144.《紅蓮の魔女》
見た目はやはり少女と言えるが、向けられる殺意は少女のものではない。
《紅蓮の魔女》と自ら名乗ったルーサは、その名に反して燃え盛る槍を構える。
刃も柄も全て炎でできているためか、凄まじい熱量を帯びていることが僕から見ても分かる。
「魔女と名乗っておきながら、僕と直接やり合うつもりか?」
「まずは小手調べというところだよ。君が強いことはアタシもよーく知っているからサ」
「小手調べか」
その言葉に応じるように、僕は右腕を振るう。
魔力を帯び、作り出すのは風の刃――《インビジブル》。
剣速だけで言えば僕の持つ剣術の中でも相当に早く、何より目では見えないものだ。
ただの魔導師であれば、簡単に首を飛ばすこともできるだろう。
しかし、僕の刃は彼女には届かなかった。
「!」
空気の破裂するような音が周囲に響き、ルーサの前でインビジブルは消滅する。
槍で防がれたわけではない――彼女の前には、『魔力の障壁』が作り出されていた。
「ふふっ、簡単にはいかないサ」
「……なるほどね」
少なくとも、僕がインビジブルを繰り出すまでに『魔力の障壁』は存在しなかった。
彼女が僕の攻撃に反応して瞬時に作り出したということが分かる。
ルーサの実力が、それだけで逸脱していることが僕には理解できた。
「さて、それじゃあ今度はアタシから行こうかナ」
ルーサが一歩踏み出した。
すると、控えていた騎士達が動き出す。
「カ、カシェル様をお守りしろ!」
動揺はしているようだが、やはり騎士なのだろう。
数名がカシェルを守るように動き出し、二人が先行してルーサの方へと駆け出していく。
「ダメだ――」
僕の制止の言葉が届く前に、二人の騎士は剣を振り上げる。
「おおおおおおッ!」
「勇ましいね。さすがはこの国の騎士だ。しかし、無意味ではあるね」
「は――あああああああああああっ!」
振り下ろした刃は、刀身を失っていた。ドロリと液体のように溶けてしまった刀身。さらに身体を貫かれ、瞬時に燃え盛る。
もう一人の剣は『魔力の障壁』を剣で防がれ、槍で貫かれようとする。
すぐに僕は動き出した。
『炎の槍』に対して放つのはインビジブル。騎士に届く前に弾き、僕はルーサとの距離を詰める。
ルーサが僕の方を見た。
「近づいたところで意味はないサ」
僕の方に槍を向ける。
金属で作られた剣を簡単に溶かす程の熱量。ルーサの作り出した『炎の槍』は、触れるだけでも人間を殺す力を持っている。
絶対的に剣士に対して有利の取れる武器と言えるだろう。
あるいは、僕の《碧甲剣》であれば……魔力の流れを分断することで防ぐことができるかもしれない。異常な熱量に対抗できるだけの耐性もある。
しかし、今は僕の手元にはない。――唯一、呼び出せば使えるのは《銀霊剣》だ。……けれど、ここでは人目が多すぎるか。
僕はルーサに対しインビジブルを放つ。
続けざまに三撃。いずれも彼女に届くことはなく、『魔力の障壁』によって阻まれる。
ルーサが、僕に向かって槍を突き出した。
地面を蹴って、右側へと跳ぶ。攻撃を回避して、様子見をするように周囲を駆ける。
「さすがに早いね。アタシの隙を窺っているのかナ」
「そうだね。どうすべきか考えてる」
僕は素直に答えた。
――魔導師との戦闘は、幾度となく繰り返してきた。彼らは距離を取った戦闘を好み、基本的には近づいての戦いを嫌う。
《剣聖》と呼ばれたラウル・イザルフにとっては、面白みもない相手であった。距離を詰めて斬り伏せればそれで終わりなのだから。
僕の剣術に反応できる者も、ほとんど存在はしなかった。――だが、少なくとも彼女は違う。
僕の攻撃を防ぐことができる魔導師であり、こちらは一撃でも受ければ死ぬ可能性がある。
ここは、剣の戦いではなく魔法の戦いなのだ。――僕の土俵に持ち込まない限り、簡単には勝たせてもらえないだろう。
けれど、僕は僕でいくらでもやりようがある。隙があろうがなかろうが、つかず離れずの距離を取って放つインビジブル。
ルーサにはやはり届かないが、彼女は常に『魔力の障壁』を作り出しているわけではない。
僕のインビジブルを何発も防ぐだけの硬さを維持したものを、瞬時に作り出しているのだ――そんなこと、延々と続けられるはずもない。
「最終的には、アタシの方の集中が途切れて負ける――それを狙っているのかナ?」
「どうだろうね。中々、あなたには隙がないようだから」
「当然だよ。君のような強い相手に油断はしないサ。けれど、そうだナ……君を追いかけても捉えることはできないだろうし、このままだとじり貧なのはアタシの方かもしれない。それなら――やるべきことは一つかナ」
ルーサが槍を天に向かって掲げた。
その動きに、僕は足を止める。
槍先に、魔力が集約していくのが分かる。
先ほどまでとは比にならない熱量――『それ』が作り出されるのに、それほど時間はかからなかった。
「なんだ、あれは……」
ぽつりと、一人の騎士が呟いた。
ルーサが作り出したのは、『太陽』と言える程に輝かしい球体。
その熱は、周囲の瓦礫が熱によって赤く変化するほど。
狙っているのは僕ではなく、カシェルの方だ。
「……っ」
カシェルが怯えた表情でルーサを見る。
そんなカシェルの様子を見て、にやりとルーサは笑みを浮かべた。
「ふふっ、それだよ。アタシが見たかった表情はサ。ところで、アルタ・シュヴァイツ君。君は――この魔法を防げるのかナ?」
「……なるほど」
僕はすぐに、カシェルと騎士達の前まで動く。
僕一人だけなら、逃げることも難しくはないだろう。
だから、彼女はあえてカシェルの方を狙ったのだ。――僕を諸共に葬り去るために。
「あ、あんなの防げるわけがない……」
「ははっ、クソ……」
僕の後ろでは、騎士達が絶望して言葉を漏らす。
そんな中、カシェルだけが僕の方に近づいて、声をかけてきた。
「き、君だけなら……逃げ切れるんじゃないのか?」
「そうですね。逃げるのはそこまで難しくはないと思います。彼女もそれが分かって、あなたを狙っていますから」
「だ、だったら……ボクのことは、いい。君だけでも、逃げろ」
カシェルの言葉を聞いて、僕は思わず振り返る。
確かに、ルーサの言う通り、カシェルは怯えた表情を見せている。
けれど、それでも――彼女は絞り出すように言った。
「どうせ助からないのなら……ルーサに勝てる者が残るべきなんだ。彼女があんなに強いなんて、ボクは……」
「カシェル様。僕は騎士ですから、一人だけ逃げるということはしません。あなたからは聞きたいこともありますし」
「あれを食らったらおしまいだぞ!?」
「ふふ……はははははっ! どっちでもいいけれど、まあ……話し合いならあの世でしてくれないかナ――《フェル・フレア》」
ルーサが槍を振るう。それに呼応するように、『輝く球体』も真っ直ぐ僕達の方へと向かってくる。
僕が懐から取り出すのは、《簡易召喚術》を使用するための紙。
銀色の輝きが広がり、次の瞬間――周囲は爆風に包まれた。






