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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第四章 《恋知らぬ少女》編
143/189

143.裏切り

 魔物と魔導師――それぞれに対応しながら、僕は目的地へと駆ける。

 クロエは姿の見えた騎士団の者のところへと向かわせた。

 あとは、僕ができるだけ早くここを攻略するだけだ。

 ここが終わればイリスの元へと向かうつもりであったが、クロエの話が真実なら、イリスのところにはマリエルが向かっているだろう。……次のことを考えるよりは、まずここを攻略することに集中しよう。

 だんだんと張り巡らされた結界に近づくと、魔導師の数も増えていく――そう予想していたのだが、実際には逆であった。

 むしろ、先ほどより魔導師の姿はない。

 遠くからは魔物の声が響いてくるが、この一帯だけまるで別の空間であるかのようであった。

 僕は足を止めて、その元凶を向き合う。


「あなたが、ここで結界を張る魔導師の一人ということでいいのかな?」

「ふふっ、その通りサ。よく来たね――アルタ・シュヴァイツ君」


 少女の声が、耳に届く。

 ローブに身を包んだ少女が、たった一人で僕のことを待ち構えていた。


「僕のことは知っているのか」

「当たり前だろう? 君は有名人サ――だって、剣客衆を一人で何人も打ち倒した、王国最年少の騎士……少し前までは、噂程度のレベルだったみたいだけど。今は大分知られているよ?」

「それなら、話早い。知っての通り、僕は騎士だからね。降伏してここの結界を解除するか、それとも僕と戦うか、どちらか選ぶといい」

「おやおや、それが騎士道精神というやつなのかナ? ふふっ、それなら聞かなくても答えは分かっているだろう?」


 口元を歪ませて笑みを見せる少女。

 僕が今まで会った『敵』の中でも、かなり異質な雰囲気を漂わせている。

 離れていてもそれが分かったからこそ、僕はここを選んだつもりだったが、どうやら正解だったようだ。

 彼女の答えが開戦の合図となる――


「よし、結界は解除しようじゃないか!」


 はずだった。


「……何だって?」


 僕は思わず聞き返してしまう。

 今の状況で、そんな返答があるとは思いもしなかったからだ。


「だ、か、ら、結界は解除すると言っているのサ。これって維持するのも結構疲れるしね。そんな面倒なことをいつまでも、していたくないんだよ」

「それはつまり、降伏すると言うことでいいのかな?」

「いやいや、それは違うよ。アタシの役目はこれからサ」

「! これから……?」

「その通りサ。丁度、やってきたところみたいだよ」


 少女が僕の後方に視線を送るような仕草を見せる。

 やってきたのは、数名の騎士を連れたカシェル・ラーンベルクだ。


「やっと追いつくことができたよ。まさかもう敵の親玉まで――辿り着いているとは」


 カシェルが一瞬、言葉を詰まらせた。

 僕はちらりと彼に視線を送り、問いかける。


「もしかして知っている方ですか?」

「いや――」

「ふふっ、つれないことを言わないでおくれよ、『お姫様』。君は仮にも《ブルファウス》の頭目じゃないか。まあ、お飾りではあるけれどね」


 少女の言葉に、周囲の騎士達にも動揺が走る。

 ブルファウス――それは、最近話題となっている魔法教団の名前だ。

 その頭目がカシェルだと少女が言っているのだから、驚くのも無理はないだろう。


「な……馬鹿なことを言うな。何故、ボクが君達のような奴らと……」

「それは君が一番理解していることじゃないか。ブルファウスは違法な魔法実験も行うことができる組織――そして、そこで上手くいった研究は、《魔法協会》の方で正式に発表するというね。だから、二つの組織を運営しているんだろう。けれど、君の懐刀であるファーレン・トーベルト卿は君を裏切ったのサ」

「――ファーレンが……?」


 ファーレンという名を聞いて、カシェルが大きく動揺した。

 僕もその名は知っている――元々は魔法の研究を中心としていた騎士の家系であるトーベルトにおいて、その道を外れた男。

 魔法協会に所属しているという話は聞いていたが、今の少女の話を聞く限りでは、魔法協会と教団はいずれにも所属している者が多い、ということか。


「惚けたって無駄だと思うよ。だからさ、カシェル様も正直に話そうじゃないか」

「……なら、これはどういうつもりなんだ、ルーサ。ボクは何も聞いていない!」


 ルーサというのは少女の名前だろう。

 カシェルが怒りに満ちた表情で言い放つ。

 そんなカシェルの言葉を聞いて、ルーサは突然大声で笑い始める。


「あはははははははははっ! さっき聞いてなかったのかナ? 君はファーレンに捨てられたんだ。だから、彼はこの作戦を決行して、イリスを人質にしようとした」

「イリスを人質にだって……? そんなことをしなくたって――」

「『秘密を握った』? それでもトーベルト卿がこの計画を実行したのは、君のことなんて信頼してないってことなんじゃないかナ?」

「……だから、君もボクを裏切ったということか」

「それは違うね。アタシは初めから、君の味方なんかじゃないよ――『お姫様』」

「ボクをそう呼ぶのはやめろ……」

「何故だい? 君は『女の子』なんだから、間違った呼び方ではないじゃないか」

「――」


 その言葉に、やり取りを聞いていた僕も驚く。

 カシェル・ラーンベルクは女の子。

 そうなると、そもそも今回の婚約話自体――最初から成り立つものではなかったことになる。


「お前……っ! そのことをどうして……!」

「ふふっ、さあ? トーベルト卿から聞いたんだったかナ」

「ふざけるなッ!」


 ルーサの言葉を聞いて、動き出したのはカシェルの方だ。

 感じられるのは高い魔力。ラーンベルク家が魔導師として優秀な家柄だったとしても、カシェルが別格であるということが分かる。

 ルーサの周囲の地面が盛り上がり、魔法が発動する――だが、次の瞬間、盛り上がった地面がことごとく爆破されていった。


「な……っ」


 カシェルがその光景を見て、言葉を失う。

 カシェル以上に――別格な魔力を持つ者が、目の前にいたからだ。


「やっぱり、君は『怯えた表情』の方が似合うと思うよ。カシェル様」

「……っ」


 カシェルが後退りをする。

 異様なまでの威圧感。この空気に、騎士達も気圧される。

 僕はそんな中、カシェルの前に立った。


「ア、アルタ……?」

「一先ず状況の確認は後でさせてもらうけれど、一つ分かっていることがある。あなたが敵であるということだ」

「おやおや、そう言われるとそうかもしれないナ。まあ、どのみち君はアタシ達の邪魔になるだろうから……ここで消えてもらってもいいかもしれないね。この《紅蓮の魔女》――ルーサ・プロミネートが始末しておこうじゃないか」


 ローブを脱ぎ捨てると、真紅と表現できる長い髪が目に入る。

 魔力で作り出された炎の槍を持ったルーサと、僕は対峙した。

5/22にコミカライズ版の2話が更新されました!

宜しくお願い致します!

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 相対する相手の内情暴露で無血攻略かと思いきや、将来の禍根と認定のアルタへ牙を剥くルーサ・・・・ 果たして、奥の手を出さないまま制圧出来るのか? そしてまさかのお見合い…
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