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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第四章 《恋知らぬ少女》編
144/189

144.《紅蓮の魔女》

 見た目はやはり少女と言えるが、向けられる殺意は少女のものではない。

《紅蓮の魔女》と自ら名乗ったルーサは、その名に反して燃え盛る槍を構える。

 刃も柄も全て炎でできているためか、凄まじい熱量を帯びていることが僕から見ても分かる。


「魔女と名乗っておきながら、僕と直接やり合うつもりか?」

「まずは小手調べというところだよ。君が強いことはアタシもよーく知っているからサ」

「小手調べか」


 その言葉に応じるように、僕は右腕を振るう。

 魔力を帯び、作り出すのは風の刃――《インビジブル》。

 剣速だけで言えば僕の持つ剣術の中でも相当に早く、何より目では見えないものだ。

 ただの魔導師であれば、簡単に首を飛ばすこともできるだろう。

 しかし、僕の刃は彼女には届かなかった。


「!」


 空気の破裂するような音が周囲に響き、ルーサの前でインビジブルは消滅する。

 槍で防がれたわけではない――彼女の前には、『魔力の障壁』が作り出されていた。


「ふふっ、簡単にはいかないサ」

「……なるほどね」


 少なくとも、僕がインビジブルを繰り出すまでに『魔力の障壁』は存在しなかった。

 彼女が僕の攻撃に反応して瞬時に作り出したということが分かる。

 ルーサの実力が、それだけで逸脱していることが僕には理解できた。


「さて、それじゃあ今度はアタシから行こうかナ」


 ルーサが一歩踏み出した。

 すると、控えていた騎士達が動き出す。


「カ、カシェル様をお守りしろ!」


 動揺はしているようだが、やはり騎士なのだろう。

 数名がカシェルを守るように動き出し、二人が先行してルーサの方へと駆け出していく。


「ダメだ――」


 僕の制止の言葉が届く前に、二人の騎士は剣を振り上げる。


「おおおおおおッ!」

「勇ましいね。さすがはこの国の騎士だ。しかし、無意味ではあるね」

「は――あああああああああああっ!」


 振り下ろした刃は、刀身を失っていた。ドロリと液体のように溶けてしまった刀身。さらに身体を貫かれ、瞬時に燃え盛る。

 もう一人の剣は『魔力の障壁』を剣で防がれ、槍で貫かれようとする。

 すぐに僕は動き出した。

『炎の槍』に対して放つのはインビジブル。騎士に届く前に弾き、僕はルーサとの距離を詰める。

 ルーサが僕の方を見た。


「近づいたところで意味はないサ」


 僕の方に槍を向ける。

 金属で作られた剣を簡単に溶かす程の熱量。ルーサの作り出した『炎の槍』は、触れるだけでも人間を殺す力を持っている。

 絶対的に剣士に対して有利の取れる武器と言えるだろう。

 あるいは、僕の《碧甲剣》であれば……魔力の流れを分断することで防ぐことができるかもしれない。異常な熱量に対抗できるだけの耐性もある。

 しかし、今は僕の手元にはない。――唯一、呼び出せば使えるのは《銀霊剣》だ。……けれど、ここでは人目が多すぎるか。

 僕はルーサに対しインビジブルを放つ。

 続けざまに三撃。いずれも彼女に届くことはなく、『魔力の障壁』によって阻まれる。

 ルーサが、僕に向かって槍を突き出した。

 地面を蹴って、右側へと跳ぶ。攻撃を回避して、様子見をするように周囲を駆ける。


「さすがに早いね。アタシの隙を窺っているのかナ」

「そうだね。どうすべきか考えてる」


 僕は素直に答えた。

 ――魔導師との戦闘は、幾度となく繰り返してきた。彼らは距離を取った戦闘を好み、基本的には近づいての戦いを嫌う。

《剣聖》と呼ばれたラウル・イザルフにとっては、面白みもない相手であった。距離を詰めて斬り伏せればそれで終わりなのだから。

