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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
118/189

118.二人の騎士

 時は、レミィルが報告を受ける前に遡る。

 二人の《剣客衆》の内の一人――ディロ・クローバーが王国の管理する要塞を突破した後、その近くを拠点として陽動の役目を担った。

 アルタ・シュヴァイツの下には、三人の剣客衆が集まっている。

 ディロの役目は、王国の戦力の分散にあり、それは果たされたと言える。

 地に伏し、自らの血の海に沈むディロを見下ろすのは、一人の騎士だった。


「これが剣客衆かい。なるほど、確かにそれなりのようだ」


 ふっ、と笑みを浮かべて、騎士――ウェンベル・シュナイツァーは髪を撫でる。

 剣にこびり付いた血を振るい落とし、ウェンベルは剣を納める。

 周囲には戦いの痕跡が残る。あちこちに刻まれた剣撃は、いずれもディロという男が残したものであった。

 ウェンベルが振るったのは、ほんの数撃。

 ディロを斬り殺すためだけに放った、必要な攻撃だけだ。


「おいおいおいおい! 随分と派手に戦ったなぁ!」


 そんなウェンベルの前に、もう一人の騎士がやってくる。

 互いに着ている制服は異なる――所属する騎士団が違うのだから、それも当然だ。

 やってきたのは、髪を後ろに撫でるように揃えた筋肉質な男。

 戦ってきたばかりなのか、破れて血に濡れた制服が目立つ。

 ゴズ・ダンクリス――ウェンベルと同じく、剣客衆を打ち倒した男だ。


「おや、君がここにいるということは……もう一人はすでに殺ったのかい?」


 ウェンベルはそれを分かっていて、問いかけた。

 ゴズがにやりと笑みを浮かべて答える。


「ハッ、当然だろ? ま、暇つぶしにはなったってこった」

「さすが、《紅虎騎士団》で最強の名を冠するだけはあるね。ならず者の成り上がりにしては、大層な実力だ」

「ハハハッ、だろ? 《グラフィライン》は他の地区と違って毎日喧嘩が絶えねえからよ……。あんたの《バーライト》のところみたく、行儀よく商業なんてできねえのさ」

「ふっ、そうだね。多くの者は行儀が良いだろう。私も、剣術という面では実に行儀良くやらせてもらっているさ」

「見れば分かるさ! 怪我一つしてねえみてえだな?」

「する必要のないことはしない――それが私の信条でね。ふっ、そういう君は――多少怪我をしているようだが?」

「ハッ、当たり前だ。男は斬り合ってこそ、だろ? 一方的な戦いに、面白さなんてねえよ」

「それなら、私とは合わないね。美しく、かつ圧倒的に――それが、私の戦いの流儀だよ」

「そんなんで楽しいのかよ? オレには分かんねえな」

「楽しいさ。何なら、試してみるかい?」


 ウェンベルが挑発するように言い、構える。

 それに呼応するかのように、ゴズがにやりと笑みを浮かべた。

 すぐにでも斬り合いが始まろうとしていたが、


「そうしてえのは山々だけどよ。オレはこいつらみてえな獣じゃねえんでな。だから騎士をやってる。あんたもそうだろ?」

「……ふっ、獣じゃない、か。確かにその通りだよ。殺し合いは趣味ではない――騎士としての仕事だ。そして、それは今振るうべき力ではない。我々は、協力すべき間柄なのだからね」


 ウェンベルもそう答えて、構えを解く。

 二人はすでに面識があり――そして、協力関係にある。

 それは個人的な関わりではなく、もっと大きな……組織としての繋がりだ。

 同じ国の、同じ騎士でありながら、志す道は異なる。


「いずれ戦うことになるとしたら、君よりも先にアルタ・シュヴァイツの方だろうね。《黒狼騎士団》はイリス・ラインフェルを支持する立場を明確にしている」

「アルタとイリスねぇ。イリスってのは、あのつええ嬢ちゃんだろ? 以前、剣術大会で見たことあるぜ。確かに、あれを支持するっていう気持ちは分からんでもねえがな。実際、貴族でもあの嬢ちゃんのことを支持してる奴は多いんだろ?」

「多いね。けれど、それは彼女が真っ当に王の道を進むと……そう思って追随しようとしている者が多いだけさ。噂が本当なら、彼女は王にはならない」

「噂っていうのは、『騎士になりたい』っていう話か? ハッ、可愛らしい夢じゃねえか」

「彼女がそういう立場でなければ、応援しているところだけれどね。残念ながら――彼女はその立場を望むべきではなかった。王になるつもりはないのに……その『権利』を有している彼女は、我々にとって邪魔にしかならないのさ」


 故に、二つの騎士団は結託した。

王国の中心部を守る《守護騎士団》が――現王の息子であるゼイル・ティロークを支持したように。

彼らは彼らで、王の候補となる者を支持している。

イリスはすなわち、二つの騎士団にとって政敵にしかならないのだ。


「そんなことで争うなんてのはくだらねえ――が、オレにもやることがあるんでな。これで、オレ達も力を示したことになるわけだろ?」

「ああ、そうだ。黒狼騎士団には、剣客衆を単独で打ち破ることができるアルタ・シュヴァイツがいる――その事実は、我々の士気を下げることになるからね。いよいよを以て、我々にも力があることを示すときだったわけさ」


 アルタと並ぶ力を持つ者が二人いて、結託している――その事実は、表向きになることはない。

 けれど、事実は噂として伝播していく。イリスを支持する貴族達にも、それは伝わっていくことだろう。


「もっとも、私達が望むものは争いではなく、真なる平和だ。この国の安寧のために……私がいる」

「ハッ、平和ねえ。そんなもんが、来ればいいがな」


 騎士としてするべきことをする――それが、彼らが結託する理由である。

 だが、言葉通りの『真なる平和』を手に入れるためには、『争い』は必要であることは、二人とも理解していることであった。

おそらく次回か次々回くらいで第三章は完結になります!

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