118.二人の騎士
時は、レミィルが報告を受ける前に遡る。
二人の《剣客衆》の内の一人――ディロ・クローバーが王国の管理する要塞を突破した後、その近くを拠点として陽動の役目を担った。
アルタ・シュヴァイツの下には、三人の剣客衆が集まっている。
ディロの役目は、王国の戦力の分散にあり、それは果たされたと言える。
地に伏し、自らの血の海に沈むディロを見下ろすのは、一人の騎士だった。
「これが剣客衆かい。なるほど、確かにそれなりのようだ」
ふっ、と笑みを浮かべて、騎士――ウェンベル・シュナイツァーは髪を撫でる。
剣にこびり付いた血を振るい落とし、ウェンベルは剣を納める。
周囲には戦いの痕跡が残る。あちこちに刻まれた剣撃は、いずれもディロという男が残したものであった。
ウェンベルが振るったのは、ほんの数撃。
ディロを斬り殺すためだけに放った、必要な攻撃だけだ。
「おいおいおいおい! 随分と派手に戦ったなぁ!」
そんなウェンベルの前に、もう一人の騎士がやってくる。
互いに着ている制服は異なる――所属する騎士団が違うのだから、それも当然だ。
やってきたのは、髪を後ろに撫でるように揃えた筋肉質な男。
戦ってきたばかりなのか、破れて血に濡れた制服が目立つ。
ゴズ・ダンクリス――ウェンベルと同じく、剣客衆を打ち倒した男だ。
「おや、君がここにいるということは……もう一人はすでに殺ったのかい?」
ウェンベルはそれを分かっていて、問いかけた。
ゴズがにやりと笑みを浮かべて答える。
「ハッ、当然だろ? ま、暇つぶしにはなったってこった」
「さすが、《紅虎騎士団》で最強の名を冠するだけはあるね。ならず者の成り上がりにしては、大層な実力だ」
「ハハハッ、だろ? 《グラフィライン》は他の地区と違って毎日喧嘩が絶えねえからよ……。あんたの《バーライト》のところみたく、行儀よく商業なんてできねえのさ」
「ふっ、そうだね。多くの者は行儀が良いだろう。私も、剣術という面では実に行儀良くやらせてもらっているさ」
「見れば分かるさ! 怪我一つしてねえみてえだな?」
「する必要のないことはしない――それが私の信条でね。ふっ、そういう君は――多少怪我をしているようだが?」
「ハッ、当たり前だ。男は斬り合ってこそ、だろ? 一方的な戦いに、面白さなんてねえよ」
「それなら、私とは合わないね。美しく、かつ圧倒的に――それが、私の戦いの流儀だよ」
「そんなんで楽しいのかよ? オレには分かんねえな」
「楽しいさ。何なら、試してみるかい?」
ウェンベルが挑発するように言い、構える。
それに呼応するかのように、ゴズがにやりと笑みを浮かべた。
すぐにでも斬り合いが始まろうとしていたが、
「そうしてえのは山々だけどよ。オレはこいつらみてえな獣じゃねえんでな。だから騎士をやってる。あんたもそうだろ?」
「……ふっ、獣じゃない、か。確かにその通りだよ。殺し合いは趣味ではない――騎士としての仕事だ。そして、それは今振るうべき力ではない。我々は、協力すべき間柄なのだからね」
ウェンベルもそう答えて、構えを解く。
二人はすでに面識があり――そして、協力関係にある。
それは個人的な関わりではなく、もっと大きな……組織としての繋がりだ。
同じ国の、同じ騎士でありながら、志す道は異なる。
「いずれ戦うことになるとしたら、君よりも先にアルタ・シュヴァイツの方だろうね。《黒狼騎士団》はイリス・ラインフェルを支持する立場を明確にしている」
「アルタとイリスねぇ。イリスってのは、あのつええ嬢ちゃんだろ? 以前、剣術大会で見たことあるぜ。確かに、あれを支持するっていう気持ちは分からんでもねえがな。実際、貴族でもあの嬢ちゃんのことを支持してる奴は多いんだろ?」
「多いね。けれど、それは彼女が真っ当に王の道を進むと……そう思って追随しようとしている者が多いだけさ。噂が本当なら、彼女は王にはならない」
「噂っていうのは、『騎士になりたい』っていう話か? ハッ、可愛らしい夢じゃねえか」
「彼女がそういう立場でなければ、応援しているところだけれどね。残念ながら――彼女はその立場を望むべきではなかった。王になるつもりはないのに……その『権利』を有している彼女は、我々にとって邪魔にしかならないのさ」
故に、二つの騎士団は結託した。
王国の中心部を守る《守護騎士団》が――現王の息子であるゼイル・ティロークを支持したように。
彼らは彼らで、王の候補となる者を支持している。
イリスはすなわち、二つの騎士団にとって政敵にしかならないのだ。
「そんなことで争うなんてのはくだらねえ――が、オレにもやることがあるんでな。これで、オレ達も力を示したことになるわけだろ?」
「ああ、そうだ。黒狼騎士団には、剣客衆を単独で打ち破ることができるアルタ・シュヴァイツがいる――その事実は、我々の士気を下げることになるからね。いよいよを以て、我々にも力があることを示すときだったわけさ」
アルタと並ぶ力を持つ者が二人いて、結託している――その事実は、表向きになることはない。
けれど、事実は噂として伝播していく。イリスを支持する貴族達にも、それは伝わっていくことだろう。
「もっとも、私達が望むものは争いではなく、真なる平和だ。この国の安寧のために……私がいる」
「ハッ、平和ねえ。そんなもんが、来ればいいがな」
騎士としてするべきことをする――それが、彼らが結託する理由である。
だが、言葉通りの『真なる平和』を手に入れるためには、『争い』は必要であることは、二人とも理解していることであった。
おそらく次回か次々回くらいで第三章は完結になります!






