141.援軍
イリスは《紫電》を握り、町中を駆けていた。
空から降り立つ魔物に対し、迷うことなく雷撃を放つ。
――雷撃を受け怯んだ魔物を、一振りで両断する。
「イリス様! 単独で前に出られては危険ですっ」
「!」
後方からイリスを追う騎士の声を聞き、足を止める。
ちらりとイリスは振り返り、やってくる騎士を見据えた。
「我々と共に行動を。あなた様にもしもことがあれば……」
「私は平気です。それより、この周辺をお任せしてもよいですか?」
「この周辺って――っ!」
イリスの言葉を聞いて、騎士も気付いたようだ。
この一帯は、魔物によって支配されつつある。
上空に出来上がった『入口』から、どんどん魔物がやってきているのだ。
これだけの量を集めたのか、あるいは魔物の巣窟に繋いでいるのか……それは分からない。
ただ、すぐにでもこの状況を打破しなければならないのは、間違いなかった。
「私は先生と同じ《黒狼騎士団》に所属するあなた達のことを信じます。ここは、あなた達に任せますから」
「し、しかし……っ」
「あなたは貴族を守るために騎士になったのですか? 私は――皆を守るためにここにいます」
そこまで宣言すると、騎士は押し黙った。
イリスの覚悟は伝え終えた――もう、騎士の言葉で立ち止まるようなことはしない。
ちらりと、イリスは足元を見る。
ドレスに合うようにと、ウェルマンが用意してくれたヒールだった。
「着替えてくればよかったわね」
イリスはその場でヒールを脱ぎ捨てると、素足のままで目的地を見据える。
わずかに姿勢を低くして構える。
「すぅ――」
小さく息を吸う。目を瞑り、意識を集中させる。
イリスが目指す場所は一つ。ここからまだ数百メートルは距離がある。
そこに、この結界を作り出した魔導師がいる。
待ち構えている敵も、まだ数が多い。
迅速に、そして確実に――イリスはここを攻略しなければならない。
「参ります」
言葉と共に、イリスは地面を蹴った。
全身に雷撃を纏い、音を立てながら加速していく。
イリスの姿を見た魔物が襲い掛かろうとするが、近づいた傍から雷撃によって打ち落とされていく。
自らの身体をまるで『魔法』のようにする移動法――『雷身』。
魔力の消費は激しいが、イリスはそれを顧みるようなことはしない。
真正面から敵を打ち倒す……それが、イリス・ラインフェルという少女であり、《剣聖姫》であった。
「……っ、来たぞ!」
魔物の包囲網を抜け、次にイリスの前に立ちはだかるのは、魔導師の軍勢。
建物の陰、屋根の上、正面――あらゆるところに控えていた魔導師達が姿を現す。
イリスはそのまま、迷いなく真っ直ぐ駆け抜ける。
正面に立つ魔導師達が魔法を使う前に抜けていく。
抜けた後を魔導師達が追いかけてくるが、それも気にしない。
イリスの方に意識が集中するのならば、むしろ好都合だ。
この魔導師達を束ねる者が、この先にいる。
そして、その者のところへたどり着かせないようにと、魔導師達が追いすがる。
イリスは――さらに加速した。
「な、なんて速さだ……!? これが、剣聖姫の――」
驚く言葉すらも、イリスは置き去りにしていく。
やがて、イリスは一つの人影を見つけ、足を止める。
後方から追いかけてくる者達の気配を感じるが、イリスはそちらに視線を向けることなく、前方の男を見た。
「予想よりも早い到着だ。イリス・ラインフェル」
「……あなたは確か――ファーレン・トーベルト……?」
「覚えているか、この私を」
随分と前のことだが、一度イリスは目の前の男――ファーレンと顔を合わせたことがある。
それ以前に、ファーレンの父は騎士であり、イリスが尊敬する人物の一人でもあるからだ。……息子の彼は、騎士にならなかったが。
「あなたが、ここにいるということは……」
