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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
12/189

12.《剣客衆》

 僕の前に立つのは残り二人の暗殺者。

 一人が狼狽えるように一歩後ろに下がるが、もう一人は動じた様子はない。

 ローブの下に、ちらりと鞘が見えた。――腰に刀を下げている。


(こいつは……)


 刀を持った暗殺者が、後方へと指示を出す。

 すると、その指示に従って暗殺者はその場から姿を消した。二対一ではなく、一対一となる。

 片方は、足止めの道を選んだようだ。

 刀を持った暗殺者が一歩前に出る。

 少しの沈黙の後、暗殺者が口を開いた。


「追わないのかね」

「追わせてくれるのなら追うよ」

「ふむ、それは無理だ」

「だろうね」

「せ、先生……?」


 イリスが心配そうな声で問いかけてくる。

 僕は彼女を安心させるために、手で合図だけ送る。一人目――正確に言えばこれで三人目までは倒した。

 だが、目の前にいる暗殺者は少し毛色が違う。


「《剣聖姫》と戦えると聞いて、喜々としてやってきたのだがね。なかなかどうして、会ってみれば普通の娘だった。あの程度の攻撃で終わるのならば、戦う価値もないと思っていたが、僥倖とも言うべきかね。――貴殿のような者がやってこようとは」

「それは褒めてくれている、ってことでいいのかな?」

「如何にもッ!」


 声を張り上げて、暗殺者がローブを脱ぎ捨てた。灰色の長い髪を後ろに結び、古風な着物を身に纏っている。

 体格が良いというわけではない。無精髭を撫でながら、自身の腰に下げた刀に手を触れる。


「私の名はアズマ・クライ。《剣客衆》の一人だとも」

「剣客、衆……!?」


 その言葉を聞いて、イリスが驚きの声を上げる。

 僕も、その名については知っている。

 剣や刀――それらを用いて人を斬ることに喜びを見出した傭兵組織。金さえあれば、彼らはどんな相手だろうと必ず斬り殺すと言われている、半ば伝説的な存在だ。

 ――それはたとえ、相手が《剣聖》だったとしても例外ではないという。


「ほう、そこの娘は知っているか」

「知っているも何も、有名じゃない……! 私は――」

「よい。お前と話すことはない。今はそこの手練れの小僧が先約なのでな」

「先約って、別に約束はしてないけどね」

「良いではないか。今もこの瞬間、いつ斬り合うかをお互いに見合っている。話している間か、あるいは話し終えた後か。はたまた息を吸った時か、吐いた時か――瞼を閉じた時かもしれんな。お互いに、死の恐怖を感じ続けよう」

「死の恐怖ね。それはお互いに感じてないんじゃないかな?」

「……良い、益々良い。この時が永遠に続けば良いと思えるほどに、な。だが、もう私の方が我慢できぬ――」


 瞬間、アズマが動いた。その場から動いたわけではない。

 わずかに腰を落とし、腰に下げた刀を抜く。ゆらりと、銀色に輝く刀身が見えた。

 居合術――刀を使う者が使用する技術の一つ。刀の間合いではないが、僕には分かる。

 その刃は僕のところにまで届く――正確に言えば、魔力で構成された刃が。

 そういう意味では、僕の剣術と似ていると言えた。

 大気が震え、木々が揺れ動く。空中でぶつかり合った力と力が、大きな衝撃を生み出した。

 アズマがわずかに後方へと下がる。


「《インビジブル》――だったかね」

「! 見ただけで分かる人がいるとはね」


 お互いに一太刀を振るっただけだ。

 それだけで、アズマは僕の剣術を理解したようだった。


「見ただけではないがな。音に聞こえしその剣術――《剣聖》のものと同じか」

「そこまで分かっているのなら、出し惜しむ必要もないかな」


 今度は、僕が動く番だ。

 僕はその場でわずかに腰を落とし、腕を振るう。そこにあるのは――《見えない刃》。風の魔法によって作り出された、風圧だけの剣だ。

 通常、それは剣としての役割を持たない。

 何故なら、風は目に見えず実体を持たないからだ。

 けれど、僕が使っているのは風の刃。魔力を強く放出し、たった一瞬だけ魔力を纏った実体のある剣を作り出す。多少遠く離れた相手ならば関係ない。何もないところから、ただ斬られるように感じるだろう。

 それが《インビジブル》――《剣聖》ラウル・イザルフが得意とした剣術の一つだ。

 数メートル離れた僕とアズマの間で、剣と剣がぶつかり合う音が響く。

 それは金属音ではなく、圧縮された袋が爆発するような音。バン、バンッと衝撃を立てながら、目に見えぬ刃が交差する。決着もまた、一瞬だった。


「かっ――」


 僕の頬をかすめたのは、アズマが繰り出した風の刃。

 アズマの身体を切り裂いたのは、僕の作り出した風の刃。風と風、刃と刃のぶつかり合いは――僕が上をいった。

 ゆらりと、アズマの身体が前のめりに倒れる。

 刹那、踏み込みと共にアズマが駆け出した。刀を鞘に納め、その表情は鬼気迫るものがある。

 だが、喜々とした表情でもあった――戦いの中に、アズマが喜びを見出しているのがよく分かる。それが剣客衆なのだろう。

 それでも、僕には届かない。


「――」


 すれ違い様に一撃。

 アズマの刀を切り払い、僕の繰り出した刃が今度こそ、アズマに致命傷を与える。

 致命傷にも拘わらず、アズマはゆっくりと振り返ってにやりと笑う。


「名は、何という?」

「アルタ・シュヴァイツ。この学園の講師に昨日なったばかりだよ」

「……アルタ、か。礼を言う……死に際に、これほど高揚した気分になるとは……。くは、くははは――」


 アズマは最後に大声で笑い、その場に倒れ伏した。

 動かなくなったその姿を見て、


「……ふう」


 小さく息を吐く。さすがに少し緊張はした。

 何せ、集中して戦ったのは久しぶりだ。

 剣客衆――あのレベルが他にもやってくるとなると、この護衛任務は結構骨が折れるかもしれない。

 他にも同レベルの奴が協力しているのだとしたら、他にもイリスの命を狙ってやってくるはずだ。

 ましてや、仲間の一人がやられる事態になったのだ。アズマのような性格の奴らが集まっているのだとしたら、きっと戦闘狂の集まりでしかない。


(……団長には給金アップを要求するとして、一先ずはこっちだな)

「……」


 あっけにとられたような表情で、イリスが僕を見る。

 一人には逃げられてしまったが、今回ばかりは仕方ない。下手に追おうとすれば、イリスがやられる可能性もあったからだ。

 まだ麻痺毒が残っているのか、イリスはその場に俯くように脱力する。

 僕はそんなイリスの下へと近づき、


「僕の本気はあのくらいだと思ってください。どうして君がそんなに僕と戦いたいのか分かりませんが、僕がどれくらいの強さかは分かったかと思います」

「……」

「一先ず、戻りましょうか」


 僕が手を差し伸べると、イリスがそっと手を取った。

 その手は、およそ麻痺しているとは思えないほどに強く握られ――


「ありがとう、ございます。それと――捕まえました」

「っ!」


 僕は驚きで目を見開く。

 僕の戦いを見た上で、彼女はそう言い放ったのだ。


(この子、マジか……)


 驚きのあまり、僕はしばらくイリスの言葉に答えることができなかった。

日間一位になっておりました。

お読みいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!

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