138.共同戦線
僕はアリアから少し遅れるようにして、屋敷の方へと向かった。
周囲はすでにざわつき始めている――この結界はただこの周辺を覆っているだけではない。
中心部に作り出されているのは、『召喚用のゲート』……ここは、大規模な召喚魔法が行使されている。
それも町中に魔物を呼び出すなど、明確なテロ行為に他ならなかった。
屋敷の前では、すでにアリアがイリスと合流している。
他にも数名、彼女達の傍にいた。
イリスは赤いドレス姿で、いつものイメージと違う様相に少しだけ驚く。
けれど、今はドレスの話をしている場合ではない。
「すみません、少し遅れました」
「! 先生、この周辺を中心として、召喚魔法が行使されているみたいです」
「ええ、把握しています。このタイミングだと……ここを狙った可能性も高いでしょう」
「ボク達が顔合わせをするタイミングを狙ってくるとはね……。面倒なことになったよ」
服装から察するに――彼がイリスに婚約話を持ち掛けた、カシェル・ラーンベルクだろう。
付き人のメイドと共に、僕の前までやってくる。
「君がイリスの護衛の……アルタ・シュヴァイツかい」
「僕のことはご存知ですか。それならば話早いですね。狙いがここだとするのなら、イリスさん――イリス様かカシェル様のいずれか、あるいは両名が狙われている可能性があります。僕は他の騎士に指示をして動きますので、あなた達はここで待機を」
「! 魔物が町を襲おうとしているんですよっ。待機なんてしていられません!」
……やはり、イリスはそう言うだろう。
当然、隣に立つアリアも反論する。
「イリスの言う通り、迎え撃つ方が早い。だから、イリスはここで待機して」
「あなただけ動こうとしないっ! 先生、私なら戦えます。私も先生と一緒に――」
「なりませんぞ、イリス様」
イリスの言葉を遮ったのは、一人の老人であった。
老人と言っても、しっかりと背筋を伸ばして立つその姿は、貴族の従者と呼ぶに相応しい。
イリスの護衛で執事を務めている人だろう。
「お嬢様もカシェル様も、それにアリアもここから動かぬように。ここが狙われているというのなら尚更でございます。この老体は、お嬢様を守るためにあるのです。それなのに、自ら狙われに行くなど危険極まりない。そのような愚行を犯さぬように」
「ウェルマン……あなた、何を言っているの?」
老人――ウェルマンの言葉に、イリスは明確な怒りの表情を見せる。
それを見たウェルマンは、少し驚いた表情を浮かべていた。
「あなたの役目は私を守ること――確かにその通りかもしれない。けれど、私はここで守られているわけにはいかないの」
「ご自身の立場をお考えください。貴女はラインフェル家の跡取りでもあるのです」
「考えて言っているのよ。私は四大貴族……ラインフェル家の娘よ。私達が何故、貴族としていられると思っているの? ラインフェル家も含め、この国のために戦ってきたからこそ、今の地位があるのよ。それを、ただ貴族として皆から認められるようになったら、今度は守られるだけ? そんなことがあっていいと思っているの? 私は――貴族としての役目を果たすのよ。今、危険に陥っているのは私達ではなく、対抗する術のない人々よ。だから、あなたの役目は私を守ることではなく、私と共に戦うことよ」
イリスはそうはっきりと宣言する。
一切の迷いのない言葉に、ウェルマンは驚いた表情を浮かべたまま、一歩後ろへと下がった。
僕も、イリスの剣幕には少し驚く。――けれど、だからこそ彼女らしいと言えるのだろう。
ため息交じりに、少しだけ笑みがこぼれた。
「――君の気持ちは分かりました、イリスさん。なら、僕も君のことを信頼して話すことにしましょう」
「! シュヴァイツ先生……」
「先生、わたしも」
「そうですね。現状、ここが狙われている可能性はありますが、それ以上に相手が魔物である以上――周囲の人達が危険です。なので、魔物を倒しつつ結界を破壊する方法を探らなければなりません」
「結界を破壊する方法なら分かるよ」
「!」
話に入ってきたのは、カシェルであった。
僕達の話を聞いていたようで、イリスの傍に立つと言葉を続ける。
「彼女の言う通り、ボクも四大貴族の一人。この状況を打破するために力を貸そう」
「ありがとうございます。それで、結界を破壊する方法とは?」
「この手の大規模結界は、一部を破壊した程度では崩れることはない。おそらく、数十名規模で結界を作り出しているはずだ」
「数十名ですか」
それを聞くと、レミィルから聞いていた『魔法教団』――《ブルファウス》についての話を思い出す。
丁度、この辺りを拠点にしているという話もあった。
その組織が、二人を狙って動いたということだろうか。
「結界の根幹となる部分――すなわち、四方にそれぞれ魔導師が集まっているはずだよ。それをコントロールする者も。一度発動してしまえばすぐに破壊はできないけれど、結界自体を壊すには四方にいる術者を倒す必要があるね」
「なるほど」
四方となると、結構な距離になる。
僕なら確実に一つは破壊できるが、集団でいるとなると、相当な戦力になる可能性もある。
――そんな僕の考えを理解しているかのように、イリスとアリアが前に出た。
「私が一つ、担当します」
「わたしも」
「イリス様――」
「ウェルマン、あなたのことは信じているわ。だから、民衆を守るために力を振るいなさい。それが……私からの命令よ」
イリスがそう告げると、眉を顰めてウェルマンは沈黙する。
だが、やがて小さくため息を吐くと、
「……父上によく似ておりますな、お嬢様は」
「ええ、だって私は父様の子だから」
「その通りでございます――では、このウェルマン。お嬢様の命に従い、民衆の者達が傷つくことがないよう、力を振るいましょう」
「! ありがとう、ウェルマン」
イリスが感謝の言葉を述べると、ウェルマンは微笑んだ。
そうして、ウェルマンは僕の元へと近づいてくる。
その表情からは、少しだけ敵意が感じられた。
「アルタ・シュヴァイツ――私はお前のことを認めたわけではない。しかし、ここはお嬢様のために動くとしよう。お前は騎士らしく、役目を果たすのだな」
「はい、よく理解しているつもりです」
そう一言だけ、言葉を交わす。
僕がイリスの単独行動を認めたことを、咎めているのかもしれない。
イリスの成長が喜ばしい反面、彼にとっては複雑な心境なのだろう。
本当ならイリスやアリアのような子供に――重要な戦況を任せるべきではないのかもしれない。
けれど、僕の知る限りでも、彼女達は一般の騎士よりも頼りになる。
すぐにこの状況を打破するためには、四か所の同時攻略が望ましい。
「そうなると、残り一か所は――」
「私の出番かね、シュヴァイツ一等士官」
「! スティレット騎士団長。団員への指示は?」
「優秀な者が多いのでね。すでに民間人を保護するために動かしている。状況を見るに、一か所攻める人間が足りたいというところかね」
「あなたが行ってくれるというのなら、助かります。これで四方向……何人か騎士に協力してもらって、少数で部隊を組みましょう」
「そうなると、ボクは手が空いてしまうね。……そうだな。なら、ボクは君と一緒に行動させてもらうよ。アルタ・シュヴァイツ君」
「! カシェル様……それは構いませんが、動くとなると危険が伴います」
「言っただろう。ボクも貴族として動く、と。君はここで待機していてくれ。僕もラーンベルクの――魔導師の家系の力を見せるとしようじゃないか」
カシェルが控えていたメイドに指示を出す。
――これで、即席ではあるが作戦は決定した。
突如出現した大規模結界攻略のため……二つの勢力が、それぞれ手を組んだ形だ。






