143.裏切り
魔物と魔導師――それぞれに対応しながら、僕は目的地へと駆ける。
クロエは姿の見えた騎士団の者のところへと向かわせた。
あとは、僕ができるだけ早くここを攻略するだけだ。
ここが終わればイリスの元へと向かうつもりであったが、クロエの話が真実なら、イリスのところにはマリエルが向かっているだろう。……次のことを考えるよりは、まずここを攻略することに集中しよう。
だんだんと張り巡らされた結界に近づくと、魔導師の数も増えていく――そう予想していたのだが、実際には逆であった。
むしろ、先ほどより魔導師の姿はない。
遠くからは魔物の声が響いてくるが、この一帯だけまるで別の空間であるかのようであった。
僕は足を止めて、その元凶を向き合う。
「あなたが、ここで結界を張る魔導師の一人ということでいいのかな?」
「ふふっ、その通りサ。よく来たね――アルタ・シュヴァイツ君」
少女の声が、耳に届く。
ローブに身を包んだ少女が、たった一人で僕のことを待ち構えていた。
「僕のことは知っているのか」
「当たり前だろう? 君は有名人サ――だって、剣客衆を一人で何人も打ち倒した、王国最年少の騎士……少し前までは、噂程度のレベルだったみたいだけど。今は大分知られているよ?」
「それなら、話早い。知っての通り、僕は騎士だからね。降伏してここの結界を解除するか、それとも僕と戦うか、どちらか選ぶといい」
「おやおや、それが騎士道精神というやつなのかナ? ふふっ、それなら聞かなくても答えは分かっているだろう?」
口元を歪ませて笑みを見せる少女。
僕が今まで会った『敵』の中でも、かなり異質な雰囲気を漂わせている。
離れていてもそれが分かったからこそ、僕はここを選んだつもりだったが、どうやら正解だったようだ。
彼女の答えが開戦の合図となる――
「よし、結界は解除しようじゃないか!」
はずだった。
「……何だって?」
僕は思わず聞き返してしまう。
今の状況で、そんな返答があるとは思いもしなかったからだ。
「だ、か、ら、結界は解除すると言っているのサ。これって維持するのも結構疲れるしね。そんな面倒なことをいつまでも、していたくないんだよ」
「それはつまり、降伏すると言うことでいいのかな?」
「いやいや、それは違うよ。アタシの役目はこれからサ」
「! これから……?」
「その通りサ。丁度、やってきたところみたいだよ」
少女が僕の後方に視線を送るような仕草を見せる。
やってきたのは、数名の騎士を連れたカシェル・ラーンベルクだ。
「やっと追いつくことができたよ。まさかもう敵の親玉まで――辿り着いているとは」
カシェルが一瞬、言葉を詰まらせた。
僕はちらりと彼に視線を送り、問いかける。
「もしかして知っている方ですか?」
「いや――」
「ふふっ、つれないことを言わないでおくれよ、『お姫様』。君は仮にも《ブルファウス》の頭目じゃないか。まあ、お飾りではあるけれどね」
少女の言葉に、周囲の騎士達にも動揺が走る。
ブルファウス――それは、最近話題となっている魔法教団の名前だ。
その頭目がカシェルだと少女が言っているのだから、驚くのも無理はないだろう。
「な……馬鹿なことを言うな。何故、ボクが君達のような奴らと……」
「それは君が一番理解していることじゃないか。ブルファウスは違法な魔法実験も行うことができる組織――そして、そこで上手くいった研究は、《魔法協会》の方で正式に発表するというね。だから、二つの組織を運営しているんだろう。けれど、君の懐刀であるファーレン・トーベルト卿は君を裏切ったのサ」
「――ファーレンが……?」
ファーレンという名を聞いて、カシェルが大きく動揺した。
僕もその名は知っている――元々は魔法の研究を中心としていた騎士の家系であるトーベルトにおいて、その道を外れた男。
魔法協会に所属しているという話は聞いていたが、今の少女の話を聞く限りでは、魔法協会と教団はいずれにも所属している者が多い、ということか。
「惚けたって無駄だと思うよ。だからさ、カシェル様も正直に話そうじゃないか」
「……なら、これはどういうつもりなんだ、ルーサ。ボクは何も聞いていない!」
ルーサというのは少女の名前だろう。
カシェルが怒りに満ちた表情で言い放つ。
そんなカシェルの言葉を聞いて、ルーサは突然大声で笑い始める。
「あはははははははははっ! さっき聞いてなかったのかナ? 君はファーレンに捨てられたんだ。だから、彼はこの作戦を決行して、イリスを人質にしようとした」
「イリスを人質にだって……? そんなことをしなくたって――」
「『秘密を握った』? それでもトーベルト卿がこの計画を実行したのは、君のことなんて信頼してないってことなんじゃないかナ?」
「……だから、君もボクを裏切ったということか」
「それは違うね。アタシは初めから、君の味方なんかじゃないよ――『お姫様』」
「ボクをそう呼ぶのはやめろ……」
「何故だい? 君は『女の子』なんだから、間違った呼び方ではないじゃないか」
「――」
その言葉に、やり取りを聞いていた僕も驚く。
カシェル・ラーンベルクは女の子。
そうなると、そもそも今回の婚約話自体――最初から成り立つものではなかったことになる。
「お前……っ! そのことをどうして……!」
「ふふっ、さあ? トーベルト卿から聞いたんだったかナ」
「ふざけるなッ!」
ルーサの言葉を聞いて、動き出したのはカシェルの方だ。
感じられるのは高い魔力。ラーンベルク家が魔導師として優秀な家柄だったとしても、カシェルが別格であるということが分かる。
ルーサの周囲の地面が盛り上がり、魔法が発動する――だが、次の瞬間、盛り上がった地面がことごとく爆破されていった。
「な……っ」
カシェルがその光景を見て、言葉を失う。
カシェル以上に――別格な魔力を持つ者が、目の前にいたからだ。
「やっぱり、君は『怯えた表情』の方が似合うと思うよ。カシェル様」
「……っ」
カシェルが後退りをする。
異様なまでの威圧感。この空気に、騎士達も気圧される。
僕はそんな中、カシェルの前に立った。
「ア、アルタ……?」
「一先ず状況の確認は後でさせてもらうけれど、一つ分かっていることがある。あなたが敵であるということだ」
「おやおや、そう言われるとそうかもしれないナ。まあ、どのみち君はアタシ達の邪魔になるだろうから……ここで消えてもらってもいいかもしれないね。この《紅蓮の魔女》――ルーサ・プロミネートが始末しておこうじゃないか」
ローブを脱ぎ捨てると、真紅と表現できる長い髪が目に入る。
魔力で作り出された炎の槍を持ったルーサと、僕は対峙した。
5/22にコミカライズ版の2話が更新されました!
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