 僕の剣術に反応できる者も、ほとんど存在はしなかった。――だが、少なくとも彼女は違う。

 僕の攻撃を防ぐことができる魔導師であり、こちらは一撃でも受ければ死ぬ可能性がある。

 ここは、剣の戦いではなく魔法の戦いなのだ。――僕の土俵に持ち込まない限り、簡単には勝たせてもらえないだろう。

 けれど、僕は僕でいくらでもやりようがある。隙があろうがなかろうが、つかず離れずの距離を取って放つインビジブル。

 ルーサにはやはり届かないが、彼女は常に『魔力の障壁』を作り出しているわけではない。

 僕のインビジブルを何発も防ぐだけの硬さを維持したものを、瞬時に作り出しているのだ――そんなこと、延々と続けられるはずもない。


「最終的には、アタシの方の集中が途切れて負ける――それを狙っているのかナ?」

「どうだろうね。中々、あなたには隙がないようだから」

「当然だよ。君のような強い相手に油断はしないサ。けれど、そうだナ……君を追いかけても捉えることはできないだろうし、このままだとじり貧なのはアタシの方かもしれない。それなら――やるべきことは一つかナ」


 ルーサが槍を天に向かって掲げた。

 その動きに、僕は足を止める。

 槍先に、魔力が集約していくのが分かる。

 先ほどまでとは比にならない熱量――『それ』が作り出されるのに、それほど時間はかからなかった。


「なんだ、あれは……」


 ぽつりと、一人の騎士が呟いた。

 ルーサが作り出したのは、『太陽』と言える程に輝かしい球体。

 その熱は、周囲の瓦礫が熱によって赤く変化するほど。

 狙っているのは僕ではなく、カシェルの方だ。


「……っ」


 カシェルが怯えた表情でルーサを見る。

 そんなカシェルの様子を見て、にやりとルーサは笑みを浮かべた。


「ふふっ、それだよ。アタシが見たかった表情はサ。ところで、アルタ・シュヴァイツ君。君は――この魔法を防げるのかナ?」

「……なるほど」


 僕はすぐに、カシェルと騎士達の前まで動く。

 僕一人だけなら、逃げることも難しくはないだろう。

 だから、彼女はあえてカシェルの方を狙ったのだ。――僕を諸共に葬り去るために。


「あ、あんなの防げるわけがない……」

「ははっ、クソ……」


 僕の後ろでは、騎士達が絶望して言葉を漏らす。

 そんな中、カシェルだけが僕の方に近づいて、声をかけてきた。


「き、君だけなら……逃げ切れるんじゃないのか?」

「そうですね。逃げるのはそこまで難しくはないと思います。彼女もそれが分かって、あなたを狙っていますから」

「だ、だったら……ボクのことは、いい。君だけでも、逃げろ」


 カシェルの言葉を聞いて、僕は思わず振り返る。

 確かに、ルーサの言う通り、カシェルは怯えた表情を見せている。

 けれど、それでも――彼女は絞り出すように言った。


「どうせ助からないのなら……ルーサに勝てる者が残るべきなんだ。彼女があんなに強いなんて、ボクは……」

「カシェル様。僕は騎士ですから、一人だけ逃げるということはしません。あなたからは聞きたいこともありますし」

「あれを食らったらおしまいだぞ!?」

「ふふ……はははははっ! どっちでもいいけれど、まあ……話し合いならあの世でしてくれないかナ――《フェル・フレア》」


 ルーサが槍を振るう。それに呼応するように、『輝く球体』も真っ直ぐ僕達の方へと向かってくる。

 僕が懐から取り出すのは、《簡易召喚術》を使用するための紙。

 銀色の輝きが広がり、次の瞬間――周囲は爆風に包まれた。

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 同僚を見捨てる事の出来ないアルタをルーサは的確に攻撃し(><) 唯一の対処手段は衆目の目を気にし使えないのか? ラストの描写から使用不可避と判断? いよいよ正体ばれか?…
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