124.マリエルの目的
「姉様、姉様っ! 待ってよ!」
「もう……どうしたの、クロエちゃん?」
クロエの呼び止める声に反応し、ようやくマリエルが足を止めた。
「どうしたの、じゃないわ。急に用があるだなんて……用があるのはあいつの方じゃなかったの!?」
「ダメよ、義兄のことを『あいつ』だなんて。それに、アルタちゃんはクロエちゃんの憧れの人……イリスちゃん――ではなくて、イリス様の護衛で先生なのよ?」
「その話もよ! 姉様は知っていたの!?」
「うふふっ、クロエちゃん以外はみんな知っているわ」
「な、どうしてわたしだけ……」
「それはそうよ。クロエちゃん、アルタちゃんの話をすると不機嫌になるじゃない? 配慮よ、配慮」
「くっ、それは……そうだけど……」
マリエルにそう言われると、反論することができない。
クロエは確かに、アルタの話になると不機嫌になる。……けれど、別に話が聞きたくないわけではない。
「でも、あいつは……姉様が持つべきだった《碧甲剣》を持っていったのよ? それに、さっき鍛治屋でたまたま会ったんだけど、剣も折ったって言うし……」
「折った? 碧甲剣を?」
「そう、そうなのよ! シュヴァイツ家に伝わる剣を――」
「まあ、まあまあ……それは良いことねぇ」
「! な、何が良いことなの!? 碧甲剣は家宝とも言えるものなのよ!?」
クロエには、到底マリエルの言葉は理解できなかった。理解できるわけがなかった。
家宝を折った――あの剣が折られたなどという事実を、クロエは聞いたことがない。
そもそも家からも持ち出され、血縁でない男が振るっている。クロエから見てそれは例外的で、異常なことなのだ。だが、マリエルは優しげな笑みを浮かべたまま答える。
「うふふっ、クロエちゃんもイリス様に憧れて『剣士』を目指すのなら知っておくことね。剣を折られることは恥ではないわ。あの子ほどの実力者が剣を折られた――それだけ、譲れない戦いだったのでしょうね。そういう戦いはしない子だと思っていたから、わたくしは嬉しいの」
「な、何よそれ……」
マリエルは心底喜んでいるように見える――否、実際喜んでいるのだろう。
クロエには理解できないことだが、マリエルは碧甲剣を折られた事実にも、怒るどころか喜んでいる。
さすがのマリエルもこの件に関しては怒るかと思っていたクロエは、動揺して言葉が続かない。
そんなクロエに対しても、マリエルがいつもの調子で話をする。
「そんなに怒らないの。せっかく王都に来たのだから、もっと楽しまないとダメよ? 観光でもしてきたら?」
「……姉様は目を離すとすぐいなくなるから、一緒にいる」
「うふふっ、そう? じゃあ、一緒に行きましょうね」
クロエの手を引くようにして、マリエルが歩き出す。
「ちょ、こんなところで手を繋がなくたって……」
「目を離すとクロエちゃんはすぐにいなくなっちゃうもの」
「それは姉様だけには言われたくないっ」
「うふふっ、冗談よ。さあ、早く用事を済ませましょう」
「用事って、どこに向かうつもりなの?」
「あら、話してなかったかしら?」
マリエルが再びピタリと足を止め、くるりと振り返った。そして、
「《黒狼騎士団》の騎士団長――アルタちゃんの上官の人に会いに行くのよ?」
そう、言い放ったのだった。






