131.《魔導協会》
《オレンソ区画》には、《魔法》技術の研究を専門とした施設がある。管理しているのは《王国魔導協会》――だが、正式に王国から存在を認められた組織ではなかった。
魔法技術の研究は王国でも実施されているが、それは王国内の法に則り定められたレベルのもの。およそ、技術を革新させるレベルには足りていない……そう考える者達が、独自に作り出した組織が魔導協会なのだ。
ここに集うのは皆、魔法技術の更なる高みを目指そうとする者達ばかり。だが、
「この国は、他国に比べても遅れている――それは、皆もよく知っていることかと思う」
施設の講堂で、一人の男が檀上に立ってそう切り出した。
男の名はファーレン・トーベルト。トーベルト家は古くから魔法に関する研究を行い、彼の父の代までは王国騎士の一人として、そして研究者としてこの国の職務に従事していた。
だが、息子であるファーレンはその道から外れた。
「魔法という存在を、この国は軽視している。西方諸国ではすでに、騎士団の他に我々のような魔導協会が、正式に国家に認められた組織として成り立っている。魔法技術の革新のために、だ。あの帝国ですら、魔法に関しては王国よりも技術的に上を行くだろう。それでもこの国は、騎士団という存在に絶対の権力が集中している。彼らは国民の安全を守ると言うが……時代遅れのこの国が、いつまで生き残れると思う?」
ファーレンは問いかけるように言う。シン、と会場は静まり返ったままだ。
「我々魔導師は、この国をいつでも見限ることができる。だがな……私は決してそのようなことはしない。自らの魔法技術の向上だけを望むのなら、この国を捨てて余所へと向かうがいい。私が望むのは、王国をさらなる強国へと押し上げようとする強い意志を持つ者達だ! ここにいる者達は、私と同じ志を目指す者しかいないと信じている。私と共に行こう――この国を、魔法大国へと進化させるために」
「「「おおっ!」」」
ファーレンの宣言に呼応するように、その場にいた者達は大きく声を上げる。
演説はこうして終わる。ファーレンが壇上を降りると、
「ふふっ、相変わらず人気だねぇ。トーベルト卿は」
声をかけてきたのは、ローブに身を包んだ少女。
顔は見えないが、ファーレンがよく知っている人物だ。
「お前か。何をしに来た」
「おや、つれない物言いだ。君の望んだことの進捗報告だよ。すでに、準備はできているのサ」
「そうか。では、いつでも決行できると言うことでいいな?」
「もちろんっ。でも、『お姫様』からの許可は得ているのかナ」
「何故、それを聞く。お前も必要と判断しないから、私の計画に付き合っているのだろう? それとも、今から私を裏切るか?」
ファーレンがそう問いかけると、少女がくすりと笑って口角を歪ませる。
「フフ、もちろん、そんなことはしないサ。アタシと君は一蓮托生――苦楽を共にし、上を目指すと誓った間柄だろ?」
「無論、同じ道を目指す限りはその通りだ。私が望むのは魔法大国。全ては、この国のために成すべきことなのだから」
「アタシもその意見には賛成サ。《魔女》と呼ばれたアタシは、この国はもっと魔法で満たされることを願っているよ」
「……ならばいい。では、予定通りに事を進める」
ファーレンはそう言って、少女の元から離れていく。魔女――少女が名乗った通り、ファーレンは彼女を完全には信用していない。
だが、少なくとも、彼女の実力は魔導協会では上位に位置していることは、ファーレンも理解している。
王国の騎士に並び立つだけの実力者が、一人でも協会には必要なのだ。
「そのためには、真偽を確かめる必要もあるな」
ファーレンが懐から取り出したのは紙切れには、一人の少女が映し出されていた。
美しいブロンドの髪色を持つ《剣聖姫》――イリス・ラインフェル。
カギを握るのは、王国最強と謳われる少女だ。






