145.魔法戦
熱風と砂埃が舞い、ルーサ・プロミネートは静かに視線を下へと向ける。
「くく――あははははははははっ! なんだ……大したことないじゃないかっ! アルタ・シュヴァイツ!」
アルタを含めた騎士と、カシェルを確実に吹き飛ばした。
ルーサの放った魔法は、一介の騎士に防げるような代物ではない。
金属をも軽々と溶かす熱量を圧縮した火球だ。
それは、同じ魔導師であったとしても、ルーサの魔法を防げる者はそうそういないだろう。
だからこそ、ルーサは確信していた。
そして、ここまで上手くいくとは思いもしなかった。
あのまま、アルタがカシェルのことを見捨てて距離を取れば、そこからはアルタとの実力勝負――すでに何度か彼の攻撃を受けた時点で、ルーサは理解していた。
戦いを続ければ、いずれはルーサの方は押し負ける、と。
しかし、現実はカシェルを見捨てられなかったアルタが魔法の直撃を受けて、諸共に吹き飛ぶことになった。
「ふふっ、ろくに知りもしない女のために命を懸けるなんて……騎士というのは面倒だね。けれど、これで『王国』の戦力は相当に削れ――っ!」
その場を去ろうとした時、ルーサは向かってくる『風の刃』に気付いた。
すぐに『魔力の壁』を作り出して防ごうとするが、間に合わない。
ギリギリで身体を逸らして、風の刃を回避する。
ルーサは視線を風の刃が飛んできた方向へと向ける。
徐々に砂埃が晴れていき――そこに立っていたのは、アルタだった。
「な、に……?」
「ふぅ、中々危なかったよ」
さらに、アルタの後方にはカシェルの他に騎士達までもが、無傷で立っている。
アルタの立っている後ろ側は、全くの無傷であった。
「馬鹿な、あり得ない。何故、無傷で立っていられる?」
「何故かと聞かれたら、僕が防いだからなんだけれどね」
「……っ! ふざけるなナ、そんなことができるはずが……っ」
ルーサは動揺しながらも、アルタを観察する。
手には何も持っていない――アルタという少年が、優れた剣術を持っていることは分かっている。
彼が得意とするのも、魔法と剣術を組み合わせたもの……すなわち、彼は魔導師ではない。
純粋なルーサの最大火力を、アルタが防げるはずはないのだ。
(まさか、わずかに見えたあの光……?)
ルーサの放った魔法がアルタ達にぶつかる瞬間、わずかに見えた光と強大な魔力――すぐに消え失せたために、それほど気にはしていなかった。
だが、あるとすればそれしかない。
アルタは、何らかの方法でルーサの魔法を防いだのだ。
剣士として突出した実力を持っているのは確かだが、アルタはルーサの魔法を防ぐ手段も持っている。……その事実は、どこまでもアルタという存在が危険であることを示していた。
「これで、また振り出しってところかな」
「……あははは、全く……面白いナ。アルタ・シュヴァイツ君」
ルーサは右腕を掲げる。
最大級の火力を以て放った一撃――だが、それが一度しか放てないわけではない。
《紅蓮の魔女》と名乗っているのではなく、ルーサはそう呼ばれているのだ。
それは、彼女が『炎使い』としては最上級の存在であるということを示している。
「けれど、今の一撃でアタシを仕留められなかったのは……ミスだね。もう一撃、防ぐことができるかナ?」
「そうだね。確かに何度も打たれるのは厳しいものがある――だから、これでチェックメイトだ」
「――」
アルタの言葉に、ルーサはハッとした表情を浮かべる。
耳に届くのは、風を切る音。
次に感じたのは、右肘から先を斬り落とされた『痛み』であった。
「ぐ、ぎぃ……!? アタシの、腕がぁあああああ……!?」
ルーサの鮮血が周囲を染めていく。
そんな中でも、アルタは表情を変えることない。
その態度に、恐怖すら覚えてしまう。
だが、ルーサはすぐに平静を装うと、なるべく落ち着いた口調で話す。
「はっ、はっ……まさか、刃が戻ってくる、とはね……っ」
「僕も滅多には使わないよ。基本は『仕留める』か『防がれる』だからね。少し剣速は落ちるけれど、あなたのような『強い魔導師』には、僕も魔法で戦えるようにはしてあるんだ」
アルタがルーサに放ったのは目に見えない風の刃である《インビジブル》ではない。
インビジブルはあくまで、アルタの手から放たれる風の刃。
今、アルタが放ったのは離れた相手を仕留めるための魔法――《リターン・エア》だ。
「油断したのはあなただ。一撃で僕を仕留めたと思い、追撃を仕掛けようとしなかった。最も、追撃をかけてくれたら、あなたはもう死んでいたかもしれないけれどね」
「……っ!」
ルーサは右腕を押さえながら、アルタを睨みつける。
怒りに任せて、アルタを吹き飛ばしてやりたい――しかし、ルーサは大きく息を吐くと、左手で作り出した小さな炎で、自らの傷口を焼き始めた。
「がっ、ぐぃ、ぅううううううっ!」
「!」
その光景を見ていた騎士達に、動揺が走る。
このまま戦闘を続ければ、出血によってルーサがどのみち敗北する。
だから、どれだけ痛くて、熱くても止血をする。
「はっ、はぁ――認めるよ、アルタ・シュヴァイツ君。君は強い……そして、明確にアタシは君を『敵』と認識した。次に会う時は……必ず君を殺す」
「あなたに次があると思うのか?」
「……あるサ。一対一なら逃げ切れなかったかもしれないけれど、君はそこを離れられないだろう?」
「……」
アルタは答えない。
ルーサの方も、戦況をよく理解している。
この間合いはルーサが有利なのだ。仮にアルタが跳躍して間合いを詰めてきたとしても、ルーサはまだアルタの攻撃を防ぐことができる。
ルーサは、アルタの後方に控えるカシェルを狙うことができるのだ。
それが分かっていて、アルタも動かないのだろう。
ルーサは残りの魔力を使い、あらかじめ用意しておいた『移動術式』を発動する。
決められた場所を移動するための魔法だ――ルーサはそれを使い、アルタから逃げる。
「腕の借りは、必ず返させてもらうからナ……」
そう言い残して――ルーサはその場から姿を消した。
地味にアルタが使う魔法の種類が圧倒的に少ないのですが、これでインビジブルに加えてようやく二つ目の攻撃魔法を使いました。
要するに目に見えないブーメランのイメージを持っていただけると分かりやすいと思います。






