128.再会した二人
学園の裏の森に、イリスは一人やってきていた。
少し休んでから行く、とアルタからは伝えられていたが、イリスは早々に準備してきたのだ。
模擬剣を握りしめて、目を瞑る。
サァ、と風が吹くと共に木々が揺れ、落ち葉が舞う。瞬間、
「ふっ」
一呼吸。その間に、イリスは三度剣を振るった。
視界に捉えずとも、どこに落ち葉がやってきたのか分かる。この修行も定期的に続けて、かなりコツを掴んできた。
アルタに最初に教わった修行だ。
イリス自身も理解していることだが、一対一のまともな戦闘など、実際の戦いでは滅多にはない。
騎士ともなれば、当然多人数との戦いも想定される。中には、暗殺者のように気配を消すことに長けた者もいるだろう。
そんな者達を相手にする時に、例えば『張り巡らされた罠』に気付くことができる直観は、イリスの目指す『頂き』に必要な要素だ。
イリスはすぐに構えを直す。
今度は、アルタが来るまで素振りを続けるつもりだった。
学園で教わる《エルクシル流》――それは、ファーン・エルクシルと呼ばれた男が編み出した流派だ。
それがこの国で多く浸透しているのは、その男がこの国の出身者であり、剣術で大成したという事実があるからだ。
けれど、イリスはその流派は使わない。言葉で言うのならば、《ラインフェル流》。
父が、誰から剣を教わったのかは聞いていない。けれど、その父から教わった剣なのだから……イリスの剣術に名づけるのならば、そうなるだろう。
基本的に両手で剣を持って構えるエルクシル流に比べて、イリスは直剣を片手で握って構える。
両手で握って振るうよりも、片手の方が融通は利きやすい。ただし、直剣であれば振りが遅くなるのは事実だ。
イリスはその遅さを、自らの鍛錬によってカバーしている。片手持ちから放たれる神速の剣術――それが、イリスの真骨頂と言えるだろう。
……だが、剣術で言えばさらに上がいる。
イリスの護衛であり、先生であり、師匠でもある――アルタだ。
(先生の剣術に並ぶ――いいえ、超えるには……)
まだ、並び立つことすらできていないのは分かっている。
けれど、イリスが目指す高みにたどり着くためには――アルタを超える覚悟を以て剣を振らなければならない。
「すぅ」
小さく息を吸い、イリスは剣を振るった。
一太刀で、周囲の落ち葉が舞い上がる。イリスの放つ剣圧が、それだけ強いものだというのが分かる。
さらにもう一振り――繰り出そうとしたところで、後方から感じる気配に動きを止める。
「! 先生――」
イリスは振り返る。
そこにいたのはアルタと、
「……エーナ?」
驚きながら、その名を口にする。
名を呼ばれた少女――エーナは、にやりと口角を上げてイリスの前に立つ。
「ふはっ、久しぶりだな……イリス」
「なっ、どうしてあなたがここに……?」
「お前もアルタと同じことを聞くのだな……。いや、まあ当然か。だが、逐一説明するのも面倒だ。結論から話せば、用があるからここにいる」
「用があるからって……どういうことですか?」
イリスはちらりと、後方に立つアルタに視線を送る。
だが、アルタも首を横に振って、
「まあ、帝国にも帝国の事情があるということでしょう」
そう、答えるだけだった。
どうやら、アルタも詳しいことは知らないらしい。
「それにしても、かの《剣聖姫》はここで秘密の特訓をしているのか」
「別に、秘密の特訓というわけではないけれど」
「そうなのか? ならば、もっと人目につくところでやればいいだろう」
「……人目があると落ち着かないのよ。あなたは違うの?」
「いいや。だが、軍人であれば公開演習もあるのでな。しかし、なるほど……」
何かを見定めるように、エーナが鋭い目線をイリスに向ける。
寒気にも近い感覚。イリスは咄嗟に身構える。
「……なに?」
「いや、以前にお前の剣術を見たことがあった。丁度、公園での戦いの時だ。確かに優れた剣士ではあったが……未熟なところがある、とな」
「……未熟ですって?」
イリスはエーナの言葉を聞いて、ムッとした表情を見せる。
元々、イリス自身は認めないが……負けず嫌いな性格をしている。
エーナの言葉がただイリスを煽っているものではないと分かっているが、それでも少し反応してしまう。
「ふはっ、まあ待て。怒るな」
「別に怒っていないわ」
「それならばいいが、私はお前を褒めるつもりだ。この短期間で……随分と成長したようだな」
「……どうも。私は、あなたの剣術のレベルがどれほどか知らないけれど」
「そうだろうな。そこで、だ。アルタ――お前が審判をしろ」
「……僕ですか?」
「ああ、イリスの剣術を見たら、少し乗ってきた」
「どういうことよ」
「分かるだろう。私の実力を知らないのならば……ここで見せてやると言っているんだ」
エーナが上着を脱ぎ捨てた。
キャミソール姿になった彼女の腰に見えたのは、一本のレイピア。
「エーナ様、まさか――」
「別に構わんだろう? 私とイリスのレベルならば、『真剣』でやり合ったところで問題はない。むしろ、その方がいい訓練になる――だろう?」
「……あなたがそう言うのなら、私はそれでも構わないわ。先生、許可をいただけますか?」
イリスは真っ直ぐエーナを見据えて、答える。
確かに、これは彼女の実力を知る好機でもあり、同時に良い訓練になる気配を感じた。
そんなイリスとエーナのやり取りに、アルタがため息を吐いていることには気づかず、二人の戦いが、始まろうとしていた。