「その通り。私がこの結界を作り出した一人であり、今は《魔法教団》――《ブルファウス》の頭目をしている」
「……! 魔法、教団? あなたは《王国魔導協会》に所属しているはずでしょう」
王国にも非公式ではあるが、存在している魔法技術に関する組織。
その存在が認められないのは、王国が独自に進める魔法技術に比べると、技術的に危険の伴うものが多いからだ。
肉体的に魔力を無理やり引き上げて、『本来ならば魔導師として才能のない者を魔導師とする』など……表に流れている情報だけでも到底認められるようなものではない。
「魔導協会か――それは表向きの顔だ。魔導協会は正式にはこの国に認められていない組織。ラーンベルク家が立ち上げた組織ではあるが……彼らのやり方は生ぬるい。いつまで経っても、この国で魔導協会が認められることはないだろう。いつまで経っても、魔法の技術が進展することはない」
「だから、こんなことをしたと言うの? 魔法技術が認められないからと言って、魔法でこんなことをすれば――」
「意味がない、か? 意味はあるさ。我々にはこの国の力を脅かす力がある……それを知らしめることができるのだからな。そして、イリス・ラインフェル――お前は人質だ」
「私が人質?」
「そうだ。カシェル・ラーンベルクはお前を取り入れようとしたようだが、『やはり』断られた。故に、初めからこの計画は今日、実行されるものだっただけだ」
「実行されるものだった? あなたの行為は、ラーンベルク家どころか、この国を裏切る行為よ」
「違うな……この国のためだ。だが、お前に話したところで理解できないだろう、イリス・ラインフェル。お前はまだ若く、何も知らない小娘に過ぎないのだからな」
「……何も知らない、ね。確かに私は、まだ子供かもしれないわ。けれど、たとえ『王国のため』だったとしても、あなたの行為は許されるものではない。それだけは断言できるわ。だから――私が止める」
イリスは紫電の剣先を向けて、構えた。
ファーレンは目を細めて、小さく嘆息をする。
「私の話に付き合った時点で、お前は子供だと言うのだ。ここまで来るのに戦った魔導師はたいしたことがないと思って油断したか? 甘く見るなよ。我々は――この国のために魔法を磨いてきたのだ」
「!」
ファーレンの前に、数名の魔導師が姿を現す。
さらに、イリスを取り囲むように、次々と人影がやってきた。
すでに魔法を発動する準備が整っているのか、周囲から感じられる魔力は――生半可なものではない。
「私一人に、随分な人数ね」
「剣聖姫……お前の実力は認めている。だからこそ、これだけの戦力が必要だと考えた」
「いいわ。私一人でも相手に――っ!」
イリスが言葉を詰まらせる。
突如感じた気配に、イリスは言い知れぬ恐怖を覚えた。
「……? どうした」
ファーレンは気付いていない。
だが、すぐに理解することになった。
イリスを包囲していた魔導師達が、次々と『斬られて』倒れていく。
「なっ、なんだ……!? ぐあっ!?」
「――ふふっ、いけないことをするのね? トーベルト家の人間は」
「……お前は」
イリスとファーレンの前に降り立ったのは、一人の女性。イリスも、女性のことはつい先日知ったばかりだ。
「マ、マリエルさん!? それに、その剣は……」
「少しぶりね、イリスちゃん。今はあなたに加勢してあげるわ」
アルタの姉であるマリエル・シュヴァイツ。
――手に握るのは刀身のない剣、《鋼糸剣》
――腰に下げるのは刀身が伸びる剣、《百足》。
いずれもアルタの倒した《剣客衆》の使っていた剣を携えて、彼女は姿を現したのだ。
5/8(金)より、ガルドコミックにて本作品のコミカライズ連載が開始されることとなりました。
web版連載も含めて、コミカライズ版もよろしくお願い致します!






