150.ヘイロン・スティレット
「が、はっ……」
魔導師の男が、長い刀身によって貫かれてその場に倒れ伏す。
その前に立つのは、ヘイロン・スティレットであった。
《聖鎧騎士団》の騎士団長として、部下を統率しながら、確実に魔導師と魔物を攻略。
結界を展開する魔導師の一人を討ち倒し、役目を真っ当した。
周囲に倒れる魔導師達も含めて、全てヘイロンが倒したものだ。
――ヘイロン・スティレットは戦士としては有能な男である。
一見すると細見で頼りないという評価をする者もいるが、それは彼のことを知らないから言えることだろう。
その本質は、単純な『強者』。騎士団長には一定の実力を求められるが、その立場からデスクワークも当然のように増えてくる。
そんな中でも、ヘイロンは騎士団長としてだけではなく、騎士として戦地に立つことも多い。
自ら望んで、騎士としての役目を果たす――それが、ヘイロンという男の騎士としての在り方なのだ。
「……結界はまだ崩れない、か」
剣のこびりついた血を払い、周囲を確認する。
この場はほぼ制圧が完了した。残るはアルタとイリス、それにアリアのいずれかがまだ結界を破っていない――そういう状態だろう。
だが、いずれも実力者であることは、ヘイロンにも分かった。
アルタは言わずもがな、それに《剣聖姫》と先ほど対峙した少女。
まともに戦えば、ヘイロンとて無事では済まないだろう。
向き合っただけでも、それが理解できた。
レミィルの報告によって、少女――アリアについても情報は得ている。
帝国の闇とも言える《影の使徒》と関わり合いのある少女であり、今は《黒狼騎士団》の観察処分を受けているはずだ。
そういう意味で、アルタとも共に行動していたのかもしれない。
「二人とも講師を務める彼の生徒……いずれも騎士団にほしい逸材だ。しかし、剣聖姫の方は果たしてどうするつもりなのか」
ヘイロンはそんな疑問を口にする。
今回、ラーンベルク家とラインフェル家の婚約話についても、事前にラーンベルク家からは相談を受けていた。
失敗しようが成功しようが、ヘイロンとしてはどちらでも構わない。
ただ、今後は黒狼騎士団との友好的な関係を築くための足掛かりとする――それが、ヘイロンの目的であった。
「さて……ここで待っていたところで仕方ない、か。結界が解除されるまでは掃除を――!」
ヘイロンは近づいてくる『気配』に気付き、剣を構える。
好んで使う長い剣の刃先を向けて、こちらへやってくる者へと備えた。
魔導師はすでに打ち倒している――隠れている魔導師がいたとしても、ヘイロンにわざわざ気付かれるように気配を向けてくることはないだろう。
静寂の中、ヘイロンは精神を研ぎ澄ませる。
この混乱、この状況の中……ここに向かってくるのであれば、敵である可能性は十分に高い。
敵であるのならば、斬り伏せるのがヘイロンの役目だ。
やがて、ヘイロンの前にローブに身を包んだ人影がやってくる。
その人物を見て、ヘイロンは驚きの表情を浮かべた。
「……お前は――」
ヘイロンが声を掛ける前に、ローブの人物はヘイロンとの距離を縮める。腰に下げた『剣』を抜き去ったのが見えた。
ヘイロンも、それに対応するために動く。鍔迫り合いになる形で、お互いに視線が交わった。
「……どういう、つもりかね。この私に剣を向けるとは……いや、まさか」
ヘイロンは『何か』に気付いたように目を見開いた。その一瞬――わずかな隙を突かれ、ヘイロンの長剣が弾き飛ばされる。
「――」
無情にも振り落とされる一撃。続け様に腹部を剣で貫かれ、それでもヘイロンはローブの人物に掴み掛かる。
「ぐ、ごほっ……」
何故だ――そう問いかけようとしたが、口から流れ出る血液によって声にならない。
やがて意識も薄れていき、力なくその場に倒れ伏す。
ヘイロンの鮮血によって、その場は赤色に染まっていった。
また続きそうな展開に……!






