114.勝者の選択、敗者の権利
刃の交わる瞬間、周囲に轟音が響き渡る。
魔力の刃と、雷の一閃――刃と刃がぶつかり合い、その時は一瞬で過ぎ去った。
空中から勢いをつけて落下したルイノが地面を転がり、やがて倒れ伏す。
握った刀の刀身はへし折れていた。
他方、《紫電》を振り切ったイリスは、しっかりと両足を踏み締めて立つ。
「はぁ……」
大きく息を吐き出し、イリスはルイノの方へと振り返る。
ルイノもまた、イリスの方に向かって立ち上がろうとしていた。
折れた刀の柄を握り締め、震える身体で、それでも必死に足掻こうとする。だが、
「……っ」
ズシャリと、再び倒れる。
イリスもすでに限界が近かった。お互いに魔力を最大限に込めた、必殺の一撃。
たった一振りでここまで消耗したのは、イリスにとっても初めての経験だ。
それでも、まだ倒れるわけにはいかない。
イリスはゆっくりと歩き出し、ルイノの前に立つ。
「私の……勝ちね」
「……にひっ、勝ち負けは、どちらかが死ぬまで……決まらないよ」
もうほとんど動けない状態でありながら、ルイノは顔を上げて、イリスを見る。
その瞳はまだ敗北を認めていない――この状態でも、ルイノはまだ戦うつもりなのだ。
イリスにも、今のルイノと同じような経験がある。……絶対に負けられない戦いは、限界を超えたとしても身体を必死に動かそうとするのだ。
「あたしを、止めるなら――」
「殺すしかない? はっきり言うわ。あなたは私に負けたの。敗者は、自ら死ぬことを選ぶことだってできないのよ。今みたいに、ね」
ルイノが自害を選ぶとは思えないが、すでにそんな力も残されていないのだろう。
イリスとのぶつかり合いに全力を尽くし、そして敗れたのだ。
今の彼女は、何もすることはできない。
イリスは言葉を続ける。
「あなたがシュヴァイツ先生をまだ狙うつもりなら、それでも構わないわ。けれど一つだけ――あなたは私に負けたの。シュヴァイツ先生は、私なんかよりずっと強い。それこそ、私が先生に剣を教わるくらい……ずっと強いんだから。私はそんな先生の弟子よ。弟子である私に負けたあなたが、先生と戦う権利があるなんて、思わないで」
「あたしには、その権利はない……って?」
「ないわよ。少なくとも、私を倒すことができるまでは――あなたにそんな権利はない。あなたがシュヴァイツ先生と戦いたいのなら、まずは私を倒せるくらい強くなることね」
イリスとルイノに、力の差はほとんど存在しない。
今回はわずかに、イリスの方がルイノを上回っただけに過ぎないのだ。
それを理解した上で、イリスははっきりと言葉にした。
自らの身を危険に置いていることは分かっている――アルタはイリスの護衛であり、本来であれば、イリスと戦う前にアルタがルイノの戦うことが通常であろう。
けれど、イリスはただ守られるだけの存在でいるつもりはない。
アルタがイリスのことを守ってくれるように、イリスもまたいずれは、アルタを守れるようになりたかった。――これはその第一歩だ。
イリスの言葉を聞いて、ルイノはくすりと笑みを浮かべる。
「にひっ、あなたに勝てないようじゃ……アルタ・シュヴァイツには勝てない、ね。確かに、言葉通りなのかな。あたしは――あなたに負けた」
ルイノが立ち上がろうとするのを止める。
ごろんと転がり、ルイノが空を見上げた。
しばしの沈黙の後、ルイノは握り締めた折れた刀を――イリスへと向ける。
「じゃあ、次はあなたのこと……狙うよ? あなたがあたしを生かすのなら、あたしはあなたのことを狙い続ける。それでもあなたは――あたしを殺さないって言うんだ?」
「ええ、私だけを狙うのなら……私はあなたを殺さないわ。何度だって戦って、叩きのめしてあげる。だから、あなたの本当の気持ちを、聞かせて?」
「……本当の?」
「あなたは、どうして強い人と戦いたがるの?」
はっきりと、ルイノから理由を聞いていない。
答えてくれるか分からなかったが、イリスは知っておく必要があった。
本当に彼女が、戦いを純粋に楽しむだけの少女であるのなら――いずれはルイノと完全に決着を付けなければならないからだ。
イリスの問いかけに、ルイノが小さく息を吐くと、
「ふぅ……そんなこと、気にして聞かれるなんて、初めてだけど……。うん、一つだけ言えるのは――あたしが一番強ければ、それで全てが終わるってこと。あたしが一番なら、あたし以外には、きっと誰も、傷つかない、から」
そこまで言い終えると、ルイノが脱力して握った刀を落とす。
もはや意識を保つのも限界だったのだろう――刃を交えて、ようやくルイノの本心を聞き出すことができた。
彼女はやはり、イリスと同じだ。
ただ、強くなるための過程と方法が、イリスと異なるだけ。
それだけ確認できれば、十分だ。
「……はっ」
イリスもまた、限界を迎えてその場に膝を突く。
すでに立っているのも限界だったのだ――けれど、イリスにはまだやるべきことが残っている。
灯台の頂上に、アルタがいる。《剣客衆》はまだ残っているはずだ。
彼を狙う剣客衆を、イリスは残らず倒さなければならない――
(……!)
そこまで考えたところで、イリスはハッとした表情を浮かべる。
限界を迎えたイリスがアルタのところへ行ったところで、きっと足手まといにしかならない。
アルタは『頑張った』と褒めてくれるかもしれないが――そんな言葉のために、頑張るのではない。
――それがまだできないのであれば、僕を頼ってください。
アルタの言葉だ。
イリスは、『殺さずに勝利を手にする』ことができた。けれど、まだ……それをした上でアルタを守るだけの力はない。
イリスはまだ、アルタに頼る立場にあるのだ。
それに、イリス自身が信じていることだ。アルタは王国で――『最強の騎士』なのだから。
イリスよりも強く、ガルロよりも強い。そんな彼が、負けることなど絶対にないと、信じているのだから。
(ごめんなさい、先生。あとは――任せます)
イリスは紫電を握り締め、その剣先を灯台の頂上へと向ける。
今、できることは全てやった。だから、『アルタのことを信じている』という、意思を込めて。
イリスの戦いはこれで終わり、次回はようやくアルタの戦いとなります。
バトルめっちゃ多いなぁ!って思われるかもしれませんが、バトル好きなんです……!






