137.勧誘
僕の元へとやってきたヘイロンは、ちらりとアリアの方に視線を送る。
アリアは警戒するように短刀を構えるが、
「そんなに構える必要はないと思うがね。私は彼の言う通り……騎士団長の一人なのだからね」
「その通りですよ、アリアさん」
「! 先生がそう言うなら」
僕の言葉に従うように、アリアが短刀を懐へとしまう。
その姿を見ると、ヘイロンは興味深そうに頷いた。
「君の講師としての生徒のようだが……中々実力はあるようだ。どうかね、卒業したら騎士団に入団してみては」
「……興味ないから」
「おや、そうかね」
武器を下げたとはいえ、アリアの警戒心が解かれたわけではない。
今の状況で僕に接触してくるということは、『何か』あると思われても仕方ないだろう。
そもそも、騎士団長であるヘイロンが直接現場にやってきているとは驚きだ。
それだけ、この会合を重要視しているとも捉えることができるが。
僕はヘイロンに問いかける。
「それで、僕に何か御用でしょうか。そちらも仕事の途中だとは思いますが」
「ああ、その通りだ。だが、向こう側は部下に任せてある。せっかく同じ区域にいるのだから、挨拶くらいはしておこうと思っただけだよ。シュヴァイツ一等士官」
「そうですか。確かに、こうして対面で話すのは久しぶりかもしれませんね」
「騎士団間の連携は騎士団長や連絡係を通すことが多いから当然のことだがね」
「それならば、御用の時は同じようにすべきでは?」
「ふむ……その通りではあるが、これは挨拶だと言っただろうに。それとも、君も私のことを警戒しているのかな?」
ヘイロンが、再びアリアの方に視線を送る。
アリアはと言うと、少し怪訝そうに眉を顰めていたが、特に言葉を返すことはなかった。
僕は小さくため息を吐くと、笑顔で答える。
「あはは、まさか。それこそあなたの言う通り、僕達は同じ区域にいるわけです。そして、同じ任務に就いているようなものですからね。四大貴族の二名を護衛するというのは」
「ともに守るべき者は同じ……そういうわけだ。実際のところ、『騎士団の在り方』はそうあるべきだとは思わないかね?」
「……騎士団の在り方?」
ヘイロンの言葉を繰り返すように、僕は疑問を投げかける。
どういうつもりなのか分からないが、彼はどうやら僕と話がしたいらしい。
「そうだ。君も知っているとは思うが……五つ存在する騎士団は表向きには協力関係にあるが、裏では常に派閥争いを行っている。現状は、《王》の第一候補であるイリス・ラインフェルを擁立する《黒狼騎士団》が筆頭というところだろう。これは私の見立てだけではなく、全ての騎士団の共通の認識なのだよ」
「そうなんですね。僕はそういう派閥とかには疎いもので」
「興味はなくとも巻き込まれることにはなる。分かっているとは思うが、この会合は我が《聖鎧騎士団》と手を組むことになるか……そのための会合でもあるのだからね」
ラインフェル家とラーンベルク家の婚約――お互いに擁立し合う貴族に繋がりができるということは、すなわち騎士団同士が同盟を組むことになる。
聖鎧騎士団は帝国側を守備するだけあって、騎士にも精鋭が揃っていると聞く。
ここにやってきている騎士達も、実力の高い者が多いのだろう。
至極、単純な話だ――『同盟を組むことになれば味方同士』、そういう挨拶なのだろう。
だが、イリスの答えがヘイロンの納得のいくものになるとは思えない。
何せ、彼女はこの婚約話を断るつもりなのだから。
あるいは……断られたとしても、僕達との繋がりを必要としているということだろうか。
「一先ず、生徒の前であまりそういう話をしないでいただけますか」
「おっと、これは失礼。けれど、そこのお嬢さんはラインフェル家の者だろう? 聞いても問題ない話だとは思うがね。いや、むしろ興味のある話なのではないか? あそこにいるイリスが、どうして会合に出ているのか……君は知っているのかね?」
「……」
アリアは答えない。けれど、そのくらいのことはどの騎士団も把握していることだ。
それに、アリアは以前の騒動で少なくともその存在を知られているはず――ヘイロンがその点に深く触れないのは、言及するつもりがないからなのだろけれど。
「では、僕も一仕官として返答しておきます。同盟を組むことになれば、宜しくお願いしますね。僕としては、仮にそうはならなくとも争いを避けた方がよいと思いますが」
「もちろん、私も同意見だよ。シュヴァイツ一等士官――ところで、君は別の騎士団に移籍するつもりはあるかね?」
「移籍、ですか」
「ああ、私は君のことを高く評価している。レミィルなんかより、よっぽど良い待遇で君を迎えることもできるのだが……どうかね?」
「あはは、僕のことを勧誘しに来たんですか?」
「機会があればヘッドハンティングくらいする。残念ながら、他の騎士団と違って私のところには『目立って強い』者がいなくてね……。具体的には、レミィルの三倍くらいの給料は出すことができるが」
「……三倍」
僕は少し驚いた表情でヘイロンを見る。
お金の話をしてくるということは、僕のことも少し調べたのだろうか。
今の三倍ともなれば、一人の騎士に支払う給料としてはあまりに破格すぎる。
甘い話には罠があるというが……騎士団に入ったばかりの僕なら、この話に乗っていた可能性もあるだろう。
けれど、残念ながら今は違う。
「一応、僕はレミィル団長のことは尊敬しているもので」
「そうか。まあ、確かに若いが仕事はできる女だ――その評価は間違っていないだろう。君を部下にできたのも、彼女だからこそかもしれない。では、その気になったらいつでも話をしてくれたまえ」
「はい、機会があれば」
僕がそう答えると、ヘイロンが踵を返して去っていく。……同盟の話だけでなく、僕のことも勧誘してくるとは。
一応、こういう話があったということはレミィルに話しておいた方がいいかもしれない。
「先生、あの人って本当に騎士団長なの?」
「はい、その通りですよ。何故ですか?」
「……あまりいい人には見えないから」
「人を見かけで判断してはいけない、そう最初に教えたじゃないですか。彼だって騎士団長の一人なんです。この国を守ろうという気持ちは、同じだと思いますよ」
「でも――!」
アリアが言葉を続けようとした時、何かに気付いて空を見上げる。
僕もすぐにその気配には気付いた。
全身に感じる悪寒とでもいうべきだろうか。この感覚は――魔法の類か。
それに気付くと共に、晴れた空の色がまるで反転するように変化していく。
建物から周囲を確認すると、この一帯が覆われているように大規模な『結界』が張られているように見えた。
ちらりとヘイロンの方へ視線を送ると、
「これは……」
彼も、睨むように空を見上げている。
タイミング的には何か仕掛けてきたのかとも考えたが、どうやらそうではないらしい。
「先生、イリスのところに行こう」
「アリアさん、まずは冷静に――って、早いな」
僕の言葉を聞く前に、建物から飛び降りるアリア。
イリスのことになると行動が早い。僕もすぐに追いかけたいところだが、事情を知らないのであれば――ここはヘイロンとも協力しておくべきだろう。
そう考えたが、どうやら状況的にはあまり時間はないらしい。
上空にある結界の中心部――そこに作り出された『穴』から、『何か』がやってきているのが、見えたからだ。






