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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
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116/189

116.彼女の成長

 灯台の頂上は、潮風がよく感じられる場所であった。

 時折、強めに吹く風は心地よい潮の香りを運んでくれる。……だが、今はそれを楽しむような状況にはない。

 僕は《碧甲剣》を抜き去り、対面するリグルスも腰に下げた刀を抜き去る。

 青白い刀身が、太陽に照らし出される。

 地面と水平になるように構えると、リグルスはピタリと動きを止めた。

 僕も、剣の柄を強く握り締め、構える。

 波の音が、耳に届く。ザァ、ザァと何度か波打ったところで――リグルスが動いた。

 一歩大きく前に踏み出し、刃を滑らせるように振るう。

 僕も、それに応えるように刃を振るった。

 一撃目。刃と刃はぶつかり合い、お互いの一撃を相殺する。

 二撃目。僕の方がわずかに早く一振りを繰り出し、リグルスがそれをギリギリで防ぐ。

 リグルスはさらに刃を傾けて滑らせ、弾いた。

 わずかに僕の態勢が崩れると、そこから隙を突くように連撃。

 リグルスの放つ刃はいずれも速く、そして確実に僕の命を狙おうとするものだ。

 僕は後方に下がりながら、それを受けきる。

 リグルスの刀を完全に抑え込み、お互いに動きを止めた。


「魔法は使わないのか?」

「ルイノと同じだよ、私は。魔力を使うことはあるけれど、そういうのは得意じゃないんだ。純粋な剣技――私が手に入れたものはそれだけだよ。君こそ、剣技だけでなく魔法を使えばいい」

「いや、僕も本来の性分は剣士なものでね。あなたが小手先の技を使わないと言うのなら、僕もそうしよう」


 存在するのは、ただ剣を振るい、磨き続けてきた技のみ。

 そこに魔法など介入する余地もなく、互いの信念をかけた戦いを、リグルスは望んでいる。

 それならば、僕も答えなければならない。

 かつて《剣聖》と呼ばれた男が、望んだことと同じように。

《剣戦領域》――《銀霊剣》を使わずして、己の肉体と剣技のみで戦う場所が、そこに完成する。


「ふっ」


 リグルスが息を吐き、僕の剣を弾く。

 そうして、距離を取った。

 今度は僕から動く。距離を詰め、剣を振り下ろす。

 リグルスがそれを受けた瞬間――僕の攻勢が始まった。


「……ッ」


 放ったのは、単純に速い剣撃。

 一撃一撃の威力は低いが、それでも掠めるだけで肉を斬り、深く入れば骨まで断つ。

 ギリギリのところで、リグルスがそれを受けていた。

 ――彼が、復讐で得た力というのは、僕の剣技を受けることができるレベルの実力。

 ……ただ、それだけだ。


「ハッ!」


 リグルスが強く剣を弾き、後方へと下がる。

 そこは頂上から落下する寸前の場所。


「……なるほどねぇ。これが、アディル君達を葬り去った剣技、か。ゼナス君は私なら勝てるんじゃないかって言ってくれてたけれど……いやはや、そういう次元にはないのかもしれないね」

「それがあなたの選んだ道だ」


 僕はもう、『今からでも降伏するか』などと聞くつもりはない。

 彼がその道を選ぶはずのないことは、分かりきっているからだ。

 ふぅ、と大きく息を吐き、リグルスは刀を構える。

 それは、先ほどまでの構えとは違う。身を低く屈め――まるで先ほどのルイノのように、獣じみた構えを取る。

 そして、その構えを戦場で見たことはあった。

《刀獣》――ソウキ・トムラ。かつて僕を友と呼んだ男の、息子と孫娘は……同じ構えを取る。


(ソウキ……君の技は、確かに受け継がれているようだ。だが、その心は――彼には引き継がれなかったようだね)


