122.出会ってそれから
カフェを出た僕はクロエと共に義姉――マリエルを探す。
どこにでも姿を消し、どこにでも現れるタイプの人だ。見つかるときはすぐに見つかるが、本当に見つからないときは捜しても見つけることができない……僕から見ても、中々に癖のある人ではある。
けれど、僕に対しては『家族』になった頃からずっと変わらぬ態度で接してくれていた。
クロエに対しても、優しい姉という印象が僕の中では強い。一方で、
「クロエ、そんなに急いで歩かなくてもいいだろう」
「あんたが歩くの遅いだけよ。早く姉様を見つけて用事を済ませたいの」
相変わらず言葉に……というか、態度に棘のあるクロエ。彼女がこうなったのも、僕が《碧甲剣》をシュヴァイツ家の現当主――義父から、引き継いだ辺りからだったろうか。
クロエからすれば、血の繋がりもない子供の僕に、姉であるマリエルが引き継ぐはずだった剣を奪われたというように見えるのだろう。
実際、そう言われても仕方ない。
一応、僕も一度は断ったのだが、義父だけでなくマリエルからも受け取るように念押しされてしまったのだ。
故に、当主でも次期当主でもない僕が、碧甲剣を持っている。
ただし、僕が『当主になる』と宣言すれば、すぐにでも次期当主候補としてマリエルと立場を争うことになると言われている。……というより、「なってくれるのなら任せるわ」とマリエルから言われているくらいだ。
僕は、さらさらなるつもりはないのだけれど。
「ったく、姉様はどこに行ったのよ……」
「闇雲に捜しても見つからないだろうね」
「分かってるわよ! でも、捜す方法なんて他にないでしょ?」
「ああ、捜すしか方法はないけれど……捜し方ならあるさ」
「はあ――なっ!?」
怪訝そうな表情を浮かべたクロエが、次の瞬間には驚きの表情を浮かべる。
すぐ近くの路地に置かれた木箱を足場に利用して、僕は壁を駆け上がった。
建物の上――どうせ捜すのなら、高いところからの方が見つかりやすいだろう。
「ちょ、ちょ!? な、何をやってるのよー!?」
慌てふためくようなクロエの声が耳に届くが、僕は軽く手を振って応えるだけだ。
今は、マリエルの姿を見つけなければ。
マリエルは確かに神出鬼没ではあるが、クロエから離れた距離にいるとは思えない。
少なくとも、ある程度高いところから見渡せば見つかるはずだ。
そう考えていると、
「! あれは……」
早速、マリエルらしき女性の姿を確認する。
あちこちをキョロキョロと見渡しながら歩くマリエルの隣に、見知った少女がいることにも気付く。
「……イリスさん?」
まさかとは思ったが、マリエルが腕を組んで連れ回しているのは、どう見てもイリスであった。
ここからでも分かるくらいには、イリスは困惑しているように見える。……たまたま出くわしたのかもしれないが、どうやらイリスがマリエルに振り回されているらしい。
僕はすぐに、クロエの下へと戻る。
「ちょっと! い、いきなり壁を上がるとか非常識なことやめてよ! 色んな人に見られちゃったじゃないっ」
「別にクロエのことを見ていたわけじゃないよ」
「一緒にいたらわたしまで変な目で見られるでしょ!」
「あはは、『変な目』とはひどいな。でも、そのおかげで義姉さんを見つけることができたよ」
「! ほんと? なら、早く案内して」
「分かったよ。何故だか、義姉さんは僕の知り合いと一緒にいたけれどね」
「……あんたの知り合い? 騎士の人?」
「いや、騎士を目指している子、とでも言うべきかな。まあ、クロエも知っているとは思うよ」
「ふぅん。ま、どうでもいいわ! さっさと行くわよ!」
「はいはい」
再度急かされて、僕はマリエルのいる方向へと向かう。
