129.イリスvsエーナ
イリスとエーナが向き合い、僕はそんな二人の模擬試合に立ち会うこととなった。
風が静かに吹き、木々を揺らす中――二人が構えるのは、それぞれの愛用する武器だ。
イリスは直剣である《紫電》。エーナはレイピアを持ち、イリスに剣先を向けた。
「一撃でも掠めれば、それで終いとしよう」
「ええ、それで構わないわ。先生――」
ちらりと、イリスが僕の方に視線を送る。
僕は頷くと、右手を挙げて合図をする。
「それでは……はじめっ」
手を振り下ろすと同時に、二人が動き出した。
イリスが纏うのは雷撃――劈くような音を立てながら、エーナとの距離を詰める。
他方、エーナが操るのは水だ。
周囲に水の球体が浮かび上がり、お互いの得物がぶつかり合った。
響く金属音と共に、イリスの剣とエーナのレイピアが火花を散らせる。
同時に、イリスの周囲の雷撃がエーナへと襲い掛かる。
だが、エーナの周囲に浮かぶ水球が、イリスの雷撃を軽々と防いだ。
「!」
「水は電気をよく通すというが――不純なものがなければ、その限りではないな」
「ふっ」
一瞬、驚きの表情を見せたイリスであったが、すぐに呼吸を整えて、連撃を繰り出す。
エーナもそれを受けながら、隙を突いては打突や斬撃を繰り出す。
レイピアは剣先も細く、イリスの一振りを受け切るにはやや不利かとも思われたが、
「なるほど。上手く捌いているね」
僕は思わず、ぽつりと呟いた。
エーナの実力が高いことは、僕もよく分かっている。
共闘したのはほんの短い時間であったが、彼女は紛れもなく自らの実力で帝国軍の少尉という立場を勝ち取ったのだろう。
イリスとて、エーナと斬り合うのに決して加減をしているわけではない。――にも拘わらず、お互いに得物を振るい、同格の力を見せているのだ。
「ふはっ、やはり思った通りだ。以前より成長しているな、イリス!」
「それは、どうも! でも、余裕でいられるのは、今のうちよ!」
「ほう、面白いっ!」
イリスが深く踏み込み、横一閃――思い切り剣を振るうと、エーナのレイピアを弾いた。
だが、エーナもバランスを崩したように見せかけて、後方へと跳躍する。
重い一撃が来ると分かるやいなや、距離を取るのは冷静な判断だったと言えるだろう。
イリスとエーナが、再び駆け出した。二人の剣とレイピアがぶつかり合うたびに、大気を震わせるような感覚が押し寄せてくる。
それだけの剣圧を、二人が放っているということだろう。
実力は完全に拮抗している――僕から見て、そう思えた。
(このまま試合を見ているのも面白いけれど、あまり白熱させてもね)
僕は二人の様子を見て、冷静に状況を見定める。
イリスの表情は真剣そのもので、エーナへの確実な一撃を狙っている。
他方、エーナも余裕そうな笑みを浮かべてはいるが、一分の隙を見せることはない。
下手をすれば、大きな怪我をしかねないレベルの斬り合いに発展しかけていた。
「ふははっ、いいぞ! もっと見せてみろ! お前の『本当』の実力をっ!」
「いいわ。そこまで言うのなら、やってあげる。でも、後悔はしないことねっ!」
「あー、二人とも。あまり本気には――」
「黙っていろ。面白くなってきたところだ」
「先生、これは真剣勝負なんですっ」
「……仕方ないですね」
ヒートアップする二人の下へと歩いて近づく。互いに『真剣』で加減をしない――それでは、殺し合いとほぼ変わりはないのだ。
もちろん、殺すつもりなどはないだろうが、
「これ以上はストップですよー」
「!」
「せ、先生……!?」
二人の間合いに割って入ると、僕は《模擬剣》でそれぞれの得物を抑え込んだ。
イリスの剣とエーナのレイピアが交差するような形で、そのまま地面の方へと突き刺さる。
「二人の意思を尊重しましたが、ここは学園の敷地内です。これ以上は危険な斬り合いだと、審判の僕が判断しました」
「あ、ご、ごめんなさい。先生……」
「ふんっ、面白いところだったと言うのに……」
イリスは申し訳なさそうな表情で、エーナはやや不服そうに。
けれど、それぞれ僕に従って武器を納めてくれた。
二人とも言うことを聞いてくれなかったらどうしようかと思ったけれど、何とかなってよかった。
「確かに……一撃という約束だったからな。今ので終わりでもあるか」
「そう、ね」
エーナの言葉に、イリスが頷く。
イリスは服の胸元を。エーナは脇腹のところを。それぞれ掠めるように一撃を受けているのが見えた。
僕の止める寸前で、お互いに一撃を加えた形だ。
「そういうわけで、この模擬試合は引き分けです。それと、エーナ様」
「なんだ?」
「僕の生徒をあまり煽らないでください。こう見えて、結構熱くなりやすいタイプなので」
「な、そ、そんなことは……っ」
「ふはっ、確かにその通りだな。私もだんだんとギアが上がってくるイリスに興奮してしまった。だが、楽しめたぞ。礼を言う」
「……え、ええ。私も、模擬剣を使わない試合って最近していないから。その、楽しかったわ」
イリスとエーナはお互いに笑みを浮かべて、感想を言い合う。
それから、二人の模擬試合に関する話が始まった。
「しかし、イリスは随分と大振りが目立つな? 私が様子見せずに踏み込んでいたら、すぐに終わっていた可能性もある」
「なっ……それくらいのことは読んでいるわ。あなたが踏み込んできたら、私は躱して確実にカウンターを決めていたもの」
「それくらいなら私も読んでいる。その後の話だ」
「後ろに下がりながらの一撃でしょ。そんなのだってわかるんだから――」
ややヒートアップ仕掛けているが、この話し合いについては割り込まないことにしよう。
……どうなることかとは思ったけれど、エーナがここに入学しても上手くやっていけそう――
「ならば、もう一度試合をして決めるか?」
「望むところよ!」
……なのだろうか。
僕は二人のやり取りを見て、思わずため息を吐いた。






