151.見本となれるように
――戦いは終わり、被害の状況報告がなされた。
数十体以上にも及ぶ魔物と魔導師達による襲撃は、結果だけ見れば被害はそこまで大きくならなかった。
元々、展開していた騎士がすでにいたことと、迅速に『結界』の破壊に成功したことが功を奏したと言うべきかもしれない。
だが、それはあくまで数値上での話だ。
《聖鎧騎士団》に所属する騎士からの報告によれば、騎士団長であるヘイロン・スティレットが何者かによって大怪我を負わされたということだ。
危篤状態にあり、今は緊急の措置が施されている状況だという。
結界を破壊したということは、魔導師達と相打ちになったとは考えにくい。
そもそも、ヘイロンの受けた傷は『剣』によるものだった、と。
「先生、一先ずこれで終わりかな」
「! はい、そうですね。おかげで助かりました」
不意にアリアに話しかけられ、僕はそう答えた。
イリス達と合流し、彼女達がそれぞれ勝利したことも、僕は聞いている。
アリアは単独で魔導師達を打ち倒す見事な活躍を見せ、首級の魔導師も殺さずに捕らえることに成功していた。
イリスは、マリエルと協力して無事に制圧を完了している。
協力者であるマリエルの姿はすでになく、「アルタちゃんによろしくね」と言って去って行ってしまったらしい。
クロエの言っていたことも含めて色々と聞くつもりだったのだけれど、どうやら後回しになりそうだ。
カシェルは《黒狼騎士団》の方で保護をして、後ほど話を聞くことになっている。
だから、アリアだけではなくイリスにも、労いの言葉をかけておこうと思ったのだけれど……。
「……」
「イリスさん? どうかしましたか?」
「っ! あ、い、いえ、何でもないですっ」
「何でもないと言う割には、どうにも上の空じゃないですか。話しかけたらそんなにびっくりするなんて」
「イリス、さっきからずっとそんな感じ」
「え、ええ……ちょっと、色々と考えることがあって……すみません。今はまだ大変な時だっていうのに」
「いえ、問題ありませんよ。君達のおかげで被害は最小限で済みました。スティレット騎士団長のことは、まずは無事に快復することを祈りましょう」
僕の言葉に、イリスが頷く。――とはいえ、聖鎧騎士団は騎士団長が倒れる事態となり、カシェルについても魔法教団に関する疑惑が残っている。
それに、まだイリスには話していないがカシェルが『女の子』だったという事実もある。
ラインフェル家に対してだけでなく、嘘を通してまで取り入ろうとした事実は消えないだろう。聖鎧騎士団とラーンベルク家の著しい弱体化は否めず、それはそのまま『帝国側』への守りが手薄になってしまうことになる。
つい先日、エーナが学園にやってきたことも気になるところだが……さすがに、今回の件に彼女が絡んでいることはないだろう。
いずれはエーナの耳にも入る事実だ――先に、聖鎧騎士団の状況についても彼女に話してしまってもいいかもしれない。
エーナは、王国と帝国の二国間の友好を望んでいる側の人間だからだ。
「イリス様ーっ」
「! クロエさん……?」
少し離れたところから、イリスの名を呼ぶクロエの声が響き渡る。
騎士団に保護してもらっていたはずだが、どうやら解放されたようだ。
物凄い勢いで駆けて来て、クロエはイリスの手を取る。
「ご、ご無事だったんですね! 姉、姉がご迷惑を掛けませんでしたか!?」
「あ、えっと……大丈夫よ? 別に怪我をしたわけでもないし……」
「イリス、何かあったの?」
「ううん、気にしないで。少し話をしただけだから」
アリアの問いかけに、イリスははぐらかすように答える。……クロエの話を聞く限りでは、単純に二人で話しただけで終わったはずもないだろう。
おそらくは斬り合ったのだろうが、無傷でイリスが立っているということは、少なくともイリスはマリエルに認められたことになる。
――今のイリスは、それだけの実力を備えているということだ。
斬り合ったことを話さないのは、ここにアリアもいるからだろうか。彼女がその話を聞けば、理由はどうあれマリエルに敵意を向ける可能性は十分にある。
それは、イリスの望むところでもないのだろう。
「よ、良かったです。本当に……うちの家族がご迷惑ばかり……っ」
「迷惑だなんて、そんなことないわ。シュヴァイツ家は、マリエルさんに――えっと、アルタ先生もいて、本当に優秀な人ばかりだと思うわ。あなたは、良い家族に恵まれているのね」
「……っ、も、勿体ないお言葉です」
「イリス、先生のこと『アルタ先生』って呼ぶようになったんだ」
「! い、今はその……ご家族もいらっしゃるから」
「僕はどちらでも構いませんよ。『アルタ君』は先生としての威厳がなくなってしまうので勘弁してもらいたいですが」
「そんな呼び方はしません! でも、先生がいいのなら……今後もその呼び方に、させてもらってもいいですか……?」
「確認するのも君くらいですけどね。もちろん、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
わざわざ礼を呼ばれることでもないのだけれど――そう思っていると、今度はクロエが僕の方へと向き直り、鋭い視線を送ってくる。
「……『お兄ちゃん』の言う通りにしたわけじゃないからっ!」
「……? 何の話をしてるんだ? ……というか、クロエが僕のことを『お兄ちゃん』って呼ぶのも久しぶりだね。それも、僕が騎士として王国に行くくらい――」
「いちいち昔の話をしないでよっ、バカ義兄! あんたのことは認めたわけじゃないのっ! わたしが……いつか必ず『騎士』になって、それで……イリス様の傍に仕えるんだから――あ」
思わず本音を漏らしてしまったのか、ハッとした表情をクロエが浮かべた。
後ろでは、イリスも呆気に取られた表情をしている。
クロエは小さく笑みを浮かべると、
「と、とにかく覚えていなさいよっ!」
そんな小悪党がいいそうなセリフを言い残してその場を去っていく――なるほど、クロエの将来の目標も『騎士』なのか。
彼女も確かに、先ほど魔物に襲われそうな状況で、逃げずに立ち向かっていた。
そういう意味では、きちんと剣の腕を磨けば、十分に騎士になることだってできるだろう。……何だか、久しぶりにクロエと少しばかり話せた気がする。
いつもは、僕に敵意しか向けていない感じだったからだろうか。
――捨て台詞だけ残したクロエのために、一応弁明くらいはしておこうか。
「すみませんね、騒がしい義妹で。いつもはあんな感じではないですが、やはりイリスさんのファンというのが本当みたいですから」
「……私なんかにファンがいるっていうのは変な気分ですけど、それなら――私も見本になれるような騎士にならないと、ですね」
イリスが決意に満ちた表情で言う。先ほどまでは上の空だったから少し心配けれど、どうやら杞憂だったらしい。
こうして、イリスの婚約話という大きな問題は――大きな疑問を残したまま、終わりを迎えることとなった。
もう二、三話くらいで第四章は終了となります!






