147.決闘
空が晴れ渡り、結界が崩壊していくのを、イリスは確認した。作戦は成功し、それぞれが役割を果たしたのだと、理解した。
倒れ伏したファーレンは気絶したまま動かない。……しばらくは、目を覚ますこともないだろう。
「うふふ、どうやら片付いたようねぇ」
声をかけてきたのは、マリエルだ。彼女の周囲には、倒れ伏した魔導師達の姿がある。
イリスはその光景を見て、思わず息を飲んだ。
マリエルはイリスのことを助けてくれたというのに、魔導師達を圧倒したその姿に、少しの恐怖心を抱いたからだ。自分の師であるアルタ・シュヴァイツの姉――そのことを考えれば、彼女が実力者であるということも、何ら不思議はない。
それでも、彼女が援軍としてやってきてくれたのは事実だ。
イリスは頭を下げて、マリエルに感謝の意を示す。
「マリエルさん、助けていただいてありがとうございます」
「いいのよ。どのみち、わたくしはあなたに用があったのだから」
「……私に、ですか?」
「ええ、そう。イリスちゃんに聞きたいことがあって」
すでに『ちゃん』付けは確定らしく、マリエルは優しげな笑みを浮かべたまま、イリスの前に立つ。
魔導師達との戦闘を終えて、彼女は傷一つ付いていない。
その服に汚れがつくこともなく、まさにマリエルの実力が高いことを証明していた。
「イリスちゃんは、王になるつもりはある?」
「!」
だが、そんな雰囲気の彼女から言い放たれたのは、イリスの予想もしない言葉であった。
マリエルが、イリスに『王になる』つもりがあるかどうかを、問いかけてきているのだ。
今日だけでも、『今後』のことについて、こんなに聞かれることになるとは思わなかった。
「どうして今、それを?」
「今だからこそ、聞く必要があるの。わたくしがわざわざ王都に来た理由だからよ」
「王都に来た理由が、私への問いかけなんですか……?」
「ええ」
イリスの質問に、迷うことなく答えるマリエル。――彼女は、嘘を吐いていない。
そうなると、初めてイリスと出会ったのも、偶然ではなかったのだろうか。
あの時から、イリスに『王になる』つもりがあるかどうかを、問いかけるつもりだったのか。
……真実を答えることは簡単だ。
イリスは王になるつもりなど、ない。
イリスが目指す到達点は『騎士』であり、国を治める場所ではないのだ。
騎士として戦い、父のような――否、父を超える騎士になる。
そして、いずれはアルタと共に、肩を並べることができる騎士になるのだ、と。
『ボクとの婚約ができないのは、他に『好きな人』がいる――とかさ』
(……っ、どうして、今そんなことを……っ)
そこで、イリスは先ほどのカシェルとの会話を思い出す。
騎士になりたいと考えて、アルタと共にいたいと考えて、次に思い出すのが『好きな人』の話。それではまるで、イリスが『アルタに恋をしている』かのようだ。
マリエルが問いかけているのは、そんな不純な話についてではない。
動揺する気持ちを押さえて、イリスはマリエルに答えようとする――
「っ」
だが、すぐに感じた気配によって、イリスはマリエルとの距離を取った。
初めて、彼女と相対して感じられた……自分自身に向けられた殺気。
まるで刃物を喉元に当てられたような感覚に、イリスは思わず手で喉に触れる。
「うふふ、正解よ――イリスちゃん。今、下がらなければあなたの首は跳んでいたわねぇ」
「……どういう、つもりですか? マリエルさんは、私を助けに来てくれたんじゃ……?」
「ええ、さっきまではそう。でも、今は違うの。やっぱり、あなたは本心を隠そうとしているから――それじゃあダメなのよ。わたくしが聞きたいのはあなたの本心で、嘘偽りのない本音。ふふっ、ねえ……? こういう言葉を知っていて? 『拳で語り合う』っていう言葉――」
マリエルが剣を抜く。否――マリエルが手に持つのは、《鋼糸剣》だ。
刀身などはなく、抜いたとしてもそれは見えない。
だが、さらにもう一本の剣を抜き去る。
《百足》と《鋼糸剣》――いずれも《剣客衆》が使っていた剣だが、マリエルが先ほど戦闘に使っていたのは《鋼糸剣》だけだ。
その一本だけでも、まともに扱える人間などこの世に数えるほどしかいないかもしれない。
そんな剣と、もう一つ扱いの難しいだろう《百足》を構えて、マリエルが言い放つ。
「わたくし達は剣で語り合いましょう……? 戦いながら、あなたの本音を聞かせてほしいの」
「な……どうして私がマリエルさんと戦わないといけないんですか!?」
「うふふっ、すでに答えたでしょう。わたくしが知りたいのはあなたの本音で、そのためにこの『剣』も騎士団から借り受けたものなのよ。まさか、先にこんな状況になるなんて思いもしなかったけれど」
マリエルがちらりと周囲に視線を送った。――彼女が剣を携えてやってきたのは、やはり偶然ではない。
初めから、彼女は戦うつもりでここにやってきたのだ。
それも魔導師達とではなく……イリスと戦うつもりで、やってきたのだ。
騎士団から借り受けたということは、すなわち《黒狼騎士団》も承知でのことだろう。
レミィルが、イリスとマリエルの決闘を許可した――そういうことになる。
(どうしてエインさんが……でも、今はそんなこと考えている暇は、ないわね)
ピリピリと伝わってくる殺気に、イリスは大きく息を吐き出す。
《紫電》の柄を握り締めて、イリスは毅然とした表情でマリエルと向かい合った。
「いい表情ねぇ。迷いが消えて、すぐに『剣士』の顔になったわ。わたくしと、戦ってくれる気になったのね?」
「……はっきり言って、今はそういう状況にはないと思います。それでも、あなたが見逃してくれそうにはないので――受けて、立ちます」
「うふふっ、その言葉を待っていたの。それじゃあ……始めましょうね?」
マリエルの言葉と共に、周囲の物が切り刻まれていく。
「――参ります」
言葉と共に、イリスは動き出す。
イリスとマリエルの――決闘が始まった。
章の終盤になると必ず入るイリスのガチバトルのスタートです。






