133.山積みの問題
「やあ、君から呼び出してくれるとは嬉しいよ。どうかな、一先ず駆け付けに一杯」
「何度でも言いますが僕は未成年ですよ。……というか、もう飲んでいるんですか?」
学園から少し離れたバーで、僕はレミィルと会っていた。
僕が彼女を呼び出すことは滅多にないが、学園側の仕事の都合で遅くなりそうだったために、近くで落ち合うことになったのだ。
予定よりも早く終わったためにレミィルを待つつもりであったが……彼女が先に来て、すでに酒を飲んでいる。
グラス片手に手招きをするレミィルの対面に座る。
「何を飲む? 当然経費で落ちるから、好きな物を頼むといいよ」
「僕はいつものソフトドリンクで。それで、今回の用件ですが――」
「まあ待て。いつも言っているだろう? 近況報告くらい聞かせてくれ、と。イリス嬢は元気にしているかな?」
「今日はそのイリスさんの話について報告があるんです」
「! イリス嬢の……?」
レミィルが少し驚いた表情を浮かべる。
今の反応を見る限りだと、イリスについて何か情報を持っているわけではなさそうだけれど。
「実は、イリスさんに婚約話があるらしいんですが」
「ほう、婚約か。まあ、イリス嬢の年齢を考えれば――ん? 婚約だと!?」
バンッと机を叩くようにして、食い気味に立ち上がるレミィル。
僕は彼女を制止するように右手を上げる。
「落ち着いてください。やっぱり、何も知りませんでしたか」
「知らないも何も――いや、待て。相手は誰だ?」
「ラーンベルク家だと聞いています」
「ラーンベルクの……なるほど、その話を聞いて納得した」
「何か心当たりがある、と?」
「ああ、少し前にヘイロンから意味ありげな話をされてな。合点がいった」
「ヘイロン――ヘイロン・スティレット騎士団長ですか。《聖鎧騎士団》の」
「ああ。帝国の視察団がやってくる時に協力したから、君も少しは面識があるかな?」
「いえ、僕はほとんど話したことはありませんが……そのスティレット団長に何か言われたんですか?」
「近頃、噂になっている魔導教団――その話をこちらにも流してくれたわけだが……まあ、君にも話した通り、騎士団同士は現状、仲良く手を取り合って……なんて状況にはない」
レミィルはそうはっきりと断言した。
王国に存在する五つの騎士団――もちろん協力関係にはあるが、独立した権限を持っている状態でもある。
つい最近まではテウロス・グレヴァー率いる《守護騎士団》が、国内では最も力を持っていたと言える。何せ、現王であるウィリアム・ティロークのいる中央を守る騎士達だ。
その息子であるゼイル・ティロークを擁立していた。
……仮にイリスかあるいは別の誰かが《王》になったとしても、元王族を守護していたという事実は変わらない。何事もなければ最大勢力のままでいられるはずだった。
だが、ゼイルの不祥事によって守護騎士団は弱体化している。
つまり、現状では僕の所属する《黒狼騎士団》も含めて、権力争いが発生してしまっている状態だ。
それを踏まえた上でレミィルの話を聞く限りでは、
「ラーンベルク家を擁立しているのは、聖鎧騎士団ですか?」
「その通りだ。つまり、ラインフェル家とラーンベルク家の婚約は――我々に対する同盟を示唆している。ラインフェル家が果たしてそれを承諾しているか確認する必要はあるが……」
「ラーンベルク家は確か、魔法の名門ですよね? 騎士団に所属はしていませんが」
「魔法技術に関しては一番上だと言えるだろう。ヘイロンの話では、魔法教団の対策についてはラーンベルク家と聖鎧騎士団が協力して対策に乗り出しているらしい」
「その魔法教団とやらについてはあまり詳しくないですが……どういう組織なんです?」
「名前は《ブルファウス》――魔法技術の推進を主張している組織だ。ちなみに非公認ではあるが、魔法協会を率いているのはラーンベルク家になる」
ブルファウスと魔法協会――魔法に関しては、この国にはいくつか組織が存在している。その中でも最大勢力と言えるのはその二つになるだろう。
「どちらの組織も主張しているのは魔法技術の推進だが……いわゆる保守派と過激派という分類だな。大きな問題を起こしたことはまだないが、近頃はブルファウスの動きが活発化しているという話だ。――っと、少し脱線してしまったかな。とにかく、その婚約の話はすなわち、黒狼騎士団と聖鎧騎士団の同盟に繋がる話ではあるのだが、仮にラーンベルクとラインフェル家の婚約が成立した場合、王となるのはラーンベルクになる可能性が高い」
婚約が成立した場合、イリスの方が嫁に行くことになる――そういう話だろう。
「ラーンベルクが婿になる場合もあるのでは?」
「『ただの』貴族同士の婚約ならばそうだろう。だが、《四大貴族》は別だ。それは慣習のようなもので、イリス嬢が例外になるわけじゃない。嫁に行くことになるだろうな」
「四大貴族の慣習、ですか。けれど、イリスさんはその婚約話を断るようですが」
「まあ、当然イリス嬢は断るだろうね。だが、断る上での理由も重要になるな……」
「理由ですか? イリスさんなら騎士を目指しているから……そう断るかと思いますね。表立っては口にしないかもしれませんが」
「それが知られると色々と問題だ」
レミィルが頭を抱える。真剣に悩んでいる彼女を見るのは久しぶりな気がした。
「イリスさんにはそれとなく話しておきますよ。その一応、僕は護衛として当日は彼女と一緒にいる予定なので」
「……さすが私の騎士だ。手回しが早くて助かるよ。……ったく、エーナ様の件もあるし、色々と考えることが山積みだ」
「そう言えば、エーナ様の件も聞かないといけませんでしたね。それともう一つ――僕の姉が団長のところに行きませんでしたか?」
「マリエル嬢か? いや、私のところには来ていないな」
「……そうですか。では、エーナ様の件について話を聞いても?」
「その件についてもそこまで詳しく話せることはないが……そもそも彼女が王都にやってきたのは王国と帝国の友好を築くことだ。まさか、留学という手を使うとは思わなかったけれど」
「僕の学園に入学するみたいですけれど」
「……その件については他の騎士から報告を受けているよ。ちなみにだが――」
「エーナ様の護衛も含めるのなら、僕の給料についての相談も受け付けてくれますか?」
「はっはっ、君は本当に……優秀な騎士だな?」
レミィルが肩をすくめて言う。レミィルも色々と問題を抱えているようだが――およそ大体の問題については状況は理解できた。
唯一分からないのは、僕の姉のことくらいだろうか。
3/25に本作の書籍版二巻が発売される予定です。
主にWeb版に加えて二章のイリスとアリアの関係の掘り下げなどしておりますので、お手に取っていただけると嬉しいです!
宜しくお願い致します。






