120.折られた《碧甲剣》
王国最年少の騎士――その名は、知っている者は知っている、という範囲に留まっている。
もちろん、《黒狼騎士団》に所属する者であれば、ある程度の人間は把握しているだろう。
それでも、仕事を一緒にする機会がなければ中々話す機会もないし、僕――アルタ・シュヴァイツがこなす任務は、単独で行われるものが多かった。
最近は、他の騎士団のメンバーも協力することも増えてきた、というところだろうか。
そんな僕にも、よく訪れる店がある。
「うわぁ……結構かかりますね」
「まあ、上物になるとどうしてもな」
僕は見せられた伝票を見て、思わず顔をしかめる。
僕が今いる場所は……鍜治場だった。
学園からは少し離れたところにあり、バーンズという鍛冶師が経営している。
難しい品物の加工も請け負っており、この区画では剣の状態を見てもらうのに、重宝していた。
しかし今回は……そう簡単にいくような話ではない。
少し前のこと――僕は、《剣客衆》のリグルス・ハーヴェイとの戦闘で、僕の愛用している《碧甲剣》は折られた。
それも、刃が欠けるだけでなく、刀身自体が折られたのだ。
簡単に治せるものではないと、僕も理解はしていたが……。
「《ヘレンダイト》は加工するのにも相当な『熱』が必要になるからな。それに、折れたとなると……新しく素材も必要になってくる。甘く見積もってもそれくらいはかかるだろうぜ」
「まあ、そうですよね」
鍛冶師――バーンズの言葉に、僕も納得する。
碧甲剣の素材に使われているヘレンダイトという鉱石は、かなり希少なものだ。
素材自体が希少となると、ただ直すのにもかなり値段が張ることになる。
だが、どのみち折れた剣を直さないわけにはいかない。
それに、僕には強気になれる言葉があった。
「仕方ないです。経費で落ちるので、修復の依頼についてはこのままで」
そう――今回の破損は、任務中に起こったものだ。
そうなると、騎士団の必要経費として僕の折れた剣も申請することができる。
割と法外な値段になりかねない剣の修理も、安心して行えるわけだ。
滅多なことで剣が折られることはないが、今回のようなこともある。
これで折られる度に実費で支払っていたら、僕は楽をするどころか借金生活になってもおかしくはないくらいだ。
……そういう意味だと、経費で落ちなかったのなら――僕は今頃、言い方は悪いが『折れてもいい剣』ばかり使っていたかもしれない。
「しばらく剣は預かることになるが、代わりの剣はいるか?」
「いえ、大丈夫ですよ。適当に、騎士団の方で見繕うかと思います」
「はいよ。それにしても、この剣を折るなんて随分派手なことをしたもんだな?」
「あはは、派手ってほどではないんですけどね。けれど、まさか僕も折れるなんて思わなかった――」
「折れた……?」
不意に、僕の言葉を遮るようにして、そんな少女の声が耳に届く。
それは、僕にはよく聞き覚えのある声だった。
――鍜治場の入口付近から感じられるのは、殺意にも似た感情。
人の気配があることはわかっていても、それが誰なのかまでは完全に把握できない。
……ましてや、彼女がここにいるなんて、僕は予想もしていなかった。
「……クロエ?」
長く美しい金髪を左右で結んだ、赤い瞳の少女の名を、僕は呼ぶ。
普段は可愛らしい表情をしている彼女は、眉間に皺を寄せて怒りを露わにしていた。
面倒なことになったと、直観する。
どうして彼女がここにいるのか、そんな問いかけをする間もなく、
「ねえ、あんた……もしかして、《碧甲剣》を折ったの?」
確認するように、少女が尋ねてくる。
クロエ・シュヴァイツ――僕の義妹である彼女は、また同じように問いかけてくる。
僕は小さくため息を吐いた。すでに避けられないのなら、嘘偽りなく答えよう、と。
「うん、折れた」
「…………お、折れたじゃないわよ! このバカ義兄ッ!」
次の瞬間、思った通りに罵られた。
第四章がスタートとなります。
早速の新キャラは、アルタの義妹となりますクロエ・シュヴァイツ(十歳)ちゃんです!!!!






