15.《蒼剣》
王都の区画の一つ――《フェンコール》のはずれの方に、廃れた教会がある。
いずれは取り壊されるだろうと言われているが、古くに建造されたそれを惜しむ声もあった。
教会を建て直そう――そんな風な活動もする人間もいる。
時折、金のない旅の者が利用するこの場所に――四つの人陰があった。
「……アズマは死んだか」
鞘に納められた剣を地面に突き立てるようにして、一人の男が呟く。
椅子に腰かけているが、体格は大きいのが分かる。
「ハッ、ザマァねえなッ! 《剣聖姫》の力を見てくるとか言ってよ、死んじまったのかよ!」
それに対し、笑い声を上げる青年。
額に手を当てて、楽しそうにしている。
その横には震えるローブ姿の男が一人。
「それで、てめーはまんまと逃げ帰ってきたわけか。暗殺者っつーのにダセえ野郎だ。せめてこの場で死んどくか?」
「……ひっ」
「お止めなさい」
青年を制止したのは、この場には似つかわしくない優しげな女性の声。
スッとローブの男の前に立ち、庇うような仕草を見せる。
「無益な殺生は控えるように」
「あーはいはい、無益ねぇ。あんたの言う無益がなんだか知らねえがよ」
「貴方の報告については分かりました。お行きなさい」
「……あ、ああ」
女性に促され、ローブの男が後退りながらその場を後にする――瞬間、金属の擦れる音と共にローブの男の首がとんだ。
ズルリと、男の元へと銀色に輝く刃が連なって戻っていく。
「なーんてよ。あんなのはもう役に立たねえだろ。殺した方が有益だぜ。どうせ、適当に雇われた暗殺者の一人なんだからよ。……それに、オレがてめえの言うことを聞く必要があんのかよ?」
「貴方は……」
場の空気が一変する。
向かい合った二人は、いつ斬り合ってもおかしくはない。
お互いに腰に下げた剣に手を触れる――だが、
「やめろ。仲間同士で争うのは」
ズンッ、と大きな音が響く。
男が剣の鞘で地面を叩いたのだ。
それはまるで地鳴りでも起こしたかのように、建物を揺らす。
それに合わせて、青年と女性はお互いに臨戦状態を解除した。
「……ハッ、仲間だぁ? オレらはそんな間柄じゃねえだろ。互いに出会えば殺し合ってもいい――そういう奴らばかりが集まってんだ」
「だからこそ、仕事を受ける気のある人間を集めた。戦場を求める奴ばかりだというのに、実際に応じたのは俺を含め四人だけだが」
「……仕方のないことです。皆が皆、同じ考えを持つ人間ではないのですから」
「違いねえな。それで、どうすんだよ? アズマの野郎が負けちまってよ」
青年の問いかけに、男は頷いて答える。
「やることは変わらん。《剣聖姫》を殺すことが俺達の受けた依頼だ。次は誰が戦いたい?」
「相手は剣聖姫ではないのでしょう?」
「報告によれば、相手は子供だったそうだ。少なくとも三人は殺している。アズマを殺ったのもその子供で間違いないだろう」
「子供、ねえ。アズマの野郎が子供に負けるなんてよ、益々傑作だぜ。あの野郎の実力がその程度だったってわけだ。まあいい、次はオレがやるぜ。そのガキ、殺してきてやる」
「いいだろう。――だが、その前にやるべきことがあるな」
男がそう言って立ち上がる。
青年と女性も周囲を窺うように視線を向ける。
「……やはり、バレていたようだね」
そう言って姿を現したのは、鎧に身を包んだ一人の青年。
すでに剣は抜いている――少し長めの青い髪に、同じように青色の刀身をした剣を持つ。
さらに、周囲には身をひそめたままの騎士が複数人いる。
《剣客衆》の三人を取り囲うような陣形だ。
「《蒼剣》ベル・トルソーか」
「僕――いや、私の名を知っているか。ならば話は早い。君達のような無法者が集まるとしたらこういう場所だと思っていたが……まさかこんなにも簡単に見つかるとはね。無駄な抵抗をしないのであれば、殺しはしないさ」
「ハッ、殺しはしないだってよ! 随分と面白れーこと言う奴だぜ。おい、オレがやってもいいか?」
「次はお前が《剣聖姫》を殺りに行くんだろう。ならば、ここは俺がやる」
「……私の前で軽々しく暗殺の相談か。舐められたものだね」
「別に舐めてなどいない。これが我々だ」
「――ええ、その通りです」
男の声に答えたのは女性だった。
その声と同時に、キンッと金属のぶつかる音は響く。
ベルがわずかに後方へと下がる。気付けたのは、ベルだけだった。
瞬間、ドサリとあちこちから倒れる音が聞こえる。
「……っ!」
ベルが驚きの表情を浮かべる。
女性が鞘から抜いたのは、《刀身のない剣》。
ベルには、その剣が見えていた。――見えていたが、完全に回避することはできなかった。
肩や足のところから斬られたように出血する。
だが、深い傷ではない。
――他の騎士達は女性の攻撃をまともに受けたのだ。
結果として、十人以上いた騎士達はベルを残して全員倒れ伏す。古びた教会を赤く染めるように、あちこちから血が流れ出した。
「おいおい、無益な殺生はしないんじゃなかったのかよ」
「ええ、しませんよ。『無益』な殺生は」
「ハッ、それじゃあオレは行ってくるぜ」
「な……ま、待て――」
ベルが背を向けた青年を後を追おうとする。
その前に立ちふさがったのは、剣を構えた男。
「邪魔だッ!」
男に対して、ベルが蒼い剣を振るう。
《蒼い閃光》と呼ばれるほどにベルの剣術は速く、そして美しい。
剣術だけで言えば、間違いなく王国騎士の中でも上位に位置する。
だが、
「遅い」
男の声が響く。
二つの閃光が交差した。
――翌日、古びた教会にて十一の遺体が発見される。
一人は首を失った暗殺者のもの。残りは、全て騎士の死体。
その中には、《蒼剣》ベル・トルソーも含まれていた。






