123.アルタちゃんとイリスちゃん
何とかマリエルを見つけ出した僕は、一先ず店を出て話を聞くことにした。
そもそも、どうしてイリスと一緒にいるのかという話だが……それはどうやら、偶然だったらしい。
「私が通り掛かったところで声をかけたんです。困っているようだったので」
「うふふっ、そうなのよ。そうしたら、かのイリス・ラインフェル様って言うじゃない? クロエが大ファンの……」
「大ファンって……そんな大層な人間じゃ――」
「そんなことないですっ! 《剣聖姫》のお噂は伺っていますから! まだ学生の身でありながら、剣技において王国では最強と謳われる存在……わたしの憧れです!」
「そ、そんなことは……」
「照れた姿も可愛いわねぇ」
――なんだろう、この状況は。
イリスはマリエルに弄られるような形になり、クロエからは純粋に尊敬の眼差しを向けられている。
そんな状況に困ってか、イリスが助けを求める視線を僕に向けてくる。
……僕にどうにかできる話でもないが、一先ずイリスとマリエルが一緒にいた理由については理解した。
それなら、僕はマリエルがやってきた理由を聞かなければならない。
「義姉さんは僕に用があってここまで来たんですよね?」
「! そうそう、そうなのよ。それなのに、クロエが迷子になってねぇ」
「な、わたしが迷子になったんじゃないでしょ! 姉様がいっつも姿を消すから……! わたしじゃなくて、姉様が迷子になったんです! イリス様、勘違いなさらないでくださいね!?」
「え、ええ、大丈夫よ。それより、『義姉』さんって……先生の家族の方、なんですよね?」
「うふふ、そうよ?」
「はい、アルタはわたしの義兄――って、『先生』……? どういうこと?」
不意に険しい表情で、クロエが僕の方に視線を送る。
イリスがハッとして、気まずそうな表情を見せた。……別に隠しているわけでもないのだが、クロエの態度を見て、僕との仲があまりよくないことを察したのだろう。
「僕は今、騎士として彼女の傍で任務に就いているんだよ。護衛として、彼女の通う学園の講師もしている」
「………は――はあ!? な、何それ!? 騎士が学園の講師って……それで、イリス様の通う学園で働いてるってこと!?」
「そういうことになるね」
「シュヴァイツ先生にはいつもお世話になっているわ。すごく、尊敬しているの」
イリスが付け加えるようにそう言うと、クロエが複雑な表情を見せる。
クロエはイリスに憧れていて、けれど僕のことは毛嫌いしている。
そんな僕がイリスの担任をしていて――イリスが尊敬しているという。
おそらく、今の言葉は僕とクロエの仲を少しでも取り持とうとしたのだろう。無理に繕う必要はないのだが……結果として、クロエは一人悩み始めてしまった。
「ま、まさかイリス様が……? でも、そんな……」
「ク、クロエさん?」
「うふふっ、クロエも少し変わっている子だから。混乱すると一人の世界に入ってしまうの。そっとしといてあげて?」
それをマリエルが言うのか――そう思いながらも、クロエは静かになった。
僕は改めて、マリエルに問いかける。
「それで、最初に戻しますが……義姉さんは僕に何の用があってきたんですか?」
「そのお話ね。別に大した用があるわけじゃないの。最近の近況について、アルタちゃんの口から聞きたいなぁって思ってねぇ?」
「近況、ですか」
「アルタちゃん……?」と繰り返すように小さな声でイリスが言っていたが、そこは気にしないようにする。何せ、マリエルに言ったところで言い直すようなことはしないだろう。
「手紙で連絡はしているでしょう」
「それはそうだけれど……やっぱり声を聞きたいでしょ? アルタちゃんは冷たいんだから」
「義姉さんの言う『冷たい』は普通レベルのことを指しますからね」
「あらあら。そういうところが冷たいって言うのよ? ねえ、イリス様?」
「えっ、あ、えっと……?」
ちらり、とイリスが困り顔で僕のことを見てくる。話を振られても、どう答えていいか分からないという感じだろう。
僕は小さくため息を吐く。
「義姉さん、あまりイリスさんを困らせないように。それに、彼女を連れ回したりして……分かってやってますよね?」
「うふふっ、いいじゃないの。……あら、そう言えばクロエを探している間に少し時間が経ってしまったわねぇ。この後、人と会う約束をしているの。そろそろ向かわないと。クロエ、行きましょう」
「ふぇ!? あ、ね、姉様!? まだ話が……ああもうっ! いい、次に会ったらちゃんと話を聞かせてもらうからね!?」
一人の世界に入ったクロエが戻ってきたが、すぐにマリエルがいなくなりそうな状況に気付いて、後を追う。
忙しない二人がいなくなり、気付けば僕とイリスの二人だけがその場に残された。
「……えっと、何ていうか、すごい方達でしたね」
「まあ、あの人達らしいって感じですけどね。あれがシュヴァイツ家の面々です」
「先生とはまた違った印象というか……気付いたら、あ、あんな風に……」
『あんな風』というのは、先ほどの猫耳のことだろう。
イリスは決して流されやすい性格をしているわけではないが……マリエルにかかればイリスですらあのような姿にさせられてしまうということだ。
マイペースでありながら、そのペースに他人を巻き込むことを得意とする。
――そんな彼女が、ただ僕の近況を聞くためだけにやってきたとは思えないが。
(……それに、義姉さんは知っているはずだしね)
僕が『イリス・ラインフェル』の護衛を担当しているということを、だ。
「ところで、イリスさんも何か用事だったんですか?」
「! はい。ちょっと外せない用がありまして……」
「そうですか。それで巻き込まれた――いや、自ら巻き込まれに行った、と」
「そ、それは否定しませんけど……。でも、先生って『アルタちゃん』って呼ばれているんですね。少し、意外でした」
不意にイリスがそんな風に口を開く。
ちらりと彼女を見ると、どことなく僕の反応を楽しみたいという雰囲気が感じられた。なので、シンプルに答える。
「あはは、そうですね。僕は一応、十二歳なので」
「一応って……十二歳ですよね?」
「そうですね。義姉さんはああいう人ですから。イリスさんもあのまま僕が行かなければ、可愛い猫姿で『イリスちゃん』呼ばわりされていたかもしれませんね」
「なっ、だ、誰がそんな姿になんか……!」
顔を赤くして抗議するイリス。
……半分以上、というかほぼなっていたという事実はあるけれど、どうやらイリスにとってはまだ『セーフ』の段階だったということにしたいらしい。
久方ぶりの家族との再会を終えて……僕はイリスと共に学園の方へと戻った。
 