逐一確認しなければ、マリエルの姿を見失ってしまうかもしれなかったが、イリスと一緒にいるのなら話は別だ。
あまり好まれる使い方ではないだろうが、イリスの居場所は護衛である僕は把握できる。
僕が渡した『お守り』を、イリスは常に身に付けてくれているようだった。
護衛の身としては、いつでも居場所が分かるので、そういう意味では助かっているけれど。
イリスのいる場所―もとい、マリエルのいる場所で足を止める。
そこは、『少し変わった』服屋であった。
「なに、ここ?」
「『仮装用』の服とかも、取り扱っている店のようだね。王都だと、結構お祭りとかもあるから」
「姉様がこんなところ――にいる可能性はあるわね……」
クロエが険しい表情をして呟く。
僕も、「まあまあ、面白そうなお店ね。入ってみましょう?」と強引にイリスを店内に連れ込むマリエルの姿が、容易に想像できた。
二人で店内へと足を運ぶ。
そこまで広くない店内は、やや暗い雰囲気があった。
装飾も多く取り付けられ、貴族でも中々着ないような派手めのドレスをモチーフにしたものや、『魔物』を意識したと思われる仮装やら……店内に一歩踏み入れるだけで何やら異様な雰囲気に包まれる。
サッと、クロエが僕の背中に隠れるような動きを見せた。
「は、早く姉様を見つけてっ」
「そんな隠れるようなことないだろう」
「か、隠れてなんかないわ。いいから進みなさいっ」
「はいはい」
僕はクロエに従い、店内の奥の方へと進んでいく。
すると、マリエルの声が耳に届いた。
「うふふっ、やっぱりわたくしの思った通り、とてもお似合いよ。髪の色には合っていないけれど、黒ってやっぱり映えるものね」
「あ、あの……こんなことしてる場合じゃ――」
「じゃあ、次はこれも着けちゃいましょう」
「えっ!? こ、これはさすがに……」
「大丈夫大丈夫。わたくしに任せて頂戴」
……何をしているのか。
早めに止めないと何やら危ない雰囲気すら感じてしまう。
僕はすぐに、声のする方向へと足を踏み入れた。
「マリエル義姉さん、こんなところで何をしているんですか?」
「あら……あらあら。そこにいるのはもしかしてアルタちゃん――それに、後ろに隠れているのはクロエちゃんかしら?」
「! 姉様っ、やっと見つけ――」
「せ、先生っ!?」
クロエの声を遮ったのは、動揺した表情を見せるイリスだった。
時すでに遅し……とでもいうべきだろうか。
イリスは頭に猫耳のカチューシャを付けられ、両手にも猫の肉球の手袋が嵌められている。
そして、今まさに鈴の付いた首輪を取り付けられる瞬間であった。
顔を真っ赤にして、イリスはすぐに肉球手袋で猫耳カチューシャを外そうとする。
だが、どうやら手袋のせいでうまく外せないようだった。
「どうして先生がここに!?」
「イリスさんこそ、こんなところで奇遇ですね。よく似合ってますよ」
「こ、これは、ち、違うんです。えっと、説明させてくださいっ」
別に説明を受けなくても、どういう状況なのかは分かる。
しかし、イリスは当たり前だが、状況が理解できていないのだろう。
「この人があんたの――って、イリス……? イリスって、まさか……イリス・ラインフェル様!?」
「えっ、あ、はい。そう、ですけど」
不意に聞こえてきたクロエの声に動揺しながらも、イリスは頷いて答えた。
僕の後ろにいたクロエが、すぐさまイリスの下へと駆け寄ると――
「わ、わたし、イリス様のファンなんです! 握手してくださいっ」
「え、え? わ、私でよければ?」
イリスは肉球手袋のまま、クロエの要望に応える。
……色々と、混沌とした状況になってきたことは、僕にもよく理解できた。
猫耳イリスちゃんが書きたかったのだ……。
イリス「なんでここに先生が!?」
みたいな流れに……!