 僕もまた剣を強く握り、構え直す。柄を両手で持ち、左足を前に出した。刃は斜めに地面に向けて、腕は脱力させる。


「このまま戦っても、万に一つ……私に勝ち目はないようだ。だから、私も一刀に全てを懸けることにしよう。この一撃が――君を殺す」

「ああ、来い」


 リグルスが足に力を込める。両足をバネにして、横に跳躍した。

 僕の方向に一瞬で距離を詰めて、刃を水平に走らせる。

 僕は一歩前に出て、剣を振り上げる。

 キィン――周囲に鳴り響いたのは、剣の折れた音。

 ただ一刀。リグルスは勢いのままに僕の後方へと動く。

 ルイノであれば、さらに魔力の壁を作り出し、追撃を加えてくるのかもしれない。

 だが、たとえ同じ技を使ったとしても――もう、その時が来ることはない。


「……」


 僕は《碧甲剣》の刀身に目をやる。

 中心から刃先にかけてヒビが入り、先端は折れて欠けていた。


「ふ、ははははっ! いやぁ、これが……私の集大成というわけか」


 リグルスが高笑する。

 僕は振り返り、視線を向けた。

 リグルスはまだ、僕の方を向いていない。

 震える手で――『へし折れた刀』の柄を握り締めていた。

 流れ出る鮮血は止めどなく、リグルスという男が死に向かっていることは容易に理解できる。

 僕の一撃が、彼の一撃を凌駕したからだ。

 だが、この状況でもリグルスは本当に楽しそうに話す。


「剣を、折ることができた。これは、とても素晴らしいことだねぇ。私が……この私が! アディル君を含めた猛者を打ち倒した男の! 剣を、折ることができたんだ……ッ」

「確かに、あなたは僕の剣を折った」


 それで満足か――そんな問いを、するつもりはない。

 復讐の心によって手に入れた力の果て……その気持ちが分かるのは、きっとリグルスだけだ。

 ただ、僕が死にゆく彼に聞きたいことは一つ。


「ルイノに――あなたの娘に、何か言っておきたいことはあるか?」

「ルイノ、に? ルイノに……か。そうだねぇ……」


 リグルスが想いに更けるように空を見上げる。

 それからしばしの沈黙のあと、


「最後の一撃。あれはとても、綺麗、だ――」


 ズシャリと、その場に倒れ伏す。

 戦いは静かに、終わりを告げた。

 リグルスは死に、この場に残ったのは僕一人だ。


「すまないね。ソウキ……君の家族の一人は、僕が殺した。けれど、もう一人は――」

「先生っ!」

「! イリスさん?」


 声の方向を向くと、イリスが梯子を昇ってやってきたのが視界に入る。

 イリスは僕の姿を見るなり、安堵した表情を見せて、


「無事で、よかったです……」

「っ!?」


 梯子から手を離し、ぐらりとイリスがバランスを崩す。

 僕はすぐに、イリスの下へと駆け出した。

 落下する寸前、滑り込むような形で彼女の手を掴む。

 ……本当にギリギリのところだった。


「……ごめんなさい。安心したら、力が抜けてしまって……。先生の剣の、折れた刀身が見えた、ので」


 どうやら、折られた碧甲剣の剣先を目にしてやってきたようだ。

 先ほどのイリスの戦いを、僕は最後まで見守っていた。それこそ、ここまでやってくる体力すらも、彼女には残っていなかったはずだ。


「……心配なのは分かりますけどね。僕としては、今日一番に焦りましたよ」

「……ほ、本当にごめんなさい」

「一先ず、引き上げますよ!」


 僕は力を込めて、イリスを灯台の頂上まで引き上げる。イリスはすぐにへたり込むような形になる。

 ここに来るまでに、本当に力を使いきってしまったようだ。


「ありがとう、ございます……」

「全く……下で待っていてくださいよ。すぐに行きますから」

「先生が負けるとは、思っていませんでした。でも、気付いたらここまで来てて……」

「君らしいと言えば君らしいですね。けれど君が言う通り、僕が負けることはありません。約束ですからね」


『王国最強』を名乗ると、僕はイリスに約束をした。

 僕が騎士である限り、敗北することはその約束を反故にすることになる。

 ――イリスが最強になるまでは、僕は最強で居続ける。


「君の戦いは、ここから見させてもらいました。随分と無茶をしたようですね?」

「……私にできる精一杯のこと、でした。それと、勝手に動いてごめんなさい」

「君は、先ほどから謝ってばかりですね」

「あ、その――っ!」


 俯いたイリスの頭に、そっと手を置く。

 彼女は今日、よく頑張った。それは、僕も理解していることだ。


「謝る必要なんてないですよ。君はよく頑張ってくれましたから」

「あ、あの……? 子供扱いはあまり……」

「苦手ですか? 僕としては、褒める時は分かりやすくを基本にしたかったのですが」


 頭を撫でられて喜ぶほど、イリスは幼くはないか。

 すぐに手を離そうとすると、イリスが僕の手を握り、再び自分の頭の上に置く。


「えっと、少しだけ……してほしいです」


 やや伏し目がちに、イリスが言う。

 僕は微笑むようにして頷いた。


「はい。君は、本当によくやってくれましたからね。おかげで、今回は随分と楽をさせてもらいました」

「守りたい気持ちは本当なんですけど……先生、私の護衛ですよね?」

「あはは、そうなんですけどね。今回は、剣の師匠としての立場を優先しました」

「言い方がずるいですっ。でも、おかげで少し、夢に近付けた気がします」


 イリスが笑顔を浮かべて言う。

 一先ず、戦いはこれで終わり――というわけにもいかない。

『トムラ』の件もまだルイノという問題も残っているし、剣客衆も二人残っているはずだ。

 それでも今は――イリスの成長を、純粋に喜ぶことにした。

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 死合終決。 愛娘に修羅の道を進ませ、自身は鬼籍に・・・・ ルイノの『更生』というリグルスの厄介な置き土産をどう成し遂げるのか? まあ今のところはイリスというライバルが壁…
[良い点] 面白かったです…。剣が折れてしまいましたがどうなるのか気になりますね!! [気になる点] 素人の意見ですが、「つまらない」と言われる理由は「求めていたものが読めず、話が進まない(ただの繋ぎ…
[一言] イチャイチャしやがって……もっとやれ!
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