139.信じるということ
結界攻略のためのメンバー分けが決まり、僕はカシェルと数名の騎士を連れて現場へと向かっていた。
イリスとアリアは《フェンコール》側――つまり、《黒狼騎士団》の管轄だ。連れているメンバーも現場にいた数名の黒狼騎士団を選出している。
他方、僕はカシェルがいるために、連れているのは《聖鎧騎士団》所属の騎士だ。
僕の話も噂程度にしか聞いたことないかもしれない。
けれど、階級的には僕が一番上になる――ヘイロンの指示とカシェルの存在もあって、僕の小隊は成り立っていた。
空からやってきているのは、飛翔する魔物ばかり。
だが、すでにヘイロンからの命令を受けて、民衆の避難は始まっていた。
……それでも、結界の外に出られない以上は安全な場所などないのだが。
「ここで何匹か落とします。皆さんも各自、遊撃しつつ前進をお願いします」
僕はそれだけ言い残すと、近くの建物の方まで近づき――そのまま駆け上がる。
「おお……!?」
「壁を!?」
驚きの声が上がるが、僕は気にすることなく、屋上へと上がった。
飛翔する魔物も僕の方に気付き、何体か近づいてくる。
放つのは、《インビジブル》。
多少の距離ならばカバーでき、飛翔する魔物も捉えることができる。
狙うのは羽ではなく……首。鳥や蝙蝠などの姿をした魔物の首を、次々と刎ね飛ばしていく。――魔物自体はそれほど強くはないようだ。
この程度なら、イリスやアリアが苦戦することはまずないだろう。
問題となるのはこの先……おそらく待ち構えているだろう魔導師達だ。建物の屋上を移動しながら、何体かの魔物を打ち倒し、小隊へと合流する。
「なるほど……これがアルタ・シュヴァイツの実力かい」
声をかけてきたのはカシェルだ。
彼も魔法を使用して、何体か魔物を打ち落としているところを見た。
――魔導師として、実力があるのは確かなのだろう。魔物を目にしても、怯える様子は見えない。
「カシェル様も見事です」
「世辞はいらないよ。ここに来たのは、君の実力を見ておきたいというボクの我儘でもあるからね」
「僕の実力、ですか」
「ああ――イリスの護衛の実力を、ね。それと、他にも聞いておきたいことがある」
「何です?」
ヒュンッと空に一撃を放ち、魔物を打ち落としながら聞き返す。
カシェルもまた、空に向けて魔法を放つ。
「《ロック・ランス》っ!」
岩の槍が地面から盛り上がり、次々と射出される。
地上から放たれた槍は魔物の身体を打ち抜いていく――精度もかなり高い。
「君とイリスの関係は……護衛だけなのかな?」
「! それはどういう意味ですか?」
カシェルの問いかけは、何やら意味ありげなものだった。
僕とイリスの関係――それは、護衛だけではない。学園の講師と生徒の繋がりであり、そして剣の師匠と弟子。
多くの関係はあるが、それ以外に目立った関係はないはずだ。
「単刀直入に聞くと、君がイリスのことをどう思っているのか……それが聞きたい」
「イリスさんのことを? まあ、隠すようなことではないので、彼女は現在、僕の生徒ではありますが」
「それもすでに承知しているよ。――君も、イリスのことが好きなのかなって」
「……? それは彼女の人柄の話ですか?」
「恋人として、だよ」
動きを止めることはないが、カシェルの質問は僕には理解できないものであった。
まず、「イリスも」というところ。
それではまるで、『イリスが僕のことを好き』と言っているようだ。
そんな話がどこから出てくるのかも分からないし、まずイリスが言うとも思えない。
カシェルは、何を僕に聞きたいのだろう。
――まさか、イリスが婚約話を断るのに『好きな人がいる』とでも言ったのだろうか。
それはそれで、大きなスキャンダルになってしまう問題だが。
「何が聞きたいのか分かりませんが、僕は彼女の護衛という役割以上はないですよ」
「そうか。まあ、直接聞いても答えにくいことではあるだろう。けれどね――一つだけ。これから、イリスがボクのモノになれば……君もボクの下につくことになる。それは覚えておくようにね」
カシェルはまるで、イリスを支配下におけると確信したような物言いだ。
こればかりはイリスに確認しなければならないが、先ほどの雰囲気を見る限りイリスが弱みを握られたとも思えない。――それと、一先ず分かったこともある。
「カシェル様、僕との話はこれで終わりですか?」
「! それは……そうだね」
「でしたら、僕は少し先行させていただきます。早めにここは攻略しておきたいので。他の騎士はカシェル様の護衛を。何かあれば、僕も下がりますから」
そこまで指示を出して、僕は一人駆け出す――今の状況では、如何に結界を早く攻略できるかが、町の安全を確保するかに繋がる。
イリスとカシェルの件については、一先ず後回しだ。
次々と降り立ってくる魔物達を始末しながら、僕は目的地へと近づいていく。
この速度なら、他の場所の援護にもすぐ駆け付けられるかもしれない。――そう楽観視したいところだが、僕がここを選んだのにも、理由がある。
異様な気配を感じられるのが、二か所。
