎧の男は答えない。沈黙を貫いたまま、剣を握る姿には恐怖すら覚えるだろう。
だが、男によって抱えられたルーサは、エーナの質問に笑みを浮かべて答えた。
「ふふっ、君達もよく知っている人物サ。何者にも負けることない、最強の剣士だよ」
「最強の、剣士……? まさか」
「そのまさかサ。《剣聖》――ラウル・イザルフその人だよ」
ルーサを助け出した男は、まごうことなき最強の剣士。
長年、姿を現すことはなく、《剣聖姫》というその名を継いだ少女まで現れるようになった時代。
そんな時に、最強の男は姿を現したのだ。






