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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
114/189

114.勝者の選択、敗者の権利

 刃の交わる瞬間、周囲に轟音が響き渡る。

 魔力の刃と、雷の一閃――刃と刃がぶつかり合い、その時は一瞬で過ぎ去った。

 空中から勢いをつけて落下したルイノが地面を転がり、やがて倒れ伏す。

 握った刀の刀身はへし折れていた。

 他方、《紫電》を振り切ったイリスは、しっかりと両足を踏み締めて立つ。


「はぁ……」


 大きく息を吐き出し、イリスはルイノの方へと振り返る。

 ルイノもまた、イリスの方に向かって立ち上がろうとしていた。

 折れた刀の柄を握り締め、震える身体で、それでも必死に足掻こうとする。だが、


「……っ」


 ズシャリと、再び倒れる。

 イリスもすでに限界が近かった。お互いに魔力を最大限に込めた、必殺の一撃。

 たった一振りでここまで消耗したのは、イリスにとっても初めての経験だ。

 それでも、まだ倒れるわけにはいかない。

 イリスはゆっくりと歩き出し、ルイノの前に立つ。


「私の……勝ちね」

「……にひっ、勝ち負けは、どちらかが死ぬまで……決まらないよ」


 もうほとんど動けない状態でありながら、ルイノは顔を上げて、イリスを見る。

 その瞳はまだ敗北を認めていない――この状態でも、ルイノはまだ戦うつもりなのだ。

 イリスにも、今のルイノと同じような経験がある。……絶対に負けられない戦いは、限界を超えたとしても身体を必死に動かそうとするのだ。


「あたしを、止めるなら――」

「殺すしかない? はっきり言うわ。あなたは私に負けたの。敗者は、自ら死ぬことを選ぶことだってできないのよ。今みたいに、ね」


 ルイノが自害を選ぶとは思えないが、すでにそんな力も残されていないのだろう。

 イリスとのぶつかり合いに全力を尽くし、そして敗れたのだ。

 今の彼女は、何もすることはできない。

 イリスは言葉を続ける。


「あなたがシュヴァイツ先生をまだ狙うつもりなら、それでも構わないわ。けれど一つだけ――あなたは私に負けたの。シュヴァイツ先生は、私なんかよりずっと強い。それこそ、私が先生に剣を教わるくらい……ずっと強いんだから。私はそんな先生の弟子よ。弟子である私に負けたあなたが、先生と戦う権利があるなんて、思わないで」

「あたしには、その権利はない……って?」

「ないわよ。少なくとも、私を倒すことができるまでは――あなたにそんな権利はない。あなたがシュヴァイツ先生と戦いたいのなら、まずは私を倒せるくらい強くなることね」


 イリスとルイノに、力の差はほとんど存在しない。

 今回はわずかに、イリスの方がルイノを上回っただけに過ぎないのだ。

 それを理解した上で、イリスははっきりと言葉にした。

 自らの身を危険に置いていることは分かっている――アルタはイリスの護衛であり、本来であれば、イリスと戦う前にアルタがルイノの戦うことが通常であろう。

 けれど、イリスはただ守られるだけの存在でいるつもりはない。

 アルタがイリスのことを守ってくれるように、イリスもまたいずれは、アルタを守れるようになりたかった。――これはその第一歩だ。

 イリスの言葉を聞いて、ルイノはくすりと笑みを浮かべる。


「にひっ、あなたに勝てないようじゃ……アルタ・シュヴァイツには勝てない、ね。確かに、言葉通りなのかな。あたしは――あなたに負けた」


 ルイノが立ち上がろうとするのを止める。

 ごろんと転がり、ルイノが空を見上げた。

 しばしの沈黙の後、ルイノは握り締めた折れた刀を――イリスへと向ける。


「じゃあ、次はあなたのこと……狙うよ? あなたがあたしを生かすのなら、あたしはあなたのことを狙い続ける。それでもあなたは――あたしを殺さないって言うんだ?」

「ええ、私だけを狙うのなら……私はあなたを殺さないわ。何度だって戦って、叩きのめしてあげる。だから、あなたの本当の気持ちを、聞かせて?」

「……本当の?」

「あなたは、どうして強い人と戦いたがるの?」


 はっきりと、ルイノから理由を聞いていない。

 答えてくれるか分からなかったが、イリスは知っておく必要があった。

 本当に彼女が、戦いを純粋に楽しむだけの少女であるのなら――いずれはルイノと完全に決着を付けなければならないからだ。

 イリスの問いかけに、ルイノが小さく息を吐くと、


「ふぅ……そんなこと、気にして聞かれるなんて、初めてだけど……。うん、一つだけ言えるのは――あたしが一番強ければ、それで全てが終わるってこと。あたしが一番なら、あたし以外には、きっと誰も、傷つかない、から」


 そこまで言い終えると、ルイノが脱力して握った刀を落とす。

 もはや意識を保つのも限界だったのだろう――刃を交えて、ようやくルイノの本心を聞き出すことができた。

 彼女はやはり、イリスと同じだ。

 ただ、強くなるための過程と方法が、イリスと異なるだけ。

 それだけ確認できれば、十分だ。


「……はっ」


 イリスもまた、限界を迎えてその場に膝を突く。

 すでに立っているのも限界だったのだ――けれど、イリスにはまだやるべきことが残っている。

 灯台の頂上に、アルタがいる。《剣客衆》はまだ残っているはずだ。

 彼を狙う剣客衆を、イリスは残らず倒さなければならない――


(……!)


 そこまで考えたところで、イリスはハッとした表情を浮かべる。

 限界を迎えたイリスがアルタのところへ行ったところで、きっと足手まといにしかならない。

 アルタは『頑張った』と褒めてくれるかもしれないが――そんな言葉のために、頑張るのではない。


 ――それがまだできないのであれば、僕を頼ってください。


 アルタの言葉だ。

 イリスは、『殺さずに勝利を手にする』ことができた。けれど、まだ……それをした上でアルタを守るだけの力はない。

 イリスはまだ、アルタに頼る立場にあるのだ。

 それに、イリス自身が信じていることだ。アルタは王国で――『最強の騎士』なのだから。

 イリスよりも強く、ガルロよりも強い。そんな彼が、負けることなど絶対にないと、信じているのだから。


(ごめんなさい、先生。あとは――任せます)


 イリスは紫電を握り締め、その剣先を灯台の頂上へと向ける。

 今、できることは全てやった。だから、『アルタのことを信じている』という、意思を込めて。

イリスの戦いはこれで終わり、次回はようやくアルタの戦いとなります。

バトルめっちゃ多いなぁ!って思われるかもしれませんが、バトル好きなんです……!

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表紙
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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観 キャラクターの性格 大まかなストーリー [気になる点] 《剣客衆》の中では下っ端のアズマ・クライにボコボコにされたイリス・・・・。 そのアズマ・クライ以上の強さを持つ《剣客衆》を圧…
[気になる点] 今までの描写的にイリスがルイノに勝利することに違和感を感じる。 急激な成長と言ってしまえばそれまでなのだけれど。 個人的には食い下がって負けるか引き分けのイメージだったので。
[良い点] 本心がわかった上で、今後どういう展開が成されるのかとても気になるところです!!
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