僕が向かっている場所ともう一つ、イリスの向かったところだ。
場合によっては、イリスのところにも駆け付けなければならない可能性もある。
「ここは、絶対に通さないわよっ!」
「っ!」
――目的地に向かう途中で、僕の耳によく知った声が届く。
見れば、建物の前で入口を守るようにして、クロエが剣を構えていた。
……どうやら、クロエもこの状況に巻き込まれてしまったらしい。
「ルェッ!」
「……っ!」
クロエが剣の柄を強く握る――彼女も剣の修行をしているようだが、その手は震えていた。
まだ、魔物と戦う経験もないのだろう。
僕はすぐに、クロエに向かおうとする魔物達に《インビジブル》を放つ。
「――え?」
呆気に取られた表情を見せるクロエの前で、僕は足を止める。
「お兄――アルタ!? い、今の……あんたが?」
「ああ。クロエはここに一人か? 義姉さんは――」
「あ、あんたこそ……どうしてここに一人でいるのよ!? イリス様の護衛はどうしたの!」
詰め寄るようにして、クロエが声を荒げる。
僕は思わず驚いて、彼女のことを見た。
「落ち着いて。イリスさんと僕は今、別行動だ」
「は……な、何でよ。忠告したでしょ、守らないとダメだって」
「……それは、今の状況に関わりがある話か?」
「っ! ち、違うわよ! こんなの、わたしだって何が何だか分からないし! けど、護衛のあんたがどうしてイリス様を一人にしたのよ!?」
「クロエ、君が知っていることを話してくれ。今、この魔物が町を襲っている状況はすぐに片付けないといけない。けれど、君がどうしてイリスさんを守れなんて、そこまで焦るんだ? 君は何を知っている?」
「それは……」
迷った表情を見せるクロエ。
だが、やがて意を決した表情を見せて、クロエが言い放つ。
「マリエル姉さんが……『イリス様を試す』って言って、騎士団から剣を借りたの」
「義姉さんが……?」
それは思いもよらない言葉であった。
イリスを試す――いや、その話を聞くと、マリエルがここにやってきた理由も何となく想像がつく。
何より、騎士団から剣を借りた……この事実は、レミィルも僕にマリエルと会っていることを隠していたことになる。
(団長め……知ってて言わなかったな。まあ、さすがにこうなるとは思わなかったんだろうけど)
「と、とにかく! すぐにイリス様のところに行って!」
「義姉さんも状況が状況だからね。少なくとも、解決するまでは協力してくれると思うよ」
「そうかもしれないけど――」
「それに、今は君を守ることの方が先決みたいだ」
「え――きゃっ!?」
クロエの身体を引いて、僕の後ろに控えさせる。
――放たれたのは、数発の火球。
どうやら、この事件を引き起こした者達が仕掛けてきたようだ。
僕はその火球をすべて、風の刃によって斬り伏せる。
「なっ……!?」
驚く魔導師に対し、僕は《インビジブル》の届く距離まで近づき、そこで放つ。複数の魔導師達全てに風の刃を当て、打ち倒した。
「な、え……?」
驚いて声が出ない、という様子のクロエに対し、僕は声をかける。
「クロエ、後方の騎士と合流して保護してもらうんだ。建物の中にいる人も含めてね。君が……彼らを守ろうとしたのはよく分かる。そして、その気持ちはイリスさんと同じものだ」
「イリス様と……?」
「イリスさんも、この町を守るために戦う決意をした――だから、僕は彼女を送り出したんだ。イリスさんに憧れているのなら、彼女がどういう人かも知った方がいい」
「……っ」
クロエが言葉を詰まらせる。
イリスのことを守れ――それは、クロエの本心だろう。
だが、イリス自身はそれを望んでいない。
守られるだけの立場ではなく、彼女は自らが守る立場にいたいのだから。
「だから一つだけ、僕からのアドバイスだ。彼女のことを『信じろ』――少なくとも、僕はそうしている」
「イリス様を、信じる……」
僕の言葉を繰り返すように、クロエが呟く。
これでクロエが納得してくれるか分からないが、僕は前を向いて駆け出す。
――眼前に迫る『敵』を見据えて。
今の状況を簡単に箇条書きにしてみました。
・《聖鎧騎士団》ヘイロン:カシェル・ラーンベルクを擁立
・《黒狼騎士団》レミィル:イリス・ラインフェルを擁立
・ラーンベルク家はイリスを妻として迎え入れることで黒狼騎士団含め、イリスを支持する貴族を抱き込みたい
・ラインフェル家はイリスが騎士になりたいという事実は現状公には秘匿⇒黒狼騎士団としてはイリスが王になることを望む。レミィルとしては王にもなってほしいし、騎士にもなってほしいと複雑な心境で、イリスには王になる気持ちはないのでラインフェル家を擁立したままに現状を見定めている。
・カシェルは『イリスには好きな人がいる』可能性について気付いた。
・そのため、アルタに探りを入れるがアルタには心当たりがない⇒カシェルはイリスの傍にいるアルタの可能性を考えている。
分かりやすいかどうかはともかく、こういう説明ってたまにはあったほうがいいですか?
それともプロローグ前とかに置いておいた方がいいんでしょうかね。
